今 日 の 随 筆
(HP2007年掲載掲載分)
ーホームページ YUKIOS DREAM WORLDよりー
さとうゆきお
まえがき
この冊子は私のホームページに毎日「今日の随筆」のコーナーに載せたものを、ほとんどそのままパソコンの操作で処理をおこなったものである。毎日、随筆を書くと言っても、ホームページにもいろいろなコーナーがあるので、この随筆に費やされる時間はせいぜい十五分前後である。従って短い文になってしまったり、深い考察ができなかったり、あまり推敲できなかったりした部分も多いと思う。その辺のことを鑑みて読んでいただけるとありがたい。また、書いて読み返してみると、その頃の考えたことがだいたいくみ取れるし、あまり無理をしなかったから、長続きしたのかもしれないとも思う。この冊子は初め、慣れないワードのソフトを使用したので、思うようにページ構成もできかなった部分もある。また自分でパソコンを打って、校正をして、印刷して、製本した、手作りそのものであるで、誤字脱字があったり、体裁の整わないものもあったりして、読みにくいところも多々あると思う。それに付け加え、内容も他愛なく、年寄りのぼけ防止のための日常観察として書いたものなので、よろしくご拝読のほどをお願いしたい。ご感想等あったら後ほどお聞かせ願えると大変うれしく思う次第である。
平成二十年一月三日
さとう ゆきお
今日の随筆・365日(2007年掲載)
ーホームページ YUKIOS DREAM WORLDよりー
7月1日
一社長の偽装の顛末
食肉偽装事件で追及されている食肉製造加工の社長の発言を聞いていると小さな会社の経営の悲哀が感じられてならない。「そんなことしてないよ」「気がつかない方も悪いよ」「みなさんにご迷惑かけて申し訳ない」「会社の存続は難しいから全員にやめてもらうよ」「馬鹿なことをしたと思う」偽装等悪いことには違いないが中毒など起こしたわけでなくその範囲でうまく商売したわけであるが、中小企業が生きる道の厳しさを感じざるを得ない。これらの発言を聞いて一流会社や公的機関の不祥事の弁明のように上手な弁解が聞かれない。、しかし一市民、一小企業の社長が自分なりに一生懸命やっていたが道を誤ったばかりに後悔するといった誰にもありそうなことの顛末であった。こんな話を聞くと悲しくてやりきれない気持になってしまうのは私だけであろうか。
7月2日
マスコミの姿勢
偽装事件の記者会見の時など「あなたは消費者のことを考えているのですか」などとあたかも私が国民の代弁をしていると錯覚して堂々と責任を追及している記者など見ると、憤りを私は感じてしまう。たとえば、最近北海道で断水があって、その断水中に職員がサッカーをしていた非難の記事が載っていたが、細かい事情は分からないが、休憩時間はリフレッシュして、勤務時間に断水の対応等勤めることもあり得ることなので、こんな小さなことは目をつむりもっと大きなことに真剣にぶつかって欲しいと思う。今のマスコミは責めることばかり多くてその人の立場に立って物事を考えないような気がしてならない。
7月3日
参院選の結果
多分マスコミの質問によるものと思うが、参院選で敗北したらどうするかということが最近新聞等を賑やかしているようだ。自民党の幹事長は「負けたとしても首相は参院だから辞めることはない」民主党の幹事長は「過半数をとれなかったら辞めざるをえない。」総理大臣は「総理大臣として負けたら責任をとるのは当たり前」などの意見がとび交っているが、「最初から負けたらどうするか」と聞くのはどうかと思う。皆戦いは勝つつもりで挑むのが普通と思う。「負けたらどうしますか」より「勝つためにはどんなことに力を入れていきたいですか」の方が建設的な意見と思うのだが・・・・・・。
7月4日
フセインとブッシュ
最近フセイン大統領の参謀が処刑されたとのニュースが新聞の隅の方に載っていたが、私はふと思った。フセインとブッシュが逆だったら、逆の立場になっていたのでないかと。フセイン側から見ればブッシュはイラク人民を苦しめた極悪人であるかもしれない。たまたまブッシュがフセインより力が勝っていたからブッシュがフセインを処刑する形になったが、もしフセインがブッシュより力が勝っていたなら、逆にフセインがブッシュを処刑する形になったかもしれない。ブッシュは世界平和の貢献者となっているが、私から見ると紙一重でと多くの人たちを死に追いやった大犯罪者になった可能性もあるような気がしてならない。
7月5日
社保庁全職員賞与返納命令について
年金記録漏れ事件に対して、責任をとる形で首相、厚労相、社保庁長官などが賞与の全額を返納することにしたそうだ。ここまでは納得できるのであるが、社保庁長官が20分の1から、2分の1までの自主返納を呼びかけることにしたことは、少しやりすぎでないかと思う。職員の多くは普通の公務員と同じく、一生懸命仕事に励んでいる人が多く、今度の事件はシステムや体制の問題であって職員個人の問題ではないと思う。職員だって賞与をあてにしてもう夏休みの計画も立ててしまった人も多いと思う。そんな無茶は止めて誠心誠意年金記録漏れを是正するため社保庁全職員が一丸となって取り組むことがもっともよい責任をとる形ではないかと思う。
7月6日
まあだだよのDVDを観て
内田百閧フ随筆を読んでいたら黒澤明が監督した映画「まあだだよ」が急に見たくてビデオレンタル店で借りてきた。映画には百閧フ随筆がところどころにそのままの形で出てきている。結局映画は映像化されて掘っ立て小屋のシーンなど文では現しにくいが、猫のノラのことなどは心情がきめ細かくて、文ではないと現せないところもある。従って文には文のきめ細かさがあり、映画には映像のきめ細かさあるので、両方目を通すことによって映画を見て文が文を読んで映画がより理解できたような気がした。ただ文を読んで自分なりの映像を頭の中に作り上がることができるのは内田百閧フ随筆のおもしろさによるものであろう。
7月7日
七夕祭り
