【 PTSDの治療 】
(改訂 02/09/19)
[注意]
この ページに含まれる(およびHPに含まれる)全ての医学情報は、その大部分が最新の専門的治験などに基づくそれなりの根拠がありますが、一部は筆者の個人的経験や個人的見解であったり、あるいはもしかすると、筆者の誤解であったりする可能性があります。ここに書かれた医学情報を使用した結果に関する責任は、情報提供者にはなく、情報の使用者にあります。
このHPの医学情報は、担当医の総合的判断に優先するものではありません。
このページの情報は、一般のビジターにとってはやや専門的過ぎるかもしれません。
[PTSDとは、原因、罹患率、合併精神障害]
PTSD というのは、Post-traumatic Stress Disorder
の略称です。PTSDでは、幼児期虐待、自然災害、産業事故、交通事故、犯罪被害、レイプ被害、暴力被害などのトラウマ体験の後に、トラウマに関連する特徴的な症状(再体験、回避、麻痺、覚醒亢進、解離など)がみられます。
比較的多い精神障害で、PTSDの生涯罹患率は男性で5%、女性で10.4%と、女性が男性の約2倍です。自然災害などの同じトラウマ体験にさらされた場合のPTSD罹患率は女性が男性の約4倍です。アメリカでは、戦闘後遺症、レイプ後遺症としてのPTSDがよく研究されています。ベトナム戦争退役軍人とレイプ被害の女性のPTSD生涯罹患率はそれぞれ、30%、32%です(Kulka
RA et al, 1988; Resnick HS et al, 1993)。
PTSDは他の精神障害を合併しやすいという特徴があります。とくにうつ病と物質使用障害の二つはPTSDに合併しやすい精神障害の代表です。PTSD患者の、うつ病、PTSD以外の不安障害、物質使用障害のいずれかの生涯罹患率は80%以上です。
PTSD患者のアルコール薬物乱用依存生涯合併率は、以下の通りです(アメリカのデータ)。アルコール乱用依存症―男性52%、女性28%。 薬物乱用依存症―男性35%、女性27%。
一言でPTSDといっても、その重症度、慢性度はさまざまです。慢性、重症例の代表は、幼児期の身体的虐待、性虐待です。この他、アメリカでは、ベトナム帰還兵のPTSDにも重症例が多いといわれています。いずれも長期の多重トラウマ体験であることが多いからです。これに対して、成人の単発性のトラウマ体験(とくに暴力、犯罪被害以外のもの、たとえば自然災害など)では、軽症例が多いことが予想されます。
[PTSD治療に関して考慮すべき因子]
PTSDの重症度、慢性度、合併症は治療効果に関係します。PTSDの原因となるトラウマ体験の種類がこれにかかわってきます。 戦闘トラウマ体験(ほとんどがベトナム戦争)に関連したPTSDでは、その他のトラウマ体験の場合に比べて、治療効果が悪いという報告がありますが、それはこれらの退役軍人の多くが多重トラウマ体験を受けており、治療開始時に既に慢性の重症患者であるということと関係があると思われます。
PTSD治療の男女比較をする場合には、女性患者のトラウマ体験の多くがレイプである(アメリカでは男性患者の多くが退役軍人)ということに注意が必要です。
PTSDの重症度、慢性度、合併症は治療効果に関係するばかりでなく、時には治療目標そのものを規定します。 現在進行中の虐待や暴力、あるいはその可能性がある場合には、当然、これ以上の被害の予防に努めなければなりません。
どんな精神障害の場合でも、患者の自殺防止、自傷他害行為や破壊的行為の防止は最優先課題ですが、とくに入院治療ではこのような危険性の高い患者の比率が高いので、患者の安定化と合併症治療、生活基盤の確保などがPTSDの症状軽減より優先されます。
慢性重症のPTSDの場合には、医療、援助サービス依存に陥っている場合もあり、その場合には、PTSDの症状軽減よりも、自立に向けたリハビリテーションやケース・マネージメントが重要になってきます。
一般に虐待被害者では、多重トラウマ体験を解離能力の高い幼児期に受けていることが多いので、PTSDの症状のうちでも、解離症状、人格障害、対人関係などの障害が強くみられやすく、DID(解離性同一性障害)や非定型解離性同一性障害を合併しやすく、再体験、回避、麻痺、覚醒亢進などが主症状である成人期の単発性トラウマ体験によるPTSDとは、治療面でもかなり違っています。このような患者では、信頼に基づく治療関係を作るだけで数年を要することも少なくありません。
