平成10年度日本産業動物獣医学会年次大会(札幌)

1.はじめに

 エンドファイトは植物体内で共生的に生活している真菌や細菌のことであり、エンドファイトが感染した植物による家畜の中毒については古くから知られていたが、近年ペレニアルライグラスやトールフェスクによる中毒の原因が、これらに感染したエンドファイトであることが明らかとなった。

 エンドファイト中毒の臨床症状としては体重の減少、食欲不振、ひづめの壊死、腹腔脂肪の壊死、体温・呼吸数の上昇、および受胎成績の悪化等であり、エンドファイトが産生するエルゴバリン等の毒素によりプロラクチン分泌が抑制されるため泌乳量減少もみられている。

 今回、1酪農家において発生したトールフェスクによるエンドファイト中毒が疑われる事例について検討するとともに、各酪農家におけるトールフェスク給与の実態調査とこれらからのエンドファイト検出を試みた。

2.材料および方法

(1)エンドファイト中毒発症牛群における血清生化学的検査

対象牛はエンドファイト感染トールフェスクを給与していた酪農家1戸で飼養されていた搾乳牛16頭(発症牛群)を用いた。対照牛としては発症牛群とほぼ同様な泌乳能力をもつ牛群でエンドファイト感染のないトールフェスクを給与している酪農家1戸に飼養されている搾乳牛15頭(対照牛群)とした。また、供試牛は全頭分娩後8〜12週の泌乳中期における牛を選定し、血清生化学検査は血清脂質、酵素活性等12項目について実施した。

(2)酪農家における給与粗飼料の実態調査

 無作為に抽出した酪農家54戸についてトールフェスク給与に関する聞き取り調査を行うとともに、これらからのエンドファイト検出を試みた。

(3)トールフェスクからのエンドファイト検出

 エンドファイト菌糸の検索としてはトールフェスクの種子、分けつ部を検体とした。染色液はアルカリ性染色液(0.5% ローズベンガルの5%エタノール、2.5%水酸化ナトリウム溶液)と水性染色液(0.25% ローズベンガル水溶液)を用いた。 染色方法はSahaらの方法によった。つまり、検体をアルカリ性染色液に約16時間つけ,膨潤させる。水洗後,水性染色液で3〜6時間染色した。その後、検体をスライドグラス上におき、カバーグラスをかけて押しつぶして100〜400倍で鏡検した。

 エンドファイトの毒素成分であるエルゴバリンの検出は、ストロー部分を含むトールフェスク全体を1mm以下に粉砕し、Hillらの方法により前処理後、高速液体クロマト法により実施した。

3.成  績

発症農家は搾乳牛40頭を飼養する1酪農家であり、粗飼料としてはエンドファイト感染トールフェスク単味を給与(1頭あたり8〜10Kg/日)していた。

 当該トールフェスク給与約1ヵ月後、外傷、腫脹等の臨床的な異常はともなわずに起立困難、蹄の疼痛を呈する牛が散見され、牛群としては泌乳量減少、受胎成績の悪化が顕著に認められた。これらの臨床症状はトールフェスクのロットを変更後、すみやかに回復傾向にむかった。

(1)エンドファイト中毒発症牛群の血清生化学検査成績

 発症牛群は対照牛群に比較して血清AST、CK活性の著しい高値が認められたが、その他の生化学所見については両群の間に大きな差や異常はみられなかった。

(2)各酪農家におけるトールフェスク給与の実態調査成績

調査農家において給与されていた粗飼料は13種類であり、イタリアン系飼料、ルーサン、トールフェスク、およびイナワラがその主体であった。トールフェスクは調査農家のうち約26%が給与していたが、粗飼料としてトールフェスク単味を給与していたのは発症のあった1戸を含む2農家であった。また、トールフェスクの輸入元はすべてアメリカであった。

(3)給与トールフェスクにおけるエンドファイト感染率

 採材したトールフェスクから種子、あるいはその分けつ部を採取してエンドファイト様菌糸の検出を試みた。その結果、トールフェスクの分けつ部からはエンドファイト様菌糸検出は困難であった。しかし、種子からは赤色で丸い殿粉層細胞の間にエンドファイト様菌糸が明瞭に検出され、その検出率は41%であった。このエンドファイト様菌糸はほとんどが分枝せず、宿主細胞である澱粉細胞内にも侵入していなかった。

また、エルゴバリンは検査したすべての検体から検出され、特に発症農家で給与されていたトールフェスクからは高濃度のエルゴバリンが検出された。

4.考  察

古賀らは1990年に全国22県から収集された市販のトールフェスク7品種について種子内のエンドファイトの有無を光学顕微鏡で調べた結果、1品種にエンドファイトが検出されたことを報告した。

今回、トールフェスクの品種については検討しなかったものの、実際に給与されていたトールフェスクの41%からエンドファイト様菌糸が検出された。また、菌糸の検出だけではエンドファイトと断定できないため、その毒素であるエルゴバリンの分析を実施した結果、検査検体すべてからエルゴバリンが検出された。これらのことから、流通トールフェスクにおけるエンドファイト感染は極めて高率であることが窺われた。

 しかし、トールフェスクを栽培する農家側からすると、いったんエンドファイトに感染した採草地をエンドファイトに感染していないもの(エンドファイトフリー)にするのには大変な労力がかかり、しかもエンドファイトフリーの牧草は虫害、種々の病害、および環境ストレスを受けやすくなる。そのため、牧草にエンドファイトを積極的に活用しようとする研究も行われ、アメリカではエンドファイトフリー牧草の栽培に積極的でない農家も散見されている。

これらのことから、輸入粗飼料におけるエンドファイト感染には今後とも一層の注意が必要と考えられる。

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