最近福祉作業所も辞め行事には疎くなりがちだが、先日前橋の七夕祭りのことが放映されていたのを見てそろそろ七夕がやってくるのかなと思った次第である。前橋の七夕祭りはしばらく行っていないが私の子どもの頃は母の実家へ遊びに行ったときときどき見た記憶が残っている。母の実家は街中の八百屋で七夕祭り前の時は5.6人いた従業員が交互に飾りを作っていて毎年結構いい賞をとっていたようだ。50年前の子どもの頃は祖母の家へ行って野菜の独特の匂いをかぐのが楽しみであった。八百屋の真ん前にあるもう一人のおじさんの家がレストランをしていておいしいご馳走も食べられたり、だるま市など私にとって物珍しいものも体験できたので前橋に行くのがとても楽しみであった。今は祖母の家も八百屋もなく大型店になっているという。前橋の七夕祭りを見ていたら走馬燈のように懐かしい場面が次々浮かんできた。前橋の七夕祭りを見たのはもう50年も前になるのにテレビで見ると昨日のように鮮明にその頃の頃のことを思い出すのは私の心のふるさとは前橋にもあるのかもしれない。
7月8日
懸賞随筆の応募について
最近届いた雑誌の中に、競輪エッセー大募集という見出しが目につき、大賞20万円等の内容を読んでみて、急に創作意欲が湧いてきた。その雑誌は競輪関係で、テーマは「わたしと競輪」ということで、競輪と随筆の好きな私にとって、ぴたりと思った。たちまち構想が頭にうかび、整理のできないうちに早速書き始めることにした。そしたら、2時間も経たずに400字の原稿用紙が5枚越えてしまった。それをまとめ読み直しを何回かして結局3時間も経たずに書いた原稿を封筒の中に入れてしまった。何も締め切りが9月7日で二ヶ月もあるのにそんなに慌てることはないと思うのだが、思ったときに一気に書いてしまうのは私の流儀なので仕方ないと思っている。後で読んでみて2.3気がかりの所もあるのだが、後の祭りは気にかけても仕方がないのでとりあえずこのことは忘れておいて3月後の当選通知を夢見て待つことにしようと思う。
7月9日
大投手とは
先日プロ野球を見ていたら、阪神の久保田投手が野手がエラーをしても、きわどい球をボールと言われても、ピンチで内野安打にあっても笑顔でかわし落ち着いて投げていた。いいときはいいのは当たり前で悪いときにしのぐのは名投手であると思う。久保田は先発でもなければ抑えでもない。中継ぎをこつこつこなしている久保田選手は地味な投手であると思うが私は風格、内容とも現在球界を代表する大投手であると思っている。
7月10日
守備のうまい選手
昨日は大投手について話したので今日は守備のうまい選手について話してみたい。見た目では難しいあたりを取るのがうまい選手と思っていたらそうでもないことが野球の解説を聞いて分かった。うまい人は最初の一歩の出だしがいいしたとえ難しいあたりでもこともなげに自然に取るそうである。まして捕れない球を追っかけて大げさに転ぶこともないそうである。たしかに一流の人はそうかもしれない。一流の人は自然としているものだし、二流以下の人は誇張が多いようである。私は守備のうまい選手を見る度に一流という人の素っ気なさを感じるのである。
7月11日
一流と三流
毎日随筆をホームページにのせていて、それをまとめた随筆集に寄せられた誉め言葉につい気をよくしてしまっているようだ。このところ内田百閧フ随筆を読んでみると私の随筆と比べてみると、奇怪な内容でも自然に書かれているのである。それに引き替え最近私はうまく書こうと思いこみ技量もないのにひねった言葉を使ってしまうのである。その結果二流の野手のように大げさなアクションをしてしまうのである。一流を目指すにはときどき一流の随筆家の文を読んで自分が二流以下であることの自覚をして諦めずに書き続けることだと思う。
7月12日
肥料のくれすぎ
年をとるにつれ園芸が好きになっているようで、肥料についてもいろいろ扱ってみて、配合肥料がバランスもよくいいと思っていた。時期的にいいと思いその肥料を是非よく育って欲しいと思うものにたくさんくれてしまっていた。ところがである。多くくれても大きいトマトなどはますます成長していたものもあるし、にわかに枯れてしまったものもある。その苗等により適量があることに気がついた。この肥料の良さは変わりなく、くれる人がやり方を間違ったに過ぎない。話は変わるが酒を毒という人もいるが、世の中に酒ほど疲れをとってリフレッシュする薬はないと思う。毒にするのは扱う人がうまくやらないからである。酒を毒と思っている人は気の毒である。どんなにいいものであっても適量以上施すとよくないということが肥料をくれすぎて茶色に枯れてしまった葉を見てつくづく感じる一日であった。
7月13日
新弟子の応募者無し
今場所の相撲の新弟子の応募がなかったと新聞の端にこともなげに載っていた。しかし、今までにこんな事はなかったし、なぜか相撲の衰退のシグナルが出たような感じがしてならない。今外国力士の枠が少なくなり日本の若者にも相撲が魅力を失ったことかもしれない。一番私が恐ろしいと思うのは相撲関係者が危機感を感ずることであると思う。今回の「新弟子の応募者無し」に対して相撲関係者の対応の是非が伝統の相撲が存続するかの是非につながると思うのである。
7月14日
ケチと節約家の違い
ゴルフの練習のしている頃混んでいるゴルフ練習場はおしぼりを自由に使わしているが、お客の少ない練習場は、「二枚以上は使わないでください」と大きな字が書いてあることが気になった。逆の現象にも思えるが繁盛しているところはどこかで節約しているに違いない。伸び悩んでいるところはいるところはどこかで浪費しているのに違いない。一般的に細かく切りつめてい使っている人よりも必要なものを気前よく使っている人の方が裕福に見えるはどうしてだろう。私は計画性とビジョンの相違だと思う。節約家は何でも出費を少なくしようと思わないで計画的に大切なものに金を使うけれどケチはその場その場で何でも出費を少なくしようと思うことだと思う。
7月15日
NHKと民放の天気予報
