チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第2号



いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。
             −聖書−


目 次


ショートメッセージ

喜びの秘訣


小杉正雄

 心のうちに喜びがあれば、顔は自然とほほえんで笑顔になります。笑顔は人の心を和らがせ、安らかにさせます。私たちは、そんな笑顔をいつも持つことが出来ればと望んでいます。
 二十四年前の札幌オリンピックのフィギュアスケート銅メダリスト、ジャネット・リンさんが、長野オリンピックの親善大使として今年二月に来日されました。リンさんは演技中しりもちをついたときにほほえみを浮かべたことで知られています。
 リンさんはその笑顔で多くの人々を魅了し、「銀盤の妖精」「白い恋人」と呼ばれました。
 リンさんが語っています。
 「その時、私はほんの一瞬氷上で腰をつき、笑顔を浮かべました。面目を失って当然の場面で笑みを浮かべたことを不思議に思われる方が多くいらっしゃいますが、金メダルの望みがないとわかった前日の時点で、私の心の中には、勝ち負けを超越した目的が芽生えていたのです。スケートに対する愛と神への信仰を世界の人々に分かち合いたいという事でした。」
 リンさんの喜びの秘訣は、メダルではなく、神様からきているものでした。


長い間待ってくださった神様

富岡市在住・会社員

進学、就職、そして教会へ

 私は昭和二十五年六月三十日富岡市に生まれました。上毛かるた「日本で最初の富岡製糸」の近くでした。家は比較的貧しかったと思います。中学から高校へ進学するときに高崎工業高校へ進みたかったのですが、先生から色弱は高校へは入れないと言われたため、卒業後早く収入の得られる道をと考え、高崎の訓練所に進みました。
 昭和四十三年に地元富岡の医療機械製造の会社、日本光電に入社し、昭和四十六年に入社してきた小杉正雄さんと知り合いました。
 やがて、小杉さんがクリスチャンであることを知るようになりました。その後一緒に仕事をするようなセクションとなり、北高崎駅の近くに住んでいた小杉さんに連れられて初めて教会に行きました。教会で皆が兄弟、姉妹と呼び合っているのに新鮮な驚きを持った記憶があります。しかし、小杉さんがわざわざ一番前の席に座らせてくれたにもかかわらず、話が始まった途端眠り込んでしまい、最後まで寝ていたというお恥ずかしい次第でした。
 あれから二十年以上になりますが、教会にはかなりの回数出掛けていると思います。

突然の喘息発作

 信じるものがほしいという気持ちは昔からあったと思います。しかし、宗教に対する不信感のようなものがなかなか抜けなかったのも事実です。
 小杉さんと知り合い早くも二十五年になりますが、なかなか確信を得るに至らなかったのです。そんな中で、昨年の一月五日に喘息発作で入院しました。その後も会社を休みがちになり苦しい日々が続きました。しかし、そのおかげで改めて聖書を読む機会や信仰に関する本を読む時間もたくさん与えられました。

すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなた方を休ませてあげます。
                     マタイ七章七節

 このような聖句が今までより素直に受け入れられました。そうか信じればいいんだ、信じてすべて任せればいいのかという気持ちになり、主を信じ救われました。
 思えば、かつて内科系の病気にかかったことがなく、丈夫だけが取り柄のような自分が突然喘息になったのも、神様の計画の内にあったことだと思います。新約聖書「ルカの福音書」に出てくる「放蕩息子」や、「マタイの福音書」の「遅く来た労働者」のような自分を、長い間待ってくださった神様に感謝いたします。

「罪人を救うため」

 昨年六月よりバプテスマ(洗礼)準備の学びを始めましたが、九月頃より急に仕事が忙しくなりなかなか教会に行けなくなってしまいました。ところが、幸いなことに小島さんが磯部に越してこられ、週二回夜の時間に学びにいけるようになりました。
 不信仰な私ですが、神様は道を備えてくださいました。だいぶ前に小杉さんと一緒にベッコンさんに会ったとき、「人間はみな罪を持っています。分かりますか?」と質問をされました。正直に言ってその時はよく分かりませんでした。しかし、「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」(Tテモテ一章十五節)という言葉をそのまま受け入れられるようになり、罪人だから救って頂くのであって特に優れたところがあるから救って頂くのではないということが分かり、やっとベッコンさんの言葉を理解しました。救いの確信は感情や行いではないことを学びました。
 私は、イエス・キリストが私の罪のために十字架にかかって死なれ、三日目によみがえられたことを信じました。それは聖書に記されており、イエスを信じる者は、永遠の命を持つと書かれています。
 私はこの神の救いの約束を信じています。

まことに、まことに、あなた方に告げます。わたしの言葉を聞いてわたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
                    ヨハネ五章二四節

キリストに似せられて

 新しく生まれたキリスト者として、聖書を通して御言葉を学び先輩キリスト者より教えを受けて、キリストに似るようにと成長を求め成長し続ける者となり、主のみ声に聞き従う者として祈りつつ歩みたいと思います。
 この集会には、たくさんのすばらしい兄弟姉妹たちが集まっています。兄弟姉妹たちを見るにつけ、自分の自信がなくなってしまいます。しかし、特に優れたものがあるから救って頂くのではないことを知りましたので、自分に与えられた賜物は何かを考えつつ集会に加わって奉仕できるようにと思います。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。
              Tテサロニケ五章十六〜十八節

 この御言葉のように、神様の望まれるように生きたいと思います。


群馬キリストチャペルの生い立ち

 群馬キリストチャペルが群馬町に完成し、もうすぐ四年の歳月がたちます。この間大勢の方々のご厚意の中で過ごさせていただきました。
 一九九三年十月十一日の献堂式以来訪れてくださった多くの方々に対し、聖書や信仰によって変えられた人生のすばらしさを紹介してまいりました。九三年のクリスマスには、今仲幸雄バリトンコンサート、九四年には、呉恩郷ピアノリサイタル、柳瀬洋クラリネットコンサート、昨年は、本田路津子クリスマスコンサートを行い、集まった三百名を越える方々に、音楽と聖書のことばに耳を傾けるひとときを楽しんでいただきました。
 群馬キリストチャペルの生い立ちをたどると、アメリカ人宣教師ベッコン夫妻の働きに始まります。
 ベッコン夫妻は、一九四九年(昭和二四年)に来日し、一九五一年より高崎市下小鳥町に移り住みました。日本人を愛し、多くの犠牲を払いながらも聖書を教えてくださいました。教会建設の他にも、青少年のためのキャンプ場や書店の建設のためにも尽力されました。
 この夫妻の働きで高崎キリストチャペル(高崎市下小鳥町)が始められましたが、この教会から送り出されたのが群馬キリストチャペルです。高崎市双葉町で十五年間集いを持っていましたが会堂建設に伴い群馬町金古に移転することになり今日に至ります。