チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第9号



「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、
そのうちの一匹をなくしたら、
その人は九十九匹を野原に残して、
いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。」
−聖書 ルカの福音書15章4節−

目 次


ショートメッセージ

迷える羊


小杉正雄

 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、一匹をなくしたら…」は「迷える羊」として有名な聖書のたとえ話です。
 イエス様は、この迷える一匹の羊を、人にたとえて話をされました。
 羊は弱く、方向音痴で、迷いやすい動物です。もし、迷ったままでいると命を失う危険がありました。さらに、羊は、自分で帰る道を見つけることが出来ません。
 羊を捜し、見つけてくれたのは羊飼いです。羊が迷ってしまった原因は、羊飼いから離れてしまった、というところにありました。
人もまた、弱く、迷いやすい者です。
 今の時代は、先が見えず、不安で「迷いの時代」ということが出来るのではないでしょうか。私たちもこのような中で、どのように生きていったらよいのか分からなくなります。
 イエス様は、羊と同じように、私たちも、道に迷ってしまったものだと言われました。
 人が迷ってしまった原因は、神から離れたことにあります。
 人は自分で神のもとに帰る力を持っていませんでした。そこで、神は一人の方をこの地上に送って下さいました。それが、今から二千年前に誕生されたイエス様です。
 イエス様は良き羊飼いといわれ、私たちを熱心に捜し、呼びかけてくださいました。
 私たちはこのイエス様とお会いしたとき、神のもとに帰ることが出来、迷いの生活から、神と共に生きるという、平安と確信を持った生活へと変えられていきます。


神様の下さるまるい笑顔

津川末子(前橋市在住・主婦)


 昭和29年10月、津川に嫁ぎ、はや44年になります。が、なかなかお互いを認め合う事ができず、何度争い合ったことか分かりません。何とか持ちこたえることができたのも、主人と家族の思いやりがあったからだと思います。
本当に、長い道のりでした。

 出会いー主人と

 学生の頃、私は通訳になりたいという希望を持っていました。英語の塾に通い、そこで出会ったのが主人です。17の頃かと思います。その後私は外語大普通科の通信教育にパスし、英文タイピストを経て、さらに東京へと向かうのですが、主人とは文通で交際を続けました。

 出会いー賛美歌

 向学心に燃えて上京してきた私は、細川ホテルで電話交換手をしたり、IBMのキーパンチオペレータをつとめたりしていましたが、英語塾時代からの友人の紹介で、池袋のある家庭でメイドとして働くことになりました。清子さんというその友人はルーテル派の教会の女性宣教師の家にメイドとして働いていました。私が紹介された家庭も宣教師の家で、日曜日には連れられて私も教会に足を運びました。二人の男の子がいて、賑やかで温かい家でした。よく歌を歌っていましたが、特に印象深いのが「進め主イエスの」という賛美歌です。

 すすめ 主イエスの
兵士らよ
 見よ 十字架は
 まえにゆく
 てきに むかいて
すすみいる
 主にしたがいて
 いざすすまん
   (聖歌300番)


 出会いー清子さん

 清子さん自身も心からイエス様を愛する熱心なクリスチャンでした。彼女は後に助産婦の資格を取り、さらに神戸の神学校に学んで生涯をブラジルでの医療活動と伝道活動に捧げるべく海を渡っていきました。彼女の私に与えた影響も計り知れないものがありますが、これも後に娘を通してもたらされる救いのための備えであったかと神様に感謝しております。

 洗礼を受ける

 前橋に戻り、私は主人と結婚し、二人の娘を授かりました。今では二人とも良き伴侶に恵まれほっとしております。
 主人は飾らぬ謙遜な人柄ですが、それでも互いに人間、自我がぶつかり合う時もありました。そのような日常の中で、同居している長女の馨の姿には、心惹かれるものがありました。馨は、心から信頼できる人と巡り会い、4人の子どもにも恵まれ、笑顔で毎日を一生懸命生きていたのです。そして、それがイエスキリストを信じる信仰からくる力だと感じたとき、私も最後までそのように主人とやっていけたらいいなと思い、神様を信じバプテスマ(洗礼)を受けさせていただきました。

 一歩一歩祈りつつ

 今は良いことでも悪いことでも、マスメディアを通して世界中の出来事が一瞬にして分かってしまう世の中です。しかもその情報のほとんどが「人」の体験や経験によるもので、そういった「世の中」というものを約70年も慕ってきた私は、なかなか神様のおっしゃる通りには出来ぬまま、バプテスマを受けてはや半年が過ぎてしまいました。
 聖書のみことば一つ一つが心に響いてまいります。人は、神様に喜ばれる歩みをして初めて、この世に生まれてきた意味を持つのではないでしょうか。
 学ぶことばかりで、実行していくことの困難さも覚えますが、つまずきつまずきつつも神様がよい方向に導いて下さっているように思います。

御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。
 (ガラテヤ5章22、23節)

私の大好きな御言葉です。
 考えてみれば、長女の馨がクリスチャンの中野さんと巡り会い、私共の家に来たのは、きっと神様が私たちに救いの御手を差し延べて下さったのかもしれません。
 一歩一歩まるい笑顔に近づくことが出来るよう努力し祈っていきたいと思います。