先日NHKの天気予報では午後は雨だということであった。民放では曇で午後9時頃から雨という予報であった。実際は午後から晴れだし真夏のような暑い日であった。予報であるから、狂うことが当たり前であるが、民放の天気予報は雨の確率40パーセントでも曇にするのに、なぜかNHKの天気予報は雨の確率40パーセントでも雨にしてしまう傾向があるような気がしてならない。私から見るともっと自信を持って欲しいと思うが、NHKの体質の慎重性が天気予報にも出てしまっていると思わざるを得ない。
7月16日
セット旅行の格安の不思議
今年の夏休み、どこか行こうかと家族で話し合っていたら、普通は子どもの都合もあってなかなか決まらないのだが何処、広島、何時、7月22.23.24日とトントン拍子に話が決まった。うまくいくときはこんなものだ。ところでいくら位かかるのだろうとパソコンのソフトで調べたら新幹線使って片道2万円以上することが分かった。旅行社との交渉は子どもに任せていたら2泊3日で一流ホテル、交通費含めて4万円ちょっと越えるくらいと言う、私が計算すると7万以上かかってしまうのにどう考えても不思議な話であるが、ホテルもJRも採算かとれないでやるわけないから、何かからくりがあるのに相違ない。まあとにかく、安くいけるのは結構なことで、理由を追及しても仕方がない。私個人で行くとしたら、こんな格安のセット旅行に気づかず行ってしまったのに相違ない。それにしても昨今不思議なことが多い世の中になってきているような気がしてならない。
7月17日
祐ちゃん人気の過熱
我が世代では石原裕ちゃん人気はかなり過熱であったが、今の斉藤佑ちゃん人気はそれを上まるかもしれない。佑ちゃんの実家が私の家から近いこと(10q位)もあって関心はあるのだが、それにしても日米野球では好投した投手よりその日は出なかった斉藤選手の方が大きく載っているのは驚きだった。朝のテレビ放送では佑ちゃんのお母さんの電話の声や佑ちゃんの仲間の声が放映されていたがそれにしてもマスコミの過熱は異常としか私には捉えられない。前回は数人しか日米野球の取材に行かなかったのに今回は100人以上も現地へ行って地元の人を驚かせたという。斉藤投手はそれだけの力と魅力を備えているかもしれない。しかしその日の活躍選手くらいはきちんとほめて試合内容を正確に伝えるのはマスコミの役目だと思う。どうしてマスコミは寵児を作りたがるのであろうか。話題になりやすくそれが載ると新聞等が売れるせいかもしれない。その辺は仕方ないとしてもそれに乗せられないよう冷静な判断をして世の中の動きを正確に捉える人が多くなることを願ってやまない。
7月18日
トイレに1万円の不可解
先日、青森、秋田、埼玉各県の県庁や市役所のトイレに封書が置かれ、「同封の遺産金1万円修行の糧としてお役立てください」と毛筆で書かれた文とその中に1万円が入っていたそうである。世の中には変わった人がいるものである。今見つかっているのは10件ぐらいであるから、額もたいしたことないし、修行の糧とはたいしたビジョンもない。この犯人??は新聞ネタになる騒ぎを起こしだす単なるトラブルメーカーと推察する。
7月19日
阪神の低迷について
阪神は現在4位でシーズン当初の野球評論家の予想をかなり裏切っている成績になっているが当の評論家の多くは投手陣の不成績をついているようだ。確かに先発投手が打たれているが、打撃陣のチーム打率が最下位で、特に得点圏内打率が極めて少ないことに原因があると思う。少しぐらい点を取られても取り返すぐらいの得点力が欲しい。あまり選手については言わない金本が先日激しく阪神選手の意欲のなさと集中力をなげいていたがこの辺に原因があるような気がしてならない。状態が悪くても堪え忍んで努力を惜しまない姿勢が阪神の選手に今必要な気がする。
7月20日
JFKの凄さ
阪神の投手陣がふるわないと言われているが、先発陣が悪いとしても救援や抑えもよく防御率も3.71でチーム3位であるから悪くない。まして、抑えのJFKにいたっては1.00くらいで3試合で1点しか取られないことになるから、勝ちケームでこの3人が登板したら、ほとんど勝つといってもいいかもしれない。ウイリアムスにいたっては約30回登板で防御率が0.23ということであるから1点ぐらいしか取られていないようである。この抑えのJFKの安定性と凄さは球界第一と言っていい。先発陣と打撃陣が少し奮起すれば阪神の逆転優勝も不可能ではないと思う。
7月21日
世論調査の信頼性
最近の世論調査で安倍内閣の支持率が就任当時80パーセントもあったのに現在は30パーセントにまで落ち込んでいると報じている。年金問題とか、閣僚の発言や事務所経費がかなり響びいているようだが、安倍内閣の基本方針は少しも変わっていない。多くの人は基本的姿勢よりもその都度の政界の動きに流されているようだ。だからその数値はあまりあてにならないような気がする。もし民主党に不祥事が起きたら逆転するかもしれない表題に世論調査の信頼性と記したか実際は人の心の信頼性と書いた方が適切だったかもしれない。
7月22日
野村監督、田中投手の凄さ
楽天が予想に反して選手層が薄いのに5位で健闘しているのは野村監督の手腕の凄さに他ならないと思う。選手の良さを引き出しやる気を出させる能力は球界一と言っても良いだろう。また高校出の田中選手は騒がれて実力のでない選手の多い中で7勝3敗でエース並みの成績を残していることは驚かざるを得ない。これもおだてたり、ときどきピシャリと指導する野村監督の魔法使いのような力の凄さに起因すると思う。
7月23日
安倍首相と小沢代表の決意
参議院議員選挙も間近に迫っているが民主党の小沢代表は「過半数割ったら責任を取る」と言っている。それにひきかえ安倍首相は、「戦う前に負けることを前提に話す気はない。結果は真っ白な気持ちで待ちたい」と焦点や争点をぼかす発言をしている。小沢代表の考えは必死なる決意の裏に負けることを予期した弱さが感じられし、安倍首相は何としても勝ってやろうとする意欲が感じられない。いずれにしてももう少しくわしく、具体的な政策を明示して欲しい。国民はどちらを選び出すか注目したいところである。
