第40回(1987年) 〜 第49回(1992年)

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第49回 「一つの花」「花のズッコケ児童会長」 1992年1月 (平成 4年)
 「ひとつだけちょうだい」これがゆみ子の覚えた最初の言葉でした。おなかをすかしておにぎりをねだるゆみ子に、コスモスの花を一つ手渡して父は出征して行く。日本児童文学者協会の新人賞に輝き、教科書にも採用た作品。アニメ23分
 1972年の発売以来、小学生の間で人気の児童文学のベストセラー“ズッコケ三人組”シリーズ。
その第11作の映画化で、瀬戸内海に面したミドリ市の花山第二小学校を舞台に、生徒会長選に立候補することになったズッコケ三人組の奮闘を描く。
「タスマニア物語」の助監督を務めた中島俊彦の監督第1作。
おおた子ども教育文化研究所設立記念特別例会 「うしろの正面だあれ」 1991年8月
  潟eレビ東京、(有)スペース映像、にっかつ児童映画梶A潟Aルファデザイン
  虫プロダクション鰍T社提携作品

原作:海老名香葉子「うしろの正面だあれ」(金の星社刊)
製作:国保 徳丸他  企画:鳥山 英二他  脚本:今泉 俊昭他
監督:有原 誠治  音楽:小六 禮次郎
第48回 「ガンバとカワウソの冒険」 1991年7月 (平成 3年)

「ガンバの冒険」の劇場用オリジナル作品。斎藤惇夫の同名の原作を、TVシリーズと同じキャラクターを使って描いている。港で出会った美少女ナギサに、島へ渡る切符を譲ったシジン。ところが、彼女はいつまで経っても帰ってこない・・・。

監督:大賀俊二、製作:加藤俊三/野原嘉一郎
原作:斎藤惇夫、脚本:岩間信明
声の出演:ガンバ 野沢雅子、ボーボ 水城蘭子、ヨイショ 内海賢二、ガクシャ 富山敬
第47回 「走れ!白いオオカミ」 1991年1月 (平成 3年)

 野生のオオカミと少年との暖かい心の交流を描くアニメ。メル・エリス原作の同名小説の映画化で、脚本は「童謡物語」の剣持亘が執筆。監督は「タッチ3 君が通り過ぎたあとに」の前田庸生、作画監督は同作の江口摩吏介、撮影監督は「魔女の宅急便」の杉村重郎がそれぞれ担当。
 ラセットと白い狼グレイは幼い頃から共に育てられ、強い友情で結ばれていた。ある日、グレイは町の有力者ショットのボクサー犬をかみ殺してしまう・・・。
第46回 「クロがいた夏」 1990年7月 (平成 2年)
被爆45周年記念企画・長編アニメーション

ある日、わたしは子ねこをひろってきました。とうちゃんもかあちゃんもはじめはかうのをゆるしてくれませんでした。
でもやっとゆるしてくれました。名前は“クロ”です。
それからは“クロ”と毎日いっしょにあそびました。でも…
わたしは“クロ”がとてもすきでした。“クロ”は星になりました。
第45回 「となりのトトロ」  1990年1月 (平成 2年)

 田舎に引っ越してきた子供たちと、そこに住むオバケたちの心のふれあいを描くアニメ。原作・脚本・監督は「天空の城ラピュタ」の宮崎駿で、作画監督は佐藤好春がそれぞれ担当。
  お父さんの声は前橋高校出身の糸井重里さん。
特別例会   「風の谷のナウシカ」 1989年8月

自然を愛し、虫と語る風の谷の少女が、たったひとりで未来の地球を酷い争いから救う姿を描く。アニメ雑誌「アニメージュ」に連載された宮崎駿原作の同名漫画のアニメ化で、脚本、監督も「ルパン三世 カリオストロの城」の宮崎駿が担当。
特別例会   「ぼくちゃんの戦場」 1989年8月

原作:奥田継夫、監督 大澤豊
出演 前田吟 、藤田弓子、山本ゆか里、車木貴典

 太平洋戦争の末期、子どもたちに被害が及ぶのをおそれ、都会の子たちを安全な地方へ疎開させる政策がとられた。四年男女組の級長、源久志コト“ボクちゃん”は、まるで遠足に行くような気分で集団疎開に行ったが・・・
(画像なし) 第44回 「白旗の少女 琉子(りゅうこ)」「ねんどくんのさんぽ」 1989年7月 (平成 1年)

 太平洋戦争末期の沖縄で力強く生きる少女の姿を描くアニメ。新川明、儀間比呂志共著「りゅう子の白い旗・沖縄いくさものがたり」の映画化で脚本・監督は「うる星やつら 完結篇」(監督)の出崎哲、撮影監督は岡崎英夫がそれぞれ担当。

 チェコの人形アニメ。子供が好きなやわらかい粘土がおりなす不思議な幻想の世界。ねんどの家族が日曜日の遊園地ですごす楽しい一日を描く。(チェコ国立映画作成所/8分/カラー/16mmフィルム)
(画像なし) 第43回 「宝島」 1989年1月 (昭和64年)
 詳細未定 disney、1950年のやつでしょうか?当時のことをご存じの方、お教えください<(_ _)>
平和映画会    「時計は生きていた」 1988年8月

 昭和20年夏の群馬県前橋市。久保一家は路地裏の借家に住む庶民。父はバスの運転手、母は雑貨店、子供3人に犬一匹。戦争下の困窮生活に子供はめげない、しかし金属供出に、犬の殺害など、戦争は容赦ない。ついにB29の空襲で焼け出される一家、母は死ぬ、焼け跡から掘り出した柱時計はカチカチと動いたのだった
第42回 「SOSこちら地球」  1988年7月 (昭和63年)

 身勝手に戦争を引き起こすことに抗議してパリで平和会議を開催する動物たちを描いた長編人形アニメーション。原案はエーリヒ・ケストナーの『どうぶつ会議』。製作野原嘉一郎。プロデューサー田川和生。脚本加藤盟。監督河野秋和。人形デザインあかのたちお。声の出演嶋俊介、納谷六朗ほか。1987年6月完成。35ミリ68分。
第41回 「チロヌップのきつね」 1988年1月 (昭和63年)

製作:古川博三/田代敦巳、原作:高橋宏幸(金の星社刊)
企画:伊藤正昭、脚本:松山善三、音楽:後藤悦治郎(紙ふうせん)
声の出演:音無美紀子 他

 太平洋戦争が激しくなってきた昭和19年に、 原作者である高橋さんが実際に体験したことをもとに製作したアニメーション映画
 北の海にチロヌップという小さな島がありました。春、きつねざくらが咲く頃に、 二匹の可愛いきつねが生まれました。男の子の名前はカン、女のこの名前はコロ、 父さんぎつねのケン、母さんぎつねのチンと一緒に毎日仲良く暮らしていました。
第40回 「分校日記 イーハトーブの赤い屋根」 1987年12月(昭和62年)

 岩手県の山村の分校を舞台に、教師夫婦と生徒たちの心のふれ合いを描く、直木賞作家・三好京三の原作『分校日記』の映画化。脚本は「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」の朝間義隆と梶浦政男、斉藤貞郎、熊谷勲の共同執筆、監督はこの作品でデビューを飾った熊谷勲、撮影は鈴木則男がそれぞれ担当。
 久慈昭子は、岩手県北部の山村にある、生徒数二十一名の花森分校に胸はずませて赴任して来た。

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