チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第13号



イエス・キリストは
   きのうもきょうも、
    いつまでも同じです。
     −ヘブル13章8節−

目 次


ショートメッセージ

21世紀が近づきました


小杉正雄

 遠いことと思っていた二十一世紀も、もう間近に迫ってきました。
インターネットや携帯電話の爆発的な普及、人の遺伝子情報の解読、クローン技術の開発、ロボット犬の登場等、変化は驚くほどのスピードで進んでいます。昔の五年が、今の一年に匹敵するといわれています。
しかし、このような中で、凶悪な犯罪はますます増加しており、特に若者による犯罪は、ゲームでもしているかのように、残虐化しています。
 二十一世紀はどのような時代になるのでしょうか。
 分かることは、非常に便利な時代になるということです。
 しかし、技術の発達は両刃の剣であり、急激な変化は、人に疲れを覚えさせ、特に、生命科学の発達は悪に用いられたならば、人類に致命傷を与えることとなります。
 明らかなことは、人は独りで生きていくことはできず、愛が必要ということです。さらにはっきり言えることは、人生の土台を得、真の平安、喜びを得るために、神様が必要ということです。
 時代が新しくなっても変わらない神様を求め、信じられますように心からお祈りいたします。



神様の一方的な恵みを受けて

 井本公子(藤岡市在住・主婦)


 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。  
使徒の働き   17章26.27節

特別な地

 私は安中市に生まれ育ちました。安中は明治の初期に、新島襄(にいじま じょう)や柏木義円(かしわぎ ぎえん)、海老名弾正(えびな だんじょう)らにより宣教が行われ、多くの人がイエス・キリストを救い主として信じました。第一回帝国議会に、その地方から選ばれた議員の三分の二がクリスチャンである程でした。教会堂も安中教会を中心にあちこちに建てられました。今でも白い十字架のお墓ですとか、聖書から名前を取った商店などキリスト教の影響を伺わせるものが多く見られます。

宣教師ステッカーさん

 私の住んでいた村にもその当時建てられた教会堂が古いながらも残っていました。しかし、そのころには会堂としての役割は失われ、そろばん塾として使われていました。ところが、ドイツ人宣教師ステッカーさんご夫妻がこの場所を伝道活動のために用いたことにより、会堂は長い眠りから目覚め、再び本来の機能を果たすようになりました。
 ステッカーさんは、中野谷、西横野、後閑、坂本といった地区で、家庭集会を持ったり、子どものための教会学校を行ったりして、イエス様の福音を伝えました。余談ですが、これらの地区にはすべて、かつて聖書を伝える会堂があったそうです。おそらく当時のクリスチャンの人々は、その地域のため、地域の方々が救われるようにと祈りを捧げていたことでしょう。戦後来日したステッカーさん夫妻にはあずかり知らぬことでしたが、夫妻が伝道の拠点とした地が、それらとぴったり重なっていたのは興味深い事実です。神様のみまえに捧げられた祈りが、神様の前では古びることなく、時代を経て聞き届けられたのだと思います。

聖書にふれる

 私自身は、小学校四年生で教会学校に導かれ、初めて聖書にふれることとなりました。クリスマス会やバイブルキャンプが楽しかったことを覚えています。小学校卒業とともに教会学校には行かなくなり、神様のことは私の中から忘れ去られていきました。でも神様は私を忘れてはおられませんでした。高二の夏、友達が校門でバイブルキャンプの案内をもらい、私に一緒に行こうと誘ってくれました。私は小学生の時に行った軽井沢キャンプのことを懐かしく思い出し、行くことにしました。

真実の話

 そこでの話は今でも覚えていますが、人はなぜ生まれ、何のために生き、死んだらどうなるかということでした。また、その話し手の方の柔和な顔にびっくりしたのを覚えています。私はそれまで、仏様にお茶をあげたり、拝んだりして来ましたが、習慣としてであり、特別に深く考えたことはありませんでした。親からは、人に後ろ指を指されないように生活するよう言われ、伝統や家柄、人の目、人の評価を大事にするような中で育ってきました。
 しかし、私を造られた方がおられ、私はこの方の前に生きる目的があり、神様に愛されているのだということ、神様は生きておられるということを聞き、この話は真実だなと思いました。そして、イエス様を信じますと祈りました。理屈っぽい私が、なぜ信じられたのか今でも不思議ですが、素直な気持ちになれたのです。
 小四の時に蒔かれた種は、高二になってやっと芽が出ました。その後私は、松井田キリスト集会に導かれ、高三の春、雨上がりの碓氷川でバプテスマを受けました。ちょうど雲間から日が射し込み、それがイエス様のバプテスマの情景を連想させ、印象深く心に残りました。

備えられた助け

 自分の今までの人生を振り返るとき、自分で何もしないのに神様の一方的な恵みを受けてきたなとつくづく思います。就職試験の時もクリスチャンだと履歴書に書きましたが、面接官の中に若い頃教会に通っていた方がおられ、好意的に質問してくださり受かりました。また就職してみて分かったのですが、その銀行には大橋町キリスト集会の姉妹がおられ、さらに銀行の前にはクリスチャン夫婦の家庭があり、いろいろな面で支え助けていただきました。神様は私の弱さをよくご存じであられ、備えていてくださったのです。

結婚、それから

 その後主人との結婚に導かれ、二人の子どもが与えられました。二人とも流産早産の心配がありましたが、憐れみにより、無事出産することができ感謝でした。子どもたちも守りのうちに大学生高校生となり、信仰を持ち、集会に集っていて感謝です。私が生きてきたこの時代、めまぐるしく社会が変化し、価値観もどんどん変わってきました。しかし神様のみ言葉は、変わることなく私を支え、導いてきてくださいました。

 主は遠くから、私に現われた。
 「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた」
 
エレミヤ書 31章3節

胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。
イザヤ書46章3.4節

神様の今までのそしてこれからの真実に心から感謝し、神様のみそば近くに歩んでいきたいと願っております。