7月24日
オシム監督へのインタービュー
アジア杯の予選で試合終了直前に得点され、引き分けになったオシム監督に「終了直前に得点され、引き分けになったがどう思うか」とある記者の質問にオシム監督は「君ならどう考える」と逆に質問したことに対してスポーツ新聞はかなり手厳しい批判をしているようである。私はオシム監督より質問する記者の独断性というか、成績が悪いとすぐ責任をただしたり辞任を要求するような考え方に問題があると思う。マスコミは監督が精一杯やってるのに逆なでするようなことばかり言っているような気がする。日本の将来のビジョンを構想したり相手の身になって質問できるような心豊かな凄腕の記者はでてこないものだろうか。
7月25日
阪神の成績不振と若手の台頭
若手投手に対して5回を0点に抑えても評価悪いのに4回を3点入れられても評判のいい投手もいる。阪神は先発投手に故障が多く、最近若手投手を使っているが、なかなか生きの良い投手が出てきている。チームの成績は良くないがそれが却って新人の活躍の機になっているようである。若竹投手はスリーランホームランを打たれたが後は得意のスローカーブが切れ出し、好打者も次々と空振り三振していた。まだあまり出場していないが期待できる。塞翁が馬のように成績不振であれば若手が台頭して成績がよくなることもあるかもしれない。何でも前向きに考えることが大切かもしれない。
7月26日
赤城農相の事務所問題
最近、赤城農相の事務所の経費のことが問題になっているようであるが、数少ない閣僚の内3人までもこのような問題を起こすのは本人は勿論責任のあることであるが、制度そのものに問題があるかもしれない。大臣になると事務所問題を叩かれるような感じがする。こんなことを繰り返しては国民が政治家を信頼できるはずがない。すっきりした制度を導入しないと政治家が総倒れすることになりかねないと思う。
7月27日
星の世界
先日、銀河系の星までの距離をパラグァアンテナを使うことにより早く正確に測定できるようになったという。その測定器によると17250光年の星も発見されたという。ちなみに1光年というのは光が真空中を1太陽年の間に進む距離で約十兆キロメートルというから途方もなく遠いところに星があることになる。地球とは宇宙の中の塵の一部かもしれない。このニュースによって宇宙の広さを感じると同時に私たちの感じることの狭さを感じる。
7月28日
随筆の古典
最近随筆の手本として、内田百閧竏「川弘之の随筆を読んできたが古典の中にもいい随筆があり参考にできものがあるような気がして、「枕草子」、「徒然草」、「方丈記」の現代語訳版等をインターネットの古本屋から購入することにした。そしたら意外にも発行から40年も経っているのに新刊本みたいな感じのするきれいな本に出合うことができた。40年前というと茶色いの汚らしい感じがするものが多かったものだからこんな本もあるものかと驚いたわけである。古く書かれた本であるが内容も新鮮に感じられた。約千年前に書かれたのに「近ごろの、・・・・・・・・・・・」と私たちが今言っていること等が面白く時代を超えて共通なことが多いのに驚いた。いずれにしても古典の随筆が私が随筆を書いたり読んだりする上で大いに役立つ予感がしてきた。
7月29日
セントラルリーグの動向
セントラルリーグは一時巨人と中日が調子よく他をかなり引き離していてそのまま行くと思った。しかし最近は巨人中日が調子を落とし横浜と阪神が力を出してきたのでせーリーグのペナントレースも混沌としてきた。このままで行くとどのチームが優勝するか全く分からない状況である。特に阪神は九つも負け越していたのに五割をオーバーできたのは予想外であった。投手は特に変わっていないのでシーツや藤本が若手が調子を上げてきたせいかもしれない。私は阪神が投手も打撃陣もそこそいいので優勝すると思ったが先発投手と打撃陣の意気のなさを見ぬことができず阪神が低迷してしまっていた。それがどうしたわけか急にリズムが出てきて打線に意気込みが感じるようになってきた。ちょっとしたきっかけで流れが変わってしまうようである。だから、阪神は今十以上負け越していても別段何の不思議もないような気がする。他のチームでもこのようなことがあるような気がするのでせーリーグにおいてはその動向は全く分からず神様のふとした気まぐれが優勝を決める要因になるかもしれないと真面目にそう思いこんでいる。
7月30日
津和野の町
津和野への旅行は二十五年前、小学校の職員旅行で私が幹事でここへ行くはずであったが、同村内の他の学校の旅行が新聞で叩かれてしまったため行けなくなってしまった因縁のある旅行であった。ふとしたきっかけで家族で広島へ行くことになったので津和野へ足を伸ばすことにした。津和野の町というと開けた町と思っていたが津和野駅の直前まで緑あふれる山間地であった。まず津和野駅でSLに遭遇し殿町で道ばたの水路に鯉たちがゆったりと気持ちよく泳いでいるのを見たら何か心が豊かに落ち着いてくるのが感じられた。町並みも鮮やかな花ではなく地味な葉の美しい花で飾られていた。古い建物もかなり多いがその家が今も自然に立ち並んでいて違和感が全くない。宿の主人に「鯉にいたずらをしたこと聞いたことがありますか」と聞いたら怪訝そうな顔をして「五十年この方そんな話一度も聞いたことがありませんよ」と言っていたが津和野の人の素朴な温かさが観光客にも伝信して鯉にとって住みよい所になっているようだ。津和野はよく小京都と呼ばれているようだが私はそうは思いたくない。津和野は緑に囲まれた澄んだおいしい空気があり、日本人の慎ましさと美しさの充満した特色のある町だと思うのである。
7月31日
宿の朝食
今回の家族旅行で初日はごく安い津和野の日本旅館二日目は格式高い宮島の老舗旅館三日目は広島の一流ホテルでその比較がおもしろいと思った。老舗旅館は一品一品料理の説明をしたりホテルはそれだけ頼めば二千円もすると聞いたが概して言えば三者素材からいっても内容、もてなしの心の面から見てもほとんど変わらないと思った。私としては日本旅館の山菜や豆腐を主としたさっぱりしてあじわいのある料理が一番口に合っているような気がした。旅館やホテルは格式や値が高ければ良いというものではなくインターネットや旅行雑誌を念入りに調べるべきと三軒の朝食を比較しながらそう思った次第である。
