チャペル通信
CHAPEL NEWSLETTER

群馬キリストチャペル発行 第26号



  

目 次


ショートメッセージ

すべてのことについて感謝しなさい。


小杉正雄

 人は生きているときに、思いがけない出来事に会うことがあります。それが、大きな苦難、悲しみ、病だったらどのように思うでしょうか。
 「どうして自分だけが」と思います。
 さらに、「生きていてもしょうがない、生きる価値や意味がない」と思います。
 そして、結果として、不平、不満、グチの虜(とりこ)になっていきます。
 このようになると、本人も苦しいですし、苦しみは周りの人にも広がります。
 聖書はこのような状況の人に対して、慰めてくださる神様がいらっしゃると紹介してくださっています。
 大きな苦しみの中、人間にできることには限界があります。しかし、聖書は神様には力があって、人を支えることができるといっています。
 さらに、聖書は私たちの心を回復させるために、「すべてのことについて感謝しなさい。」と勧めています。これは、心を感謝の方に傾けなさいという意味であり、見つけようとするならば、感謝を見つけだすことができます、という意味であることが分かります。
 聖書を通して、神様を発見することができ、そして、「すべてのことについて感謝しなさい。」とのことばのように生きることができるとしたら、問題の渦中では考えることができなかった、平安、喜び、希望を自分のものとすることができるようになります

「神のなさる事は、すべて時にかなって美しい」

 佐藤 孝幸

 (高崎市在住 会社員)



皆さんは星空を望遠鏡で眺めたことがありますか?
無限に広がる宇宙、そこには肉眼では見ることの出来ない壮大な美の世界が広がっています。また、帰還した宇宙飛行士は、口をそろえ「地球は美しい」と言います。
これらは全て神(創造主)のデザインによるもので、神の栄光を表しているのです。そして私たち一人一人も神の作品であり、神から愛されているのです。

● 素朴な疑問
 小学5年の夏、私は学校の図書室で、ある本を見つけました。それは「星の一生」という児童向け天文書で、大口径望遠鏡が捉えた惑星、星雲、星団の美しいカラー写真集でした。
 月や星座など目に見える宇宙しか知らなかった私にとってその感動は一言では言えません。土星、木星、アンドロメダ大星雲、バラ星雲、オリオン座のガス星雲・・・
目に見えない宇宙の彼方になぜこんな美しいものがあるんだろう。その壮大さと神秘さはどうやって出来たのだろう。いつからあるんだろう。感動と共に素朴な疑問が少年だった私の心に残りました。
 天は神の栄光を語り告げ、大空はみ手のわざを告げ知らせる 詩篇19編1節

● 出会い
 中学を卒業し、私は群馬高専に入学しました。その秋、私の人生を変える一冊の本に出合いました。
群馬高専には3年に1度「工華祭」という学園祭があるのですが、私が入学した年が第5回「工華祭」の年でした。友人2人と各部活や同好会の展示を見ていくうちに興味を引くコーナーを見つけました。それは「われらのご先祖?」と題し、人間はサルから進化したとする進化論の間違いを漫画で分かりやすく紹介したポスター展示で、私達が当たり前のように信じている「ダーウインの進化論」は科学的に証明されていない仮説であり矛盾が多いというものでした。
進化論が間違っている?驚きつつ読み終えて気付けばそこは聖書研究会の部屋でした。聖書を手にした先輩数人から、進化論の間違いとともに「天地万物は神によって創られた」と説明を受けました。彼らはクリスチャンでした。
その時は「科学の時代に神を信じる人がいるなんて・・・」と思いましたが、この宇宙や人間が偶然出来たとする進化論も確かに非現実的なので創造論も無視出来ないとも思いました。そして聖書に関心をもつようになったのです。
初めに神が天と地を創造した 創世記1章1節

● 真理
私は聖書研究会に集うようになり、聖書はただの本ではないと知りました。
・聖書は3千年前に書かれた世界最古の書物でありながら現在でも世界中で読まれている。
・聖書は千五百年間にわたり多くの著者が異なる時代や地域で書いているにもかかわらず内容が一貫していて矛盾がない。
聖書にはイスラエルや救い主に関する数多くの預言が含まれているが、ことごとく成就している。など・・・
これらの事実は「聖書は非科学的な単なるキリスト教の経典だろう」と思っていた私の先入観を一転させました。「聖書は神が人類に賜った真理の書かもしれない」と。
 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。イザヤ40章8節