患者が子供の場合には、トラウマ体験が与える影響という点でも、治療効果という点でも発達段階が関連します。また家庭環境や両親の影響が大きいといえます。 老齢者では、体力や能力の限界、精神的疾患、身体的疾患、家族や知人の死、退職、社会的孤立化、老人虐待などがPTSDへの脆弱性を高め、PTSDの再発を起こりやすくします。
薬物療法、認知行動療法、EMDRなどの精神性理学的治療などは、精神力動的治療に比べて、よく構造化され、標準化され、短期で治療効果がでやすく、治療目標が単純(症状軽減)なために、比較対照をとった治療効果の検定が行いやすいと言えます。実際これらの治療では多くの治験があり、それはこれらの治療の効果を裏付けるものですが、そのような対照治験(controlled studies)のない精神力動的治療が無効であるということではありません。 [TOP]
[PTSD治療の前提]
正確な診断、信頼に基づく治療関係は、すべての医学的治療の前提となるものです。DSM−IVの診断基準を適用すれば、PTSDの診断そのものは、それほど困難ではありません。ただ上記のように、PTSDの治療にあたっては、病名だけではなく、その重症度、慢性度、合併症(精神的合併症、身体的合併症、人格障害)、関連問題(たとえば法的問題)、緊急度、家族状況、ネットワークなどが治療上重要な意味を持ちます。これらを含めた診断評価となると、必ずしも容易ではありません。
次に、どんな治療をするにしても、PTSDの基本的な教育が必要です。つまりPTSDはトラウマサバイバーにはよく見られる疾患であり、その人の何らかの失敗を意味するものではないし、恥じる必要はないということを、繰り返して教えることが必要です。
さらに、治療契約、限界設定なども重要です。たとえば、自傷他害行為、破壊的行為をしないこと、緊急時の連絡法など、必要に応じて繰り返します。また治療の目標、方法、予定、ドロップアウトの可能性、治療関係などについて相談しておくことが必要です。 [TOP]
[心理的デブリーフィング]
トラウマ体験の直後(数時間から数日以内)に、トラウマ体験の後遺症予防のために、半構造化したセッションを持つことの有用性が専門家から提唱されています。これを心理的デブリーフィング(Psychological
Debriefing)といいます。個別セッションもグループセッションもありえます。この場合、参加者は患者としてではなく、異常な体験をした正常な人として扱われます。トラウマ体験直後のデブリーフィング(個別およびグループ)は特に効果がなかったという報告があります。トラウマ体験の6―9ヵ月後のグループデブリーフィングと教育は効果が見られたという治験があります。さらに、トラウマ体験直後の強烈な再暴露は、トラウマの再体験になる可能性があるとも指摘されています。一方では、トラウマ体験の直後にPTSDや治療について知っておくことが重要だという議論があります。トラウマ体験直後の心理的デブリーフィングの効果に関しては評価が分かれますが、非専門家が、各個人のペースを考慮せずにグループ内でトラウマ記憶を披露し感情を表現することを勧めるなど、やり方によっては、無効、もしくは有害な事があり得ます。しかしPTSDに関しても早期発見早期治療が重要であることは専門家の一致した意見です。 [TOP]
[認知行動療法]
認知行動療法の中では、暴露法(Exposure)が最も多くの対照研究があり、有効とされています。
暴露法というのは、例えば以下のように行います。
治療者「目を閉じて、あの事件をできるだけ詳しく話してください。できるだけその時の気持ちになって、現在形で話してください」
患者(目を閉じて)「今私は夜の通りを歩いています。周りは暗くて人通りはありません。その時後ろから足音が近づいてきました」
[ もしも患者の話が曖昧なら、治療者が介入します。「今どんな気持ちですか」 「どの位不安ですか」 「それというのは何ですか」 「どうしたかったのですか」などなど。患者の回想と体験談がスムーズなら介入は最低限しかしません]
初回のセッションは、45分くらい、2回目以降は40分位かかります。もし、セッションが早く終わったら、話を繰り返させます。セッションの内容はテープにとって、毎日家で聞くように指示します。毎週のセッションの初めに、何回家でテープを聞いたかを確かめます。通常はこのようなセッションを9回行います。もっと続ける人もいます。回復のレベルはいろいろです。治療から脱落する人もいます(20―30%)。症状を消し去るのではなくて、軽くするのだ、と患者に言っておきます。回想時の情緒的な反応が少ない場合は、効果も悪いようです。