8月1日
美術館の観覧料
私は常々美術館の観覧料と内容は比例関係にあると思っていたが、今回行った葛飾北斎美術館とひろしま美術館を比べるとかなり間違っていることに気がついた。北斎の方は出品数や内容からいってももの足らなくて十分あれば十分見られるような気がした。それに引き替えひろしま美術館は印象派を中心とした著名な画家の力作が飾られていた。片方百点感動作品五点観覧料500円片方五百点感動作品50点観覧料1000円観覧料の比例の原則はかなり思い違いであることに気がついた。それにしても今買えば○億円級の作品がこんなにも揃っているなんて広島の人の絵に対する情熱と識感には敬意を表したい気持ちで一杯である。
8月2日
パソコン旅行
今回の旅行にパソコンを持って行こうと思ったのは新幹線でACコードを使ってワープロをしている人を羨ましく思っていたからであろう。といって今の新幹線にはACコードはつなげないが今のバッテリーは長く使えるので結果的にはコードは必要でなかった。新幹線で随筆を打ったりホテルで写真の整理をしたりしてとても便利で快適な旅行の一因になったような気がする。パソコンはかさばるし、重たいがそれを上まる便利さがあったので一時家族に断念するように言われたが持っていってよかったとこころから思っている。新幹線ではゲーム機を持っている人がかなり多かったがパソコンもゲーム機の一種と考えられないこともないだろう。欲を言えば小さくて軽い値段の手頃なパソコンが是非出てほしいと願っている。
8月3日
インターネットのできるホテル
最近の一流ホテルの条件は先ず第一にインターネットが各部屋でできることかもしれない。今回の老舗旅館でインターネットはできたが、ホームページへの送信はできなかった。老舗旅館で時間をかけて悪戦苦闘してホテルで簡単に送信できたのでホテルの設備の良さをしみじみ感じた次第である。パンフレットには「パソコンは貸し出しできません」と書いてあったが実際には貸し出しができるようである。それにしても私が生きている間神様が次に何の魔法を授けてくれるか楽しみでならない。
8月4日
一冊の本
広島の平和公園の資料館では被爆当時の写真や生活用具が飾られていたが私が一番悲惨と感じたのは原爆によって顔中焼けただれた顔の写真であった。それだけ見てもこんなことは絶対あってはならないと誰もが思うであろう。資料館には原爆関係のたくさんの本が並べられていた。三百冊ぐらいあったろうか。私もかなり時間をかけて見たが原爆についてよく分かる本はなかなか見つからなかった。そのうち、被害状況から原爆はどうして作られたか、広島や長崎がどうしてねらわれたかなど興味のあることが事細かに書いてあった母と子で見る 広島・長崎朝日新聞社企画部編 草土文化社刊を見つけることができた。数多い広島関係の本の中ですばらしい本があることに気がついた。自分に合う本を見つけるには手間暇かけてじっくり見つけることが大切だと思った。
8月5日
グッとタイミング
計画を緻密に練ってもなかなかうまくいかないこともあるしタイミングよくあれよあれよと言ううちに纏まってしまうこともあるようだ。今回の我が家の家族旅行の場合は後者で子供三人の休みが合致して皆旅行を望んでいたことですぐ話が纏まった。今回の旅行は宮島の引き潮時の美しい素肌の鳥居を見ることができたり、広島平和公園の資料を見て原爆の恐ろしさを再確認できたり、広島城で無料で昔の鎧甲などを着て写真撮ることもでき普段食べられない珍しいおいしい食べ物も食べることができて打ち上げのビールの乾杯の時の家族の笑顔を思い浮かべるとき旅行に行ってよかったとしみじみ感じるのであった。こんなタイミングのよいことはなかなかないことであろうがあっという間に海外旅行に行くことにならないだろうかと密かに願うようになった昨今である。
8月6日
出口調査等の正確さ
参議院員選挙の結果は予想以上の民主党の大勝に終わったがそれ以上に私が驚いたのは投票時間が終わった時点でテレビで予想議席数と最終結果がほぼ同じであったことである。十年前の予想となると多いときは20人以上も間違ったのであるが、今回の自民党37、民主党60はぴたりと当たってしまった感じである。どうしてこれほど正確に分かるものなのだろうか。抽出数の増加、パソコン等の機械の進歩等あると思われるが報道機関の出口調査等の正確化の執念が一番の要因だろうと思う。正確なのはよいが、あまり正確すぎて人間味のなくなったことは寂しさを感じなくもない。
8月7日
阿久悠さんの業績
阿久悠さんが1日に亡くなわれ3日にNHKでは90分の特集番組を組んでいたが阿久さんが作ったものは「また逢う日まで」「北の宿から」「舟唄」「熱き心に」等多くの年齢層に歌われたヒット曲であり、詩の技法と人の心の理解度が優れていて、私が好きな曲がほとんどであった。また演歌からフォークソングまで違和感なく作り上げられる作詞家は阿久さん以外はほとんどいないかもしれない。時代の飢えた部分を美しい日本語に表現することを心がけたそうであるが、並の技量ではとてもこんな大きな仕事はできなかったであろう。これからも阿久さんのような人の心の分かる作詞家は出てこないであろう。せめて、阿久さんの詩をみっちり読んで「舟唄」や「時代おくれ」などのように人の心に浸みるような詩を一つでも書きたいと思っている。
8月8日
「舟唄」の魅力
阿久悠さんの作ったものは皆すばらしくみな好きであるがその中でも「舟唄」と「時代おくれ」が特に好きである。舟唄のお酒はぬるめの燗がいいさかなはあぶったイカでいい女は無口なひとがい・・・などは「枕の草子」の「木の花は濃きもうすきも紅梅藤の花はしなひ長く色濃き咲きたるいとめでたし、」などの文の流れによく似ているような気がしてならない。清少納言と阿久さんの情の感じ方が似ているのだろうか。やはり一流の作詞家と随筆家はもののとらえ方が鋭く詩的センスに優れているのだろう。だから、時代を超えて人の心を打つような詩や文が書けるのであろう。私は阿久さんの随筆的なとらえ方をする詩が大好きである。
