〜ラバテレ&宇宙共同企画〜
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これは、会場の私のコーナーの全景です。
ガラスの向こうは青山の街角。通りすがりの人が見てくれたりもしました。
同時開催「Lovers Television」では
「hyokoニット展」全作品の解説&紹介をしています。
是非、ご覧下さい。
☆解説☆ |
『琥珀色の向い風』
琥珀色の向い風のイメージのベスト。
土手で行き会ったそれほど親しくなかった知り合い。
その時の彼女が着ていたベストは柔らかな秋の夕暮れに溶けていきます。
今は行方も知らない彼女との淡い想い出に結びついてるベストです。
〜hyoko オリジナルstory〜 「向かい風」 大学から徒歩5分もかからないところに、川があった。割に広い川。川幅も土手も広々としている。 川の向こう岸はよく整備されたゴルフコースになっている。そしてその向こうにマンションと戸建ての住宅がひしめく。 僕はよく、ここをブラブラと歩くのが好きだった。特に、夕暮れ時に。不思議な位、あの頃は暇があった。 よけいなことをとりとめなく考えることも多かった。その価値も知らずに。 僕は夕方駅へ向かう途中で、遠回りをして土手を歩いた。川はほぼ南北に流れていて、 学校から駅へと向かうと、向こう岸が西の方角になった。秋が街を覆った頃に川に沿って歩くと、川に夕日がうつって、 金橙色の鏡になって、全体がほんの少し浮き上がったように見えた。それでいて、それは不思議にまぶしくなく、やわらかい光だった。 空は淡く白っぽくかすんで、淡いオレンジと紫と桃色をはけで流して塗ったように見えた。 空気が少し冷たく、透明に川と空の間をうめていた。 その日もそういう日だった。その日も川は鏡になり、空ははけで塗られていた。 ちょっと目を細めて見渡すと、思いがけず広い空間に気持ちがほどけていく。気持ちのいい夕暮れだった。 と、僕は向こうから見知った顔が歩いてくるのに気が付いた。彼女も僕に気が付いたらしかった。 それは、同じゼミのひとつ年下の女性だった。飲みに行った席でも一緒になったことがある。 特別親しくはないけど、そこそこ話をする仲だ。ゼミの教授に傾倒していて、彼のゼミに入るのを目的としてうちの大学に来た という、 かなりこだわりの人と思われていた。 実際、彼女はゼミでも口数少なく、それでいて、何かの時には自分の意見を守って、堂々とした論陣をはるタイプだった。 ・・そして、教授と付き合ってるとかなんとか、根っこのない噂が流れていた。 お互いの声が届く距離まで近づいてから、「○○さん、」と声をかけた。彼女はわかってるというような顔でちょっと笑うと、 「今帰りですか?」と言いながら、立ち止まった。 「うん、授業が4限だったから・・ ○○さんは? まさかこれから学校なの?」 「え?いえ、そうじゃないんですけど・・・ちょっと忘れ物したような気がして、もどうろっかなと。」 「そうなんだ、大変だねえ・・」彼女が少し困ったように見えて、僕は慌てて、当たり障りなくすませようと言葉をつないだ。 そしてそのまま立ち去ろうとした。 ところが、彼女はちょっと考えるように僕を見てから「もし、よかったら、なんか食べに行きません?私 お腹すいちゃって・・ それとも予定あります?」と言い出した。「あ、いやそれはないから・・僕の方はかまわないけど、いいの?忘れ物は。」 「いいんです。確かに忘れたってわけじゃないし、それにたいしたものでもないから。 駅前でいいですよね?それともどっかまで出ます?お家どっち方面でしたっけ?」 彼女は急に饒舌になって、僕の返事を待たずに、駅の方へ向かって歩き出した。 その変化にちょっとだけあっけに取られながら、僕はあとを追った。 駅へ向かう間、僕のほんの2.3歩前を歩きながら、彼女はずっとあれこれとなく喋りかけてきた。