チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第18号



神は言われます。
 「わたしは、恵みの時にあなたに答え、
救いの日にあなたを助けた。」
確かに、今は恵みの時、
今は救いの日です。
     −Uコリント6章2節−

目 次


ショートメッセージ

レーナ・マリアコンサート


小杉正雄

 昨年十月二十二日にレーナ・マリアコンサートイン群馬二〇〇一が行われました。
 当日会場の群馬音楽センターは、約二千人の入場者が来られ、立ち見の人が出るほどでした。
 レーナさんは清らかな歌声で知られるスウェーデンのゴスペルシンガーです。生まれつき両腕がなく、左脚も右脚の半分しかないというハンディを負っていますが、それを感じさせないほど明るく前向きに生きています。
 レーナさんが、賛美を始めると、感動が会場全体を包みました。レーナさんが体全体で表現する歌声は力強く、喜び、希望、愛に満ちていました。
 ハンディをハンディと感じさせないレーナさんの生き方は、聞く人に、生きる力、喜びを与えました。
 力の源はどこにあるのでしょうか。
 レーナさん自身が語っています。
「神様が愛してくださったからわたしはこんなに輝いてこられた。そんな神様をたたえる歌をたくさんの人々に聴いてほしい」 「私が生きるのに必要な力や喜びは、すべて神様が与えてくださることが分かったので、私は『乏しいことはない』のです。良い人生だと思っています」
      

生きておられる神

 中野 覚(群馬キリストチャペル伝道者-前橋市在住-)


●バプテスマ

 大学三年の昭和五三年三月五日、私はバプテスマ(洗礼)を受けました。言わば、公に自分の生涯をキリストにまかせる「信仰のスタートライン」に立ったのです。思い返してみると、このバプテスマは、古い人生の「葬式」であり、キリストにあって生きる「誕生日」のような日でした。柔らかな春の日差しを受けながら、多くの兄弟姉妹の温かい笑顔に囲まれて、ヨチヨチ歩きのクリスチャンが誕生しました。

●大学卒業、そして就職

 大学卒業後、生まれ故郷の北海道に帰るか、それとも群馬に残るのか、私には大きな課題でした。
 「群れの全体に気を配りなさい」という聖書の言葉をもって、群馬に残る決心をしました。自分の人生を、聖書の言葉に「愚直なまでに」重ね合わせて決断したのです。ところが、ところが、その後が大変でした。群馬県教員採用試験に失敗したのです。経済の勉強を中心にしていたことを割り引いても、現実は厳しいものでした。前進しようとする私の前に大きな壁が立ちはだかりました。
  「なぜ、神様?どうして?」
と、心のなかにつぶやきが湧きあがりそうになります。今ふり返ってみると、頭でっかちな私の信仰を鍛え上げるために、神様が「失敗」というレッスンを与えてくださったのだと理解することができます。神ご自身が、
「私は生きていて、あなたを見捨てないよ」
と、示されたように思います。
 卒業がせまる大学四年の一二月。校舎内に掲示されていた懸賞論文募集に何気なく応募し、はからずも最高賞の内閣総理大臣賞をいただきました。生まれて初めてスーツを購入して、東京丸の内での授賞式に臨みました。入選者の顔ぶれを見ると、東京大学や早稲田大学といった有名大学の学生達ばかりでした。実はこの受賞は、その後の就職活動にも大いに役立ちました。
 卒業式の直前になって、あれよあれよという間に教師としての道が開かれていきました。道の無いところに、道を備えられる神。神というお方は、本当に生きており、素晴らしいお方だと実感しました。

●力強い聖書の言葉

 ある小学校に勤務していた時のことです。子ども達が楽しみにしている春の遠足を、「かぜ」で欠席した男の子がいました。後日、お母さんが学校に来られ、職員室に入ろうとするところで、
「先生。実は、家の子は白血病なんです」
と、わっと泣き出したのです。事情をうかがうと、余命六か月とのこと。すぐに総合病院へ入院となりました。何度もこの子を見舞ううちに、
「先生。ぼく、死ぬんでしょ」
と、彼が言います。私には、返す言葉もありません。やがて、薬の副作用から脱毛が始まり、わんぱくな顔立ちが急に大人びたように感じられました。ふっくらとした顔。透き通るような白い肌に、死を予感させる黒っぽい斑点が出始めました。私は、自分の言葉に力がなくても、聖書には大きな力があり、この子を勇気づけることができると確信し、つぎの聖書の言葉を伝えました。