罪悪感や恥辱感が強くて回想が困難な場合には、認知療法や催眠を併用します。
[薬物療法]
注意:薬物使用の際には、必ず、使用説明書などによって、薬効、副作用などを確かめ、治療者が総合的な判断によって決めてください。なお、日本の保険診療上、適応症として認可されているかどうかは確認されていません。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)がPTSD治療の第一選択薬剤とされています。多くの場合、2―5週間で効果(症状軽減)がみられます。
TCA(Tricyclic Antidepressant; 三環系抗うつ剤)もPTSDに有効ですが、効果はSSRIに劣ります。ただし、戦闘トラウマによるPTSDでは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)よりもTCA(三環系抗うつ剤)の方が有効であったという報告があります。一般にTCAはSSRIより副作用が強いとされています。MAOI(モノアミン酸化酵素阻害剤)は、TCAより効果があったという報告がありますが、現在MAOIは、日本では使用されていません。
クロニジン(アドレナリンapha2作用薬、商品名カタプレス)やグアンファシン(商品名エスタリック)がPTSDの再体験や覚醒亢進に有効であるという報告があります。ただしこれらは降圧剤なので、低血圧の患者や降圧剤服用中の患者に投与するときには注意が必要です。抗不整脈剤のベータ遮断薬であるプロプラノロール(商品名インデラル)も同様の作用がありますが、こちらは副作用として抑うつ気分や精神運動抑制を引き起こすことがあります。
カルバマゼピン(商品名テグレトール)は覚醒亢進と再体験に、バルプロ酸ナトリウム(商品名デパケン)は覚醒亢進と回避、麻痺症状に有効だったという報告があります。
ベンゾジアゼピン系薬剤であるアルプラゾラム(商品名コンスタン、ソラナックス)やクロナゼパム(商品名ランドセン、リボトリール)には抗不安作用がありますが、処方薬依存に注意が必要です。強い不安や不眠に対する短期間使用にとどめるべきです。再体験や回避、麻痺に対する効果は期待できません。抗精神病薬は、第一選択薬剤としては勧められません。著しい覚醒亢進や妄想傾向、興奮や精神病状態には抗精神病薬の使用も妥当と考えられます。 [TOP]
[精神生理学的治療]
EMDR(Eye Movement Desensitization and
Reprocessing)は、眼球運動と回想、情緒認識を組み合わせた技法で、眼球を左右にリズミカルに動かすことで感情の処理過程を促進し、外傷記憶に伴う苦痛な感情を脱感作するというものです。トラウマ体験による侵入的症状、回避症状、覚醒過剰などに有効です。EMDRが治療効果を持つためには、眼球運動が必須であるという説、眼球運動以外の外部刺激と効果が変らないという報告、目を閉じていても効果は変らないという報告があり、この点に関する結論はまだ出ていません。
EMDR以外に、Thought Field Therapy(TFT;
思考の場療法)、Traumatic Incident Reduction(TIR)、Time-Limited
Trauma Therapy(T-LTT)、Visual/Kinetic Dissociation(V/KD)というような最新の治療が報告されていますが、これらに関してはEMDRのような対照研究の報告はありません。 [TOP]
[精神分析的治療]
標準的(古典)精神分析的治療というのは、寝椅子と自由連想法を用いて、週に4―5回の40―50分セッションを2―7年行うというもので、研究的にはともかく、実際的ではありません。臨床的に治療として行われているのは、(短期)(簡易)精神分析的精神療法です。力動的精神療法は、狭義には精神分析的精神療法を意味します。治療関係という対人関係の過程を通じて、治療者が患者に関心を持ち、理解し、患者の自己理解を援助するという相互的な関係によって、患者の人格の構造変化をきたすことを目的とする精神療法を洞察療法といいますが、力動的精神療法は洞察療法の代表です。すべての力動的精神療法は、表現的精神療法、支持的精神療法の要素を併せ持っています。治療の構造上、薬物療法のような対照治験は困難ですが、経験的に有効です。 [TOP]
[催眠療法]