8月9日
「時代おくれ」の魅力
阿久さんの作詞した「時代おくれ」は私が大好きな詩の一つであるが一日二杯の酒を飲みさかなは特にこだわらず妻には涙をみせないでこどもに愚痴を聞かせずに・・は何故か宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ・・・・」詩を連想してしまう。共通点は自分の信条を述べたもので多くの人の共感を得られるところがあることだろう。阿久さんも賢治も目立つことをせず人のためにさりげなく尽くすというところが心憎いほど似ているような気がする。私は河島英五の渋い声で歌う「人の心を見つめつづける時代おくれの男になりたい」というフレーズが大好きである。
8月10日
立秋
24節気というとだいたい季節の目安になるのだが立秋ー即ち秋の気配が感じられる頃というのは少し違うような気がしてならない。この辺で一年の最高気温がでるのは今頃だし今年にしても今頃が一番暑く皆ばて気味で、真夏そのものである。しかし、今日は立秋を過ぎてはいるが暑いけれどもよく考えるとこれから秋に近づいてくることは間違いないし、そういえばトンボも出始めたり、風の吹き方や雲の色や形も変わってきている。やはり立秋と言うのは確かなもので昔の人の叡智が素晴らしいということであろう。
8月11日
安倍政権に秋の風
参議院員選挙に惨敗しても頑として退陣の要求にも応ぜず組閣作りに頭を悩ましているようであるが、安倍さんはまじめ人間の典型的な人に思える。だが、最近になって自民党の議員総会等で中谷、小坂元大臣等の有力者からあからさまに退陣を要求されるようになってきた。まさに立秋を過ぎてから安倍さんに対して秋風が吹きつけるようになってきた感じである。私は寒風吹く頃よりもこんなそよ風の自分に身を引いた方が安倍さん自身にも自民党に対しても深い冷たい傷が残らないような気がしてならない。
8月12日
セリーグの優勝はどこか。
今セーリーグは巨人中日横浜阪神が小差で張り合っている感じである。こうなると監督の手腕や、選手の技術によって、順位が変わると言うより、何か流れやツキによって変わるような気がしてならない。私の予想では阪神の優勝であったが、私は完全に先発の投手や打撃陣の不振を予想できなかった。だから、たとえ阪神が優勝したとしても私の予想が大はずれには変わりがない。阪神が9つも負け越していたのにいつのまにか戦力もほとんど変わらないのに5つも勝ち越している理由が分からない。やはり勝負というのは実力以外にツキとか流れなどがあるに違いとないとまじめに私はそう考えるようになってきている。だから解説者の順位予想そのものよりその内容に対して評価したいと思っている。
8月13日
朝青龍と高砂親方
朝青龍が巡業を拒否してモンゴルでサッカーをやっていたということで相撲協会の巡業部の怒りが滲透して相撲協会も朝青龍の二場所出場停止処分を行うことにした。このようなことに至ったのは高砂親方の指導が十分でなかったというのがマスコミでの間では定説となっているようだ。親方というと神様同然で言われたとおりやるのが一般的で先日親方が会見を勧めたのにあっさり拒否されてしまったのは高砂親方の威厳が全くないように見られたのは当然のことであろう。それにしても高砂親方に対するマスコミの取材は度を超え朝青龍だけでなく高砂親方まで精神科の診断までしなくてはならないところまで行きそうな感じがしてならない。この問題をこじらしているのは過剰なマスコミ取材であると思う。静かに見守ってやるのが痛みつけられた気持を癒すことのできる唯一の方法であると私は思っている。
8月14日
クールヴィッツ反対論
民主党が参議院議員選挙で大勝して民主党が議長と議運委員長の要職を勝ち取ったのはいいが、西岡議運委員長が勢いに乗りすぎクールヴィッツをやめネクタイを締め正装で議論をするべきと意見を述べるだけでなく提案をほのめかしたものであるから、民主党内でも異論が出始めているという。クールヴィッツは見かけでなく地球温暖化対策の一環として認められているものなのに肌を見せたりするのは遺憾だというのは少し認識不足かもしれない。民主党も実力でなく敵失で大勝したという見方もある中であまり傲慢的な態度を取るとあっさりと国民の支持がなくなるかもしれない。民主党は奢ることなく地道に国民のためを思いながら政策を考えていかないと却って民主党の衰退を招くとも限らないと思うのである。
8月15日
寂しいお盆
お盆となると桐生の実家では亡くなった親父、お袋、兄貴の写真を前に親戚中が集まって賑やかに飲んだり食べたりするのが習慣になっていたのである。しかし今年は浜松町の実家を守っていた義姉が体調が悪く近くの娘の家にいることなどもあって今年の集まりは中止と言うことになった。お盆というのは賑やかということになっていたがそれが今年の集まりが中止言うことになって始めて味あう寂しいお盆と言うことで何か調子抜けしたお盆になりそうである。
8月16日
どうなるか安倍政権
自民党は参議院の選挙で大敗して有力者が安倍政権の退陣を要求したのに安倍首相がそれを拒否して安倍内閣の改造ということで自民党内もいろいろ動いているようである。結局は安倍支持派と反支持派の勢力が伯仲していてなかなか結論が出ないようであるいずれにしてもこの大敗を自民党内でもっと深刻に考えないと大変なことになると思う。これほど自民党が信頼を失ったことはない。首相のことだけでなくもっと自民党の将来について対策を講じないと自民党自身消滅してしまうと自覚する時期に至っていると思う。
8月17日
夕顔1