他愛のない話だ。 そして妙に楽しそうだった。気のせいかもしれないけどさっき向こうから歩いてくるのをみかけた時よりリラックスして嬉しそうに見えた。 でも、それと同時に彼女はすごくはかなく、頼りなくも見えた。 その時彼女は、オリーブグリーンのニットの袖なしジャケットに、黒い綿の巻きスカートをはいていた。 ひざと足首の半分位まである長めのスカート。同じく黒いスニーカー袖なしジャケットの下からは薄いえんじ色のセーターに包まれた 細い腕が見えた。その腕を後ろ手にして、セーターと同じ色の小さいトートバックを持ち彼女はゆっくりと歩いていた。 歩くテンポに合わせてバックが小さく前後にゆれていた。日はさっきより少し傾き、半分向こう岸のビルのひとつに隠れかけていた。 川面はさっきまでの一面の鏡のようではなく、光は細かく散って、小さな粒を幾重にも重ねたように見え、より穏やかで静かだった。 色は淡く、白っぽく輝いていた。空はもう、半分が夕日の色を失いつつあった。 丁度川の上空を境目に、半分は夕日の色を残し、半分は淡いコバルトの空へと変わりつつあった。 彼女のジャケットはその夕日の残り香と、夕闇の透明な青とをたっぷり吸い込んで柔らかく軽く、そして消えそうに見えた。 彼女まで、はかなかった。髪や腕や足音も。 彼女が楽しそうに話し続けるその声さえ、夕暮れの空気に溶けて、はかなく聞こえた。 一度だけ、彼女は僕を振り返った。そして自分のジャケットに片手を入れてみせた。 ポケットは底がほつれて穴があいていた。彼女はそこから指を出してひらひらと動かした。 「穴、あいちゃって・・・最初は小さい穴だったんだけど、もうだめですね。何入れてもこぼれちゃう。」 そう言ってちょっと笑うと、又前を向いてゆっくり歩き始めた。 僕等は駅前の定食屋で焼き魚を食べ、コーヒーを飲んで別れた。彼女は食べてる間、さっきまでとうって変わって無口だった。 そして一回だけ、大きく深いため息をついた。 それが僕の彼女に関する唯一個人的な記憶だ。その後はふたりで食事することもなくまた同じゼミ同士というだけのつきあいが続いた。 そして、僕はその次の年卒業し、彼女は一年遅れて卒業した筈だった。卒業後、彼女の噂を一回だけ聞いた。 彼女は例の教授とやはり付き合っていたらしい。そして彼女は彼を捨て、教授は彼女への腹いせに故意に単位を落とした。 彼女は卒業する筈の年に、春を待たずに姿を消した。 ひとつ気にかかっていることがある。あの時、風は吹いていただろうか?それがどうしても思い出せずにいる。 |
『僕はここにいる』
僕はここにいる ・・のセーター
ちょっと年上の彼女をある日街角で見かけます。
そこにいたのは自分の知らない険しい顔の彼女でした。
そして自分を見つけた瞬間彼女の顔は柔らかく変わります。
僕はここにいる(のに)とそう思って彼女を見ていた
彼は、今度は僕はここにいる(からね)とそう思って、
彼女を抱き止めているんです。
〜hyoko オリジナルstory〜 「ここにいる」 彼女は母親のような顔で大きく微笑む。これは僕の本当の母の話ではない。母は微笑むなんておとなしいことはしない。 母親のような、というのは、言わば「母性」に代表されるところのイメージの話だ。 彼女は2つ年上。初めて会った時、グレーの長いスカートと青いカーディガンを着て、ポケットに手を入れていた。 意味もなく、そう?と言ってるように首をかしげる癖がある。いつもちょっと眠そうな優しい目をしている。そして背が高い。 少しヒールのある靴だと175cmの僕とほとんど視線が一緒になってしまう。 だから、抱きすくめられたりすると、僕の方が子供のような気分になってしまう。 ・・・話をしてても何をしても いつもはそんなに年の差を気になどしないけれど。 それは淡い日差しが朝からずっと降っているような暖かい冬の日曜日だった。 