催眠療法は、ひとつの治療法というよりは、精神力動的精神療法や認知行動療法、あるいはその他の治療に併用統合して、これらの治療効果を高めることができる技法といえます。 [TOP]
[グループ療法]
支持的グループ療法と精神力動的グループ療法、認知行動的グループ療法があります。いずれのグループ療法についても有効であったといういくつかの報告があります。 [TOP]
[家族療法]
家族関係のトラブルを扱うためのシステムズアプローチと、家族がPTSD患者をサポートするのを援助する支持的アプローチがあります。PTSDの症状軽減のためというより、PTSDに付随する家族問題の緩和のための補助的治療といえます。
[入院治療]
入院治療は、外来治療が困難な慢性重症のPTSD患者に対する長期治療の一部として、あるいは自傷他害の危険を防止し、安定化をはかるための短期間の支持的環境としてなど、一定の目標を持って集中的な治療組み合わせの環境を提供するものです。
赤城高原ホスピタルでも、治療の中心は入院治療にあります。患者の大部分は、PTSDだけでなく、アルコール症や薬物乱用、摂食障害などを伴い、自殺未遂や自傷行為を繰り返しています。トラウマ体験の多くは幼児期の虐待、それに最近のトラウマの再演(性虐待の被害者が成人してレイプなどに遭うこと)が加わっています。家族関係も悪く、過去の治療関係から被害を受けていることもあります。
安全な場所を確保し、信頼に基づく治療同盟を育て、破壊的行動を予防するだけで大仕事です。個人療法に加え、集団療法、家族療法、自助グループなど、使えるものをすべて使い、辛抱強く患者のアクティングアウトに対処します。大抵トラウマワークは安全確保の後になります。
慢性重症PTSDの場合には、慢性分裂病のリハビリに匹敵する社会復帰援助が必要なことがあります。
[その他の治療]
このほか、PTSDに対して芸術療法(絵画療法、音楽療法、箱庭療法、舞踏療法、心理劇、詩歌療法など)、動物療法などがなされています。効果を確かめるような対照治験は行われていませんが、言語的表現が困難なPTSD患者や子供の患者には有効と思われます。
電気ショック療法や精神外科の適応はありません。 [TOP]
[文献]
1. Kulka RA, Schlenger WE, Fairbank JA, et
al. Contractual Report of Findings
From the National Vietnam Veterans Readjustment
Study. Research Triangle Park,
NC: Research Triangle Institute; 1988
2. Resnick HS, Kilpatrick DG, Dansky BS,
et al. Prevalence of civilian trauma and
posttraumatic stress disorder in a representative
national sample of women. J Consult Clin
Psychol 61:984-991,1993.
[お勧めの本]
「マンガ子ども虐待出口あり」<講談社; クライアント、イラ姫 + カウンセラー、信田さよ子著;
定価1600円+税; 2001年12月13日発行>
信田さん(原宿カウンセリングセンター所長、カウンセラー)とイラ姫(被虐待体験者)の対談を中心に、井戸端会議風の雑談がめちゃおもしろい。内容としては、フェミニズムとアディクションの視点から虐待問題を分析、解説したまじめなものですが、その描き方が革命的。文章7割、マンガ3割が混在する誌面が読者を飽きさせません。対談では業界通の本音と体験者の本音が丁々発止と渡り合います。それにしても驚いたのはお二人の雑学。まじめな本から週刊誌、映画、TV、芸能人情報、巷の噂話まで、その興味と情報の範囲は常人の想像を超えています。げに女性は恐ろしい。イラ姫と講談社スタッフの巧みな話術に乗せられて、信田さんの毒舌が冴え、お喋りが暴走ぎみ。おかげで本文は虫食いの伏字だらけです。なぜか信田さんにはシッポが生えていて、イラ姫マンガの刺激的な描き方にまじめな読者でも思わず笑ってしまいます。関連サイト、『マンガ 子ども虐待 出口あり』 読者の声、掲示板、関連リンク、参考図書などがあります。 [TOP]
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文責:竹村道夫(初版:00/09)