どこからきたのか夕顔の花は源氏物語のしなやかかなイメージで数年前買ってきたのであるが意外にも白く大きな花で独特な妖艶さが気に入ってそれから毎年苗を植えている。今年はピンクのデプラデインとのバランスを考えて紅い夕顔の苗を植えた。しかし、その苗はどううわけか2.3週間たったら皆しおれてしまった。諦めていたらそのまわりからたくさんの夕顔の芽が出てきたのである。だから始めは去年の白い夕顔の芽だと思いこんでいた。ところが花が咲いてみると小さな紅い夕顔であった。どう考えても紅い夕顔の芽が出てきたことが分からなかった。そんなとき神様は見るに見かねて初歩の園芸愛好者の私にいたずら心で助け船を出してくれたのだと思いこむことにしている。
8月18日
夕顔2 、
何時咲くのかだいぶ夕顔の蕾が膨らんだと思い夕方ときどき見に行くのだが咲いていることはめったない。朝咲いて萎んだ花を恨めしく見るばかりであった。何回も見ている内に午後6時頃見えることができるだけ6時頃見ることにしているが、その日の天候によっても咲く時間が異なるらしい。またこの紅い夕顔の咲く時間が短いので夕顔の花を見たときのうれしさは格別である。それにしてもなぜこんなに短命なのだろか。花の命は短くて悲しいことばかり多かりき、と林芙美子の言うとおり夕顔は昭和初期の女性の象徴そのものであろうか。
8月19日
加山雄三の若さ
NHKの「思い出のメロデイ」を見て昔の歌の良さをたっぷり聞かせてもらったが、その中で私にとっての圧巻は加山雄三の声の若さであった。若大将は未だ健在で、見たところ四十代にも見えるのだが、実際は七十才を越えているという。加山さんはまたダジャレもすばらしく「古稀になってもこき使われています」にはどう見ても古希すぎているとは思えなかった。若さの秘訣と聞かれて「気持と、食べてギターを弾いていること」と言っていたが、加山雄三のような永遠の若大将は加山雄三一人しかいないであろう。私も若いつもりでも加山さんには到底かなわないが、せめて、若大将加山雄三になった気分で、「ぼくのいくところへついておいでよ・・・・」とでも歌ってみようか。
8月20日
久保田投手のでき
先日の横浜阪神戦で久保田が8回、1対1の時登板して1点取られ。結局2対1で阪神が負けてしまったのであるが、翌日久保田が投げるとき、アナウンサーが「昨日投げたのに大丈夫ですかね」と心配そうに話すのが気になった。60試合も出ていれば、点の取られるときも負けるときもある。兎に角防御率2を切っているのだからたいしたものである。アナウンサー始め、マスコミは一喜一憂型で全体的な捉え方にやや欠けるようである。久保田は先日のように点を取られることもあるが、ランナーが出ても点を取られないような粘りのピッチングが特徴でもある。とにかく防御率2、9回投げて2点しか取られない現在ホールド王の久保田である。もっと信頼を持って見てやってほしいと思う。
8月21日
守備の大切さ
今までプロ野球の優勝チームとの相関関係が強いのは防御率と思っていた。いろいろの新聞等の資料を見ていたら、意外に守備が関連していると思った。昨年優勝していた中日は極めてエラーが少なかった。言い換えれば違うことであるけれど好守備が随所に見られていた。しかし今年は失策が多く好守備が少ない。だからもたもたしている巨人をなかなか追い越せないでいる。こういう見方をすると阪神の守備は関本の守備機会無失策の新記録をたてのを始め安心して見てられる。どうして守備のうまいチームは成績が良くなるのかまだはっきり突き詰めていないが、多分危機を救う好守備でチームに活力が出てくるせいだろう。こうみると諦めていた阪神の優勝も守備の良さが要因で、もしかしたらできるかもしれないと、最近思うようになってきた。
8月22日
親父の五万石騒動に対する関心度
私が五万石騒動について知ったのは私の親父が関心を持っていて、五万石騒動に関することが新聞に載ったなら、切り抜いて、家に来る人来る人に家の曾祖父が出ていると言って、良い気持ちで話しているのをよく見ていたからかもしれない。曾祖父とは五万石騒動の総代の佐藤三喜蔵のことで親父は親からも三喜蔵のことをいろいろ聞かせられたり、親族から著名な人が出ていることに誇りを持っていたようである。それにしても親父の三喜蔵贔屓もかなりのもので、三喜蔵にあやかって酒造蔵と改名までしてしまったほどである。
8月23日
五万石騒動の再認識
親父の五万石騒動に関する異常なほどの執着さに、その当時はあまり快く思っていなかった。来る人来る人、嫌な顔をしていてるのにもかかわらず自分の自慢話をしているように思えたからである。それはそれとして私も親族が群馬県の人名辞典に載っていることに誇りめいたものを感じていた。しかし、五万石騒動について勉強してみると、総代達の義民的な精神、村民の協力体制、それを見守る町の人々の温かさ等を感じ取り親族としてでなく、人としての生き方を学ぶものとして、私にとって生きる指針となっていると思う。
8月24日
「五万石騒動」の現代語訳
私の五万石騒動に対する関心が深まっていくと、細野格城の「五万石騒動」の本を読む必要を感じた。県立図書館に行ったがそこでじっくり読むわけにもいかない。そこでコピーを申請すると全文は規定でできないと言われた。それでは困るので「研究のためにぜひ必要」と私なりには大芝居を打ったことが功を奏しコピーすることができたのかもしれない。しかし、読んでみると難しい言葉がでてくるわ、句読点があまりなく読みづらいやで、なかなか思うように読むことができなかった。そこで辞書などで調べながら読み始めたが、これなら一層のこと現代語訳してしまえば親戚の人にも読んだもらえると思い、現代語訳に挑むことになったのである。今考えると、教職に就いているときに歴史や文語に対する知識もなく、短期間によく何とか仕上げたものと思う。しかし、今始めて気がついたのであるが現代語訳が完成したのが平成9年2月で、体調が悪くなって入院したのが9年11月で、少し時間が経ちすぎるが結構無理かたたったのかもしれない。私なりに何か大きな仕事をするときは必ず混迷に陥り、体調が崩れそうになる。それを乗り越えて初期の目標に達することになる。そういう意味でも私の人生の中でもこれらを体験した「五万石騒動」の現代語訳は生きた証しとして私の心の中に長く止めるべきものかもしれない。
