チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第4号



「イエスは答えて言われた。
『人はパンだけで生きるのではなく、
神の口から出る一つ一つのことばによる。』
と書いてある。」
           −聖書−

目 次


ショートメッセージ

人はパンだけで生きるのではなく


小杉正雄

 「人はパンだけで生きるのではなく」と言うと、「確かにそうです。ご飯もうどんも必要です。」と言う話がありました。もちろん冗談で、ここで言うパンは、ご飯もうどんも含んだ食物のことを言っています。
 日本は飽食の国となりましたが、歴史を振り返るならば、何回も飢饉におそわれたことがありました。その時は食物を得ることで、精一杯でした。また、パンがないことが全ての問題の原因だ、と考えることもありました。
 しかし、十分なパンを得ることができるようになった現在、問題なしとなったでしょうか。また、人はパンだけで満足するようになったでしょうか。
 「いや、そうではない」と言うことができます。「人はパンだけで生きるのではなく」ということが、ますます明らかになってきたのではないでしょうか。
聖書は体のためのパンだけではなく、心や魂の栄養となる食物が必要だと言っています。そして、この食物は「神のことば」だと言っています。
 この神のことばにより、人は支えられ、生かされ、豊かにされていきます。


神に守られ二十三年

高崎市在住・教員


 神様を信じ、教会に通いだしてから、もうすぐ二十三年の年月が流れることになります。詰め襟の学生服を着ていた高校生が、今は四児の父親となっているのです。この間いろいろなことがありましたが、神様は私の歩みを守り導いてくださいました。

聖書は真理

 高校生の頃の私は無神論的な考え方を持っていて、神や霊魂などを否定し、物質だけの存在を信じ、死後は無になるものと思っていました。そのため宗教は好きではありませんでしたが、聖書には興味がありました。それは聖書の中には高い道徳的な教えがあるように思ったからだと思います。
 高校三年の夏休みに一枚のビラがきっかけで、教会主催のキャンプに参加しました。ゲームや歌、ハイキング、聖書のお話などいろいろな活動を多くのクリスチャンの方々に親切にしていただきながら楽しく過ごしました。その中で今まで持っていた聖書に対する偏見もだんだん取り除かれ、自分自身をはじめ、世界の全てのものを創られた神がいるということを知りました。将来に希望を抱き、まっすぐ生きようとしていた十七歳の私にとって、聖書との出会いは大きいものでした。聖書はまさに人生を解き明かす真理そのものであり、人生とはどんなものでどのように生きるべきなのかを教えてくれるものでした。

 わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
                ヨハネ十四章六節

神様により頼みつつ

 大学に進学してからも続けて教会に通いました。クラブは聖書研究部に入り親しい友達と聖書の勉強をすることができました。時間が比較的自由になる学生時代にこのように過ごせたことは幸いなことでした。
 大学の勉強を終え、小学校に赴任しました。授業の準備で夜遅くまで学校に残って仕事をすることが多かったですが、教会には休まず通い、互いに聖書を学び祈り合い励まし合ってきました。
 その後中学校に転任しましたが、生徒指導で大変苦労をしました。それでも聖書の言葉に励まされ、日々の助けを祈りながら、神様の守りによりなんとか乗り切ることができました。
 この頃同じ教会に通っていた女性と交際していましたが、二十七歳の時に結婚をしました。教会の方々にお世話になり、聖書の信仰に基づいた結婚式を挙げることができました。

ニュージーランド留学

 一九九四年四月から、しばらくの期間仕事を休み、家族六人でニュージーランドに行き、聖書学校に留学することができました。ニュージーランドでの生活がどのようになるのかまったく分からないまま出発したのですが、神様の守りによっていろいろなことが備えられました。日本に宣教師として来られていたハービー夫妻のお世話で貸家を見つけ、自動車を買い、子供が通う小学校を探し、銀行口座を開き、買い物の場所や仕方を教えていただきました。

互いに愛し合い

 聖書学校ではいろいろな人種のクリスチャンが集まっていました。国籍は違っても同じ信仰を持つ仲間として聖書を土台とした交流を持ち、互いに助け合い愛し合うという幸いな経験をすることができました。ある朝、子供を小学校に送っていくため車を動かそうとしたらクラッチのワイアーが切れてしまい、困っていました。そのとき、聖書学校の皆さんが子供を学校まで送っていってくれたり、車の修理の手配もみんなやってくれたりして助けて下さいました。

神の備え

 主の山の上には備えがある。
     創世記二十二章十四節

 金銭面でも神様の備えと導きを経験しました。最初に借りた家は週一四〇ドルというニュージーランドではとても安い家賃でした。ここを出て、学校の寮が空くまでの約二週間は宣教師のためにある宿泊施設を安く借りられました。十二月と一月の夏休み二か月間は学校の宿泊施設にいたため週五十ドルの家賃でした。子供が通学した現地校は無料で一年間以上在学できました。聖書学校はニュージーランドの諸教会の献金で支えられているため、生活費は比較的一般の学校より安く食費宿泊費授業料込みで家族六人が暮らして週四百六十五ドルでした。また、滞在中に入院、手術を経験した家内の治療のため要した金額が約九五〇〇ドルでしたが、保険に入っていたためほとんど全額保険会社に払っていただきました。このように滞在費用をおさえることができたのは、休職していたため大変助けになりました。
 英語が良くできない私にとって聖書学校の勉強は大変厳しいものではありましたが、ニュージーランドのすばらしい大自然の中で暮らした一年四か月間は、家族ともども大変良い思い出となっています。

真実な方

 神様を信じてから今年の八月九日で二十三年になります。振り返って考えると、十七歳のとき信じた聖書は今でも人生の指針ですし、信じてきた神様は真実な方で私をここまで導いてくださったことが分かります。
 これからも聖書からいろいろなことを教えられ歩んでいく人生を最後まで送って行けたらと思っています。