第50話  脱原発のすすめ 
     
 菅首相は5月6日、浜岡原子力発電所の運転停止を決断した。英断だと思う。静岡県浜岡町は、いつ起きてもおかしくはない東海地震の震源域に近く、また原発の敷地内には断層があることが分かっていた。当然の判断だと思う。しかし、物足りなさを感じる。なぜ日本国内54基すべての原発の運転を止めると言えなかったのか。国際原子力機関(IAEA)は今回の福島原発事故を最悪のレベル7と認定した。あのチェルノブイリ原発事故と同じ深刻度である。
 ドイツ政府は、国内17基の原子力発電所を2022年までにすべて止めると閣議決定した。またイタリアでも原発再開の是非を問う国民投票が成立し投票者の9割以上が原発を止めることに賛成した。この事に関し石原自民党幹事長は「あれだけ大きなアクシデントがあったので、集団ヒステリー状態になるのは心情として分かる」と、冷静さを失った国民が行う行動のように述べている。ふざけた言い方である。レベル7の最悪の状態でいつ正常に戻るか分からない中で、目に見えない相手と対峙しているのに冷静な判断など出来るのか。至極的確な判断だと思う。
 ドイツ政府が脱原発を打ち出した背景には、日本のように高度に発達した工業国でさえ原子力発電所の暴走をくい止めることができなかったことがある。事故により大気中に放出された放射性物質(「放射能」という)量は77万テラベクレル(ソ連チェルノブイリ原発事故の14.8%に相当)、海へは4720テラベクレル(770dの汚染水)放出されもう回収は出来ず、今後環境に深刻な影響を残すだろう。環境に放出された放射性物質は食物連鎖の結果上位の捕食者に濃縮されるのだ。すでにあちこちの野菜やお茶、砂、浄水所の水等で放射線が観測されている。
 日本は唯一の被爆国である。その為に核に関わる事には人一倍注意、監視を払って来た。しかし、原子力の平和利用の名のもとにいつの間にか核の危険性に鈍感になってきたと思う。原子力の平和利用と言えば、原子力発電所というほどワンパターン化されている。原子力発電所は一種の原子爆弾である。この紛れもない事実は今回の事故で証明され、国や東電に安全だと言われ続けた原発は「とてつもなく危険なものだ」ということも証明された。
 日本は唯一の被爆国として原子力発電所を作るべきではなかったのだ。今回の事故によっておびただしい放射性物質が環境に放出され、それは絶対にゼロになることはない。限りなくゼロに近づくだけである。また多くの人や動植物が放射線を浴び(「被爆」といい、外部被爆と内部被爆とがある。より危険なのは内部被爆である。放射性物質を体内に取り込み放射線を体内から浴びるからである)、その影響は将来にわたって続く。事故発生以来25年が経過するチェルノブイリは未だ高い放射線量を観測し立入禁止地区である。
 今回の事故は、我々日本国人にとって、村上春樹の言葉にあるように「核の力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者であるし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者である」のだ。被害者にでも加害者にでもどちらにも転ぶ核の力を利用した原子力は我々人間の手に負える代物ではないのだ。
 原子力発電所をすべて止めると、必要な電力はどうするのか、電気代が高くなるがそれでも良いのかという反対論が必ず声高になる。実際ドイツの原発運転停止記事の時も日経新聞には早速このような記事が掲載された。
 必要な電力は作ればよいし、節電に努めればよいのである。原子力に変わる太陽光や風力、潮力等の自然エネルギー開発に国のお金を投資すればよいのである。23年度文科省の原子力関係予算だけでも2115億円もある。
 今回の事故前までの電力各社のオール電化の家キャンペーンはものすごかった。電気を使わない家は今風ではないバリのキャンペーンに乗って家を造った人の多かったこと。
 日本の省エネ技術は世界一である。電気代が上がれば今以上に省エネ商品が出てくる。現に事故以来の計画停電や15%節電のおかげでたくさんの省エネ製品が世に出ている。
 電気代は値上げになるというが、東京電力社長達幹部の給与の馬鹿高さには驚いた。電力各社は地域独占事業で潰れる心配はないのになぜもこのように高給取りなのだ。給与を減らして電気代を下げればよいのである。
 電力各社の地域独占をなくし、自由な電力市場を作りスマートグリッド*を取り入れ日本国内での電力融通を図れば料金は安くなるのである。

注)スマートグリッドとは、富士通総研経済研究所主任研究員 高橋洋によれば、IT(情報技術)の力で多様な供給者と需要者をリアルタイムに繋ぎ、電力の需給を分散的に最適化する、次世代の電力網。



            平成23年6月30日  小林 直行


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