8月25日
「五万石騒動」研究会
「五万石騒動」の現代語訳は知人や親戚に少数配布したが、その本を見た従兄弟の子(私より年上)が五万石騒動研究会に所属していて、「会に参加してみないか」と誘われ、何となく会員という形で、月に一回高崎まで足を運んでいる次第である。メンバーは教員の退職者が多く、明治時代の初期高崎の地で行われた農民運動上で組織力、統率力に著名な五万石騒動を研究して、多くの人に知らせ続けようと地道な努力をしている人たちの集まりであった。普通は午前中で二ヶ月に一度午後も通して行われ、素朴な疑問から核心に触れる研究内容について、次から次から話が交わされる。こんな純粋でまじめで研究な人たちを今まで見たことがない。こんなことが評価されたのか群馬県の母親大会から話がありひとつの講座を受け持ったのだが、紙芝居CDの公開、講話、質疑応答など内容の豊富さにかなり評判が良かったようである。こんな純粋な研究会はあまりないと思う。私はこんな会に入れたことを誇りに思っている。
8月26日
氷屋さんの嘆き
今年は暑い。電力の供給にも四苦八苦していて、大手企業には節電要請までしたほどという。テレビのニュースでも街角の言葉でも「エアコン入れなければ死んでしまう」と聞かれるほど今年の猛暑はもの凄い。暑いとアイスクリームと飲み物と氷が売れるではないかと私は思っていた。ところがである。氷やさんはあまり売れないという。暑くて外へ出る人が少ないようである。氷やさんの言うには「何事にも適温があるんだよ。暑ければいいと言うことはないよ、うちなんか少し暑いくらいの方がお客が多いよ」、いやはや、氷やさんの暑さへのこだわりが学者の暑さの研究より当を得ているような気がしてならない。
8月27日
「朝青龍」の問題について
朝青龍が体調不良のため巡業不参加の申請をしてモンゴルへ帰国し、サッカーをしていたことが明らかになった。これを重く受け止めた相撲協会が朝青龍を二場所出場停止処分にしたら、朝青龍の精神状態が悪くなり、モンゴルに帰し治療させるかということで相撲協会の中でも意見が分かれているという。医者が精神の病気と診断しているのだから病気には違いないだろうが、もし相撲協会が処分をしなければ元気な朝青龍の姿が見えたのに相違ない。私はこの病因はマスコミの騒ぎすぎだと思う。そっとしてやったら病気にならなかったかもしれない。今後どこで治療するかはまだ分からない状況であるがもっとマスコミや国民は冷静さを示し静かに放っておくのが朝青龍のため相撲協会のためにもなると思うのだが・・・・ 。
8月28日
「あと、どのくらい・・・」
私が教員時代の頃、退屈な研修や無意味な講座の時などノートにあと3分の1、20分と書くといやに心が落ち着いて集中力が出て何とかだるい気持を制することができた。教員をやめ福祉作業所の勤務の誘いがあったとき、最初は体調等の関係で断ったのだけれど適当な人がいないので是非と言われたので、今まで福祉関係に属してきたので「2年間繋ぎ役でよければ」と言うことで引き受けることにした。しかし、体調も万全でなかったので6ヶ月過ぎた頃4分の1終わった頃、「あと4分の3がんばろう」と自分に言い聞かせてがんばったものだ。ところが2年経った頃「ここまで来たんだから3月まで」それから1年経ったら「ここまできたら65才まで」ということで結局は5年近く勤めたのだが、最後の方は体調も良くなり施設の子どもの純真さに打たれ、あとどのくらいと言うことを考えなくなった。心が充実していれば耐えることなく楽しんで生活できるということであろうか。
8月29日
「あと、どのくらい・・・」2
私は今66才である。寿命には限りがある。長くても一般的に90位までが順当であろう。と言って今現在病気にはかかっていないが、この先どうなるか私には分からない。神様のみご存じなのであろう。もし神様に寿命1ヶ月と言われたとしたら会いたい人もやりたいこともあるけれど敢えて無理に成し遂げようと思わない。家族、趣味、仕事面で満足と行かないけれどここまでくれば我慢どころだし最近焦りの気持がなくなり、仏教の悟りの境地も幾分身に付いてきたせいかもしれない。今現在神様から寿命の告知を受けているわけでない。寿命のことなど考えず一日一日を過ごしていることは何時寿命が来るか分からないけれど楽しく充実な人生を送っていると言うことであろうか。
8月30日
猛暑の猛省
今年の夏は暑かった。世界陸上の男子マラソンでも約90名出場で約三分の一の選手が棄権し、他の競技でも途中体調を崩す人も多かったそうである。この地域では猛暑日が現在の処10日以上もあり私の趣味の読書もパソコンも思うように取りかかることができなかった。だから、だらだら過ごしがちで駐車場でござを敷いての読書もあまり集中できなかった。暑すぎたと言えばそれまでのことであるが、涼しい図書館や本屋を活用したりすればもっと充実した時間を過ごせたであろう。でも後半何とかしようと園芸などに時間を費やしたことは良かったと思う。猛暑への対応はもっと猛省する必要があるかもしれない。
8月31日
室伏、朝原、為末、惨敗
「室伏、朝原、為末、惨敗」との報道世界陸上が大阪で行われているが、ポスターには室伏、朝原、為末らが載り、期待の大きさがうかがわれていた。しかし室伏はメダル獲得できず、朝原は決勝へ行けず、為末は予選で敗退してしまった。でも私から見れば室伏は80メートルを越えたし、朝原は準決勝までがんばったし、為末は0秒01遅かっただけだし、3人とも怪我等したわけでなくかなり内容がよかったのに、相手がかなり成長していて成績が良くなかっただけだと思う。要は日本は陸上の世界では層が薄くつい室伏、朝原、為末等を過大評価してしまって期待し過ぎてしまうのではないだろうか。朝原はインタビューされて言葉に詰まり「すいません」と言ってはいたが、そんなことはない。謝ることはない。惨敗との報道の捉え方が本質を捉えていないだけである。期待することはいいけれど期待しすぎてはいけない。室伏のように