僕は急に昼飯にとんかつが食べたくなって、街にでた。 池袋の駅ビルで適当に店を見つけて、ロースカツを頼んだ。味は悪くはなかった。 食べ終わってから僕は、そのまま駅ビルの地下に戻らず、一階から外に出て、目の前の大きな横断歩道を渡り、 向かいの薬屋で髪のムースを買った。 店の外に出て大きくのびをするといい気持ちだった。風もなく、日差しが暖かく柔らかい。 また同じ横断歩道をもどって行こうとして僕は青信号の向こう、駅の宝くじ売り場の所に彼女の姿を見つけた。 行動範囲は似ているけれど、こんな偶然はもちろん初めてだった。 なんだかすごくいいものを見つけた気がして、僕は走って横断歩道を渡り駆け寄って声をかけようとした。でも、そうはしなかった。 かわりに僕のしたことは近くのスタンドで雑誌の表紙を見るふりをすることだった。 彼女の隣に男性がいた。彼女はその男性と話をしていた。見た事のないきつい顔と化粧をして、 手にしたハンドバッグで相手を殴り付ける隙を探しているような、そんな目をして相手を見ていた。 相手の男性はたぶん彼女よりかなり年上だった。ゴルフシャツが板につき、少し、髪に白いものが見えた。 彼は穏やかな口振りで彼女を説得しようとしているらしかった。同じ言葉が繰り返し切れ切れに聞こえた。 僕はその二人をずっと横目で見ていた。彼女は相手の話などどうでもいいみたいだった。 ただ、必死で相手に押されまいとしてるみたいだった。しなやかに身構えた猫のようにみえた。 二人の姿を斜め後ろに見ながら、次第に僕は息苦しくなってゆくような気がしていた。 彼女の顔をこれ以上見ていられなかった。でも、立ち去ることも出来なかった。このままここに彼女を置いて行きたくなかった。 彼女の険しい顔の向こうに淡い色の空が見えた。高い空だった。 ”僕はここにいる”と僕はさっきからずっと思っていた。 念じるみたいに自分の中で繰り返した ”ね、僕はここにいるんだよ”と。 その願いが通じたとでも言うのだろうか。唐突に二人の会話が終わった。男は諦めたようにちょっと肩をすくめ、 彼女の肩を軽くたたいて、”じゃあまたゆっくり話そう。今日は帰るよ。”と言い、 そのまま僕の横を抜けてJRの乗り場の方へと足早に立ち去った。たぶん何か約束でもあったのだろう。そんな急ぎかただった。 男が去って完全に姿が見えなくなってから、彼女はやっと視線を動かした。 ゆっくり、男の去って行った方へと視線が動いた。・・・そして彼女は僕に気が付いた。 その瞬間、突然彼女の顔が変わった。すーっと流れ落ちるように険しい表情が消えてゆき、やわらかい笑みが顔全体を支配していった。 それは奇跡のようだった。彼女と共に、その周囲の空気も色を変えてゆくようだった。僕は大きく長く息を吐いた。 でもそれはたぶんほんの一瞬のことだったろう。すぐに彼女は足早に僕に近づき、”今日はどうしたの?”と聞いた。 そして僕の返事を待たずにそのまま僕の手の中へ転がり込んできた。僕は、世界が変るのを見たように感じながら、彼女を受け止めた。 彼女は初めて会った時と同じ、青いカーディガンを着ていた。その柔らかさと温かさが僕をほっとさせた。 ここにいるのは、僕の知ってる彼女だ。微笑む彼女。 僕は彼女の声が聞きたかった。でも、何も言わずに彼女を受け止めていた。 ”僕はここにいる”またそう思った。それが一体何になるのか。彼女にとって何になるのか。 わからない。 でも、 ここにいる。大丈夫、取り合えず今はね。カーディガンのように彼女を包めなくとも。何も聞けなくても。 少しして、彼女はそっと体を離して、そう?というように、首を傾けた。でも、今日は母親のようには見えなかった。 |
Special Thanks to hyoko&ひまわり&はる@ラバテレーズ
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