琴橋の椀貸し
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引用本挿絵 |
長野原駅を少し西にいったところを左に下っていくと、琴橋がある。
その下の流れは吾妻川である。琴橋の上から下をながめると、西の
岸はやや川幅が広くなって、平らな岩があるあたりは水の色も青黒く、 底知れぬ深みが感じられるところがある。そこを昔から村人は竜宮の 入り口と、信じてきた。
はるか昔のこと、村人の一人が、自分のうちの祝儀が近づくにつれて、お客をもてなす 膳と椀がなくて困っていた。そこで村人は思いついた。 「そうだ、竜宮へ手紙を書こう。」 さっそく、白い紙に、 「息子の祝儀があります。膳と椀でお客をもてなしたいのです。」と、書いて 琴橋の上から川に流した。
あくる日、再び、村人は琴橋の上に行った。そして、下の流れを見たらなんと不思議。平らな岩の上にお願いしておいた膳と椀がきちんとそろっているではないか。村人は大喜びで家に持ち帰り、おかげで立派な祝儀をすることができた。この話は、またたく間に村中に広がり、村で人寄せがあるたびに、必要な道具と数を紙に書いて流すと、翌日には例の平らな岩の上にそろえてあったという。そして、用の済んだ膳と椀はきれいに洗って、 「ありがとうございました。」と書いた紙をあげて岩の上にそろえておくと、いつの間にかなくなっていた。こうしたことが長い間続いてきた。
ところが、あるとき、欲の深い村人が一人いて、 「椀の一つぐらい返さなくてもわかるまい。」と、失敬して自分の家にしまっておいたのだ。そうしらどうだ。その家から火が出て、たちまち焼けてしまった。
それからというもの、村人がいくら頼んでみても、竜宮からは何の音さたもなくなってしまったという。
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