パリ厠(かわや)騒動記

 花の都パリ、誰もが憧れるパリ、パリへ行って損なことはない、と誰もが思うパリであるが、皆さん気をつけたほうがよいと思うのはトイレである。トイレの数が圧倒的に少ないのだ。公共施設はもとよりホテルさえ部屋のトイレ以外はあてに出来ない。特に御婦人達はとってもお困りする事必定である。
 あの有名なベルサイユ宮殿でのこと。ロンドンからの国際列車で到着した駅からベルサイユ宮殿までトイレ休憩がなかったもので、ベルサイユ宮殿のトイレは大変な込みようである。特に婦人用トイレは長蛇の列。妻もその中の一員。待つこと数十分。ぷりぷりしながら妻は出てきた。何を怒っているのかと思い恐る恐る聞いてみると、トイレに入るのにお金が必要でそれも小さなお金で、札を出したら門番おばさんに怒られたという。それでたまたま後ろに並んでいた同じツアー客にお金を借りたという。人に頼ることが嫌いな妻はそれが気にいらなく私に怒りをぶちまけてくるのだった。教訓@ベルサイユ宮殿に行くときは必ずトイレを済ませて行くか、または小銭を用意しましょう。
 パリのマレ地区は、東京の浅草とも言うべき古き良き時代のパリが残っている場所である。パリ中心部にあり地下鉄で行ける割と交通の便が良い所である。ここで私たちは「銀ぶら」ならぬ「マレぶら」をしていたのだが、突如妻がトイレに行きたいと言い出した。普段妻はトイレが遠く半日くらい我慢できる巨大な膀胱(?)の持ち主であるにもかかわらずである。まいった。店人に聞いたら向こうの大通りに公衆トイレがあるという。エンゲルスの著作に19世紀のロンドンのトイレ事情が書かれてあるが、昔のロンドンの一般的な住宅にはトイレが無く、排泄物は通りに捨て、その為に通りの惨状は目を覆いたくなる有り様であったという。このことが、ヨーロッパに下水とか公衆衛生という概念を生ませるきっかけになったという。そういえば先ほどのベルサイユ宮殿にもトイレが無くここに住む高貴な人たち(?)は「おまる」で用を足していたということを何かの本で読んだことがある。日本の公衆トイレをイメージしていた私たちはやっとの思いでそれを探し当てた。それは人一人がやっと入れる位の小さなトイレで決して鉄筋コンクリートなどで出来た強固な建物ではない。真ん中に便器があり、それを囲むシャッターがある、それこそ本当にここで用を足すのかという位のちんけな代物であった。私が「早くしろよ」と言うと、妻は「エーここで」と言う。当然な反応である。「外でシャッターが開かないように押さえてて」と言う。「中で押さえててあげるよ」と言うが、「それはけっこう。」と断られる。これも至極あたりまえの要求。親しき仲にも礼儀有り。教訓Aパリ市街の公衆トイレは門番が必要。
 パリのホテル。1階のレストランからはセーヌの流れが心地よく聞こえ「あーパリにいるんだ」という気持ちになれる。そういえばここで買った紅茶はおいしかった。真っ赤な缶に入ったリーフ茶でこれを買うためだけにパリへ行っても良いと思う程であった。うれしいことに日本にも輸入されていた。ゆったりと過ごしているのにこの安寧を壊す輩がいる。妻だ。トイレからどんどんと激しく叩く音が聞こえる。「助けて」と叫ぶ声が聞こえる。「どうした」と聞くと「トイレが開かないの。出られない」という。しょうがないなーと思いながらドアを開けても開かない。BAD DOORかとアメリカで起こったことを思い出した。25年前、初めての海外旅行でアメリカはボストンのホテルでの出来事。遅く着いたホテルはカードキーで何度やってもドアは開かなかった。近くにあった電話でフロントに電話したのだが、うまく伝えられずやっとの思いで修繕係に来てもらったのだが、この修繕係がやってもドアは開かなかった。この時この修繕係が「BAD KEY」と言ったのだ。これから私は何か不都合があると」BAD ○○」と言うようになる。トイレのドアはカードキーシステムにはなってはいない。どうしたんだろう。なかなか開かない。そこは私はプロである。ドア自身の重みで右半分が下がって開かなくなっているのだ。こういうときは右半分を上げながら開ければ良い。教訓B配偶者のトイレが終わったら安寧に浸ること。
 パリからの帰りの飛行機の中。妻はトイレに立った。私は飛行機に乗るときは必ず通路側で前の座席を予約する。もっとも団体ツアーの場合は無理だが。エコノミック症候群という長時間狭い中にいると病気になり易いことが叫ばれ、時々体を動かしたり歩き回るよういわれているが、妻はなかなか動こうとしない。だから私は妻に「ゆっくり行ってきなさい」と声をかけた。ちょっと遅いかなと思うくらい妻は帰って来なかった。やっと帰ってきたので「どうした」と聞くと、「トイレが開かないでどんどんしてたらスッチーが来て開けてくれたの。どうしてきて来てくれなっかたの。意地悪。」とお冠のご様子。教訓C飛行機では一緒に散歩に行きましょう。


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