● 決心
さらに聖書に興味をもった私は、先輩の誘いもあり倉賀野キリスト集会の福音集会に行くことにしました。そこには互いに兄弟姉妹と呼び合う若いクリスチャンがたくさんおり、とても明るく楽しそうで「この人達には私には無い何かがある」と感じたのを憶えています。
私はこの集会で、次第に聖書の主題がわかってきました。
・天地万物を創られた神がおられること。
・私たち人間は全て神に背いた罪人であり、死後に裁きがあること。
・神は私たちを救う為にご自分の御子を救い主(キリスト)として世に遣わされたこと。
・キリストは私たちを救う為、身代わりとして十字架について下さったこと。
・キリストは一度死に、墓に葬られたが、3日めによみがえられたこと。
・誰でも罪を悔い改め、イエスを主と信じるものは救われて永遠の命を持つこと。
私は、自分が罪人であることが良くわかりました。そして、聖書が神の言葉であればその中の全てを信じようと決心し、翌年2月12日、罪を悔い改めイエスキリストを救い主として信じ、クリスチャンになりました。
 神は実にそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じるものがひとりとして滅びることなく永遠の命を持つためである。 ヨハネ3章16節

● 恵み
 クリスチャンになってからは、見るもの全てが新鮮に見えました。赤城・榛名の山々、道端の草花・・・。遠い宇宙に目を向けなくても、身近な自然の中に神の創造のすばらしさが満ちていると気付きました。この世界は神の恵みに満ちていると感じたのです。
そして、心の中に平安と喜びがありました。
私は若い時に主イエスキリストを信じることが出来、本当に幸いでした。就職・結婚・転勤・・・これら人生の節目ひとつひとつに神の明らかな導きと恵みを経験しました。全ては偶然ではなく、全知全能なる神が私だけのドラマのシナリオを用意されていたのです。実に感動的で絶妙なるタイミング、そしてスリルがあってエキサイティングです。
今までに逆境も数回ありましたが、そんな時にも神は私を見捨てませんでした。
ある時、上司から「佐藤君は何か大きな力で守られている」と言われた事があります。仕事上、窮地に立たされピンチの時、誰もがもうダメだろうと思っていた時に奇跡的な方法で救われたからです。また、同僚から「佐藤さんは運がいい」と言われた事もあります。私を守る大きな力とは全知全能の神の力、運がいいのではなく神の恵みです。
 確かに今は恵みにの時、救いの日です。 Uコリント6章2節

● 感謝
神様はこれからも私の為に素晴らしい体験をたくさん用意されています。その中には耐えられないような辛い体験もきっとあります。しかしそれら全ては神様が私の為に特別に用意されたもので、無意味なものなどありません。神様は試練とともに救いの道を用意されています。神のなさる事はすべて時にかなって美しい。これは事実です。
私はこれからも、神様が私の為に用意して下さったシナリオのひとつひとつに感動しながら、感謝して歩んで生きたいと願っています。
神のなさる事は、すべて時にかなって美しい  伝道者の書3章11節

神は全ての人が救われることを望んでおられます。神は信じる者を決して見捨てることはありません。神とともに歩む人生こそ喜びに満ちた人間本来の歩みです。
どうぞあなたも心を開き、罪を悔い改めイエスキリストを救い主として信じ、神の救いを受けられますよう心からお勧めいたします。
神はすべての人が救われて真理を知るようになる事を望んでおられます。 Tテモテ2章4説



聖書講演会

毎週日曜日、午後二時から行われています。
 学生の方から社会人、主婦、年輩の方まで、どなたにも分かりやすく聖書の話がされます。
 ご家族でいらっしゃる場合、同時並行で子供のための日曜学校が開かれていますので、安心してお話を聞くことができます。
 また、個人的に、聖書についてのご質問や、人生の悩みごとなどのご相談もお受けすることが出来ます。
 どなたでも、お気軽にぜひお越し下さい。お待ちしております。