 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。  
ヨシュア記一章九節

 病院でのことです。点滴の注射針が、血管になかなか入りません。若手の看護婦さんからベテランの看護婦さんへと次々に交代て針を刺しますが、うまくいきません。血管が細くなってしまっていたのでしょう。しまいには、女医さんが来られ、ようやくうまくいったのですが、その間この男の子は、窓を見つめながら口のなかで「むにゃむにゃ」言っていたというのです。ひと段落ついてからお母さんが、
「何をむにゃむにゃ言っていたの」
と聞いたところ、
「僕が、『痛い』と言えば、きっと看護婦さんやお母さんがつらいだろうから、中野先生から聞いた聖書の言葉、『わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ』を繰り返し言っていたんだよ」
と、言うのです。聖書の言葉には、力があると教えられた一こまでした。
 多くの人々の愛の眼差しに見守られ、ついに彼が地上の生涯から天の御国へと旅立って行く日がきました。あまりにも穏やかな笑顔に、出棺の際にご両親の口からこぼれた言葉は、
「先生。この子は本当に『天国』へ行ったのですね」
だったのです。
「その通りですとも。そうでなければ、こんな笑顔は、とてもできるものではありません」
と、私は答えました。確かに、苦しい闘病生活を乗り越えて、天国で安らぐ笑顔です。
「こんなに罪深く、つまらない自分が語ったとしても、力強い聖書の言葉が、この子を天国へと導くのか」
この事実を目の当たりにして、私は聖書を語ることの重要な意味を学んだのです。

●志(こころざし)

 実のところ、私には小さな夢がありました。伝道者、宣教師といった神様のために働くフルタイムの働き人になる夢です。しかし、私の目の前に現れる伝道者の方たちは、あまりにも大きく、素晴らしい信仰の持ち主ばかりで、「自分には、到底無理だ」との思いが強まるばかりでした。「聖書の言葉が(言い換えれば、神ご自身が)天国への扉を開いた」というこの貴重な経験を通しても、まだまだ自分の力に頼り、神ご自身に自らを委ねきることができない私が、そこにはあったのです。
 小中学校や、教育委員会に勤務しながら二二年の月日が過ぎました。私は、これまでの自分のクリスチャン生活を顧みました。曲がり角には、必ず神様が、聖書の言葉やクリスチャンの先輩たちからのアドバイスを通して、私を導いてきてくださいました。私は、大学卒業後の進路を神様に求めた時に、聖書の言葉に従順に従ったと同じ方法で、

 だれを遣わそう。    イザヤ六章八節

 わたしは、あなたの名をよんだ。あなたは、わたしのもの。 イザヤ四三章一節

 わたしについてきなさい。  ルカ九章六〇節

等の聖書の言葉に導かれつつ、伝道者への道を真剣に祈り求めました。そして、このような小さな者であったとしても、「主がお入り用なのです」とのお声があるならば、喜んでお従いしたいと心から思いました。次々と与えられる聖書の言葉に支えられ、また、手ごたえを感じて伝道者への道を前進しました。群馬町キリスト集会の多くの兄弟姉妹の深い祈りのなかで、志(こころざし)が現実のものとなっていきました。

●一人ひとりを

 神様は、私たち一人ひとりを導いて下さるお方です。神様の静かなお声が聞こえてくるようです。

 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。         
イザヤ四三章四節


 わたしそのものに価値があり、わたしの人生を最大限豊かなものにしたいと望んでくださる方。この方こそ、神なのです。そのために、イエス・キリストは、十字架のうえで私の罪の身代わりに死んで下さったのです。この方が、私とともに歩み、私をここまで導いてきてくださったと確信しています。