◆掌編小説◆


   春の彼岸


 春の彼岸は、いくらか暖かくなってきたとはいえ、まだまだ春といって気を許すことはできない肌寒さだった。圭一は真冬と同じ厚いコートを着て車から出た。空っ風が多少おさまってきたのがせめてもの救いだった。
 寺の門の両脇に仁王様が怖い形相をして昔から立っていた。丹塗りの色が変色してところどころわずかに残った木肌に深いヒビが入っている。この像は、圭一が寺に隣接する保育園に通っている時、怖くて正視することができず目をつぶって走り過ぎたものだと、かつて母に口癖のようにからかわれたが、圭一はそのときのことをよくは覚えていなかった。
 去年、それまで長く父一人の名前だけだった墓碑銘に母の名前が加わった。享年五十五歳と八十二歳。
 三十年前、本人にとっても家族にとっても突然訪れた働き盛りの父の死は、誰にとっても容易に受け入れられるものではなかった。自分が父の死期を早めたのではないかと圭一の罪責の念はいつまでも消えなかった。口数が少なく働きづめでつましい暮らしをしながら、若い頃は自分の親兄弟や後には子供達にも仕送りを欠かさず、圭一を東京の私学にも出してくれた。いくばくかその父の恩に報いる機会は永久に失われた。
 そして、脳溢血の後遺症で長らく不如意の生活が続き、早くお父さんのところに行きたいという母の繰り言に、圭一は慰めの言葉ひとつ持ち合わせず、ただベッドの脇に立ち尽くしているしかなかった。
 圭一はただ申し訳ない気持ちで、二人が眠る墓の前にたたずんだ。線香を手向け手を合わせて暝目した後、立ち上がって墓石の先に目をやった。田畑の広がった向こうに新幹線のコンクリートの高架橋が長く続いている。その高架橋の上を今しも白い列車が滑るように走り過ぎて行った。
 たまに圭一が新幹線で東京に出張する際、運良く左側の窓際の席に座れた時は、今見ている景色をちょうど反対から見ることになった。列車が駅をゆっくり離れ、緩いカーブを車体を傾斜させながら曲がり終わると、徐々にスピードを上げていく。近くの席の乗客や車内に時々気を配りながら、車窓の向こうを過ぎて行く景色に圭一は眼を凝らした。
 烏川と鏑川を渡り、左手に赤城山の裾野が大きく広がって見える頃、小さなこんもりした林の木立ちと豆粒のような墓石群が近づいてくる。一瞬で過ぎ去るその墓石群に向かって心の中でそっと手を合わせると、上京する圭一をしずかに見送ってくれるような気がするのだった・・あの日と同じように。そうこうする間もなく、新幹線のスピードは最高速度に達して東に向かってひた走りに走った・・・。
 圭一が寺を訪れるたび古い大木が切られ、真新しい木株の色と新しい墓石が目立った。
 北に赤城の長い裾野が張り出し、西に榛名の峰がやわらかな曲線を描いて、浅間、妙義、荒船、御荷鉾といった特徴ある山々の稜線が田畑や家々を囲うように続いていた。稲を刈った後植えられた麦の丈はまだ短く土の色が目立った。伸びるのはこれから陽射しがもっと強くなってからだ。五月の風が吹く頃にはぐんぐん伸びて、若々しい緑の色で畑一面埋め尽くされるだろう。故郷の変わらぬ風景を二人また一緒になって墓の中から見ているのだろうか。
 この寺の近くの田んぼに母と圭一が芹摘みに来たのはもう五十年も前のことになる。保育園からの帰り道だったのか、それとも別の日に摘みに来たのか。母は田んぼの畦に生えた芹をしゃがんで摘んだ。名も知らない他の草と選り分け包丁で切っては普段持ち歩いていた籐の買い物籠の中に入れていった。籠はすぐに一杯になった。
 春の空からせわしなく雲雀の声が降ってきた。道端にレンゲソウの花が咲き、小川が音もなく草を浮かべて流れていた。
 その日の食卓に茹でた芹が出た。圭一は苦くて一口食べただけで二度と芹には手を出さなかった。卓袱台の上に並べられた皿はほうれん草とたくあんと焦がした味噌だけだった。父の給料日前は特におかずの数が少なくなった。卵焼きでもコロッケでもウィンナーでも好きな物をいつか腹一杯食べてみたいと圭一は思った・・・。
 五十年の月日は過ぎてみれば一瞬の出来事のように感じられた。新幹線が街から街を抜けて広い平野を走り過ぎて行くように、人生の時間が過ぎて行った気がした。圭一も父の亡くなった年齢を二年前に過ぎていた。
 

    ◆更新情報◆

  2018. 2. 4 「掌編小説」を掲載
  2017.11.12 「掌編小説」を掲載
  2015. 8. 29 「掌編小説」を掲載
  2015. 7. 5  「日々の詩」を更新
  2015. 5. 2  「日々の詩」を更新
  2015. 4. 3  「日々の詩」を更新
  2015. 1. 30  「日々の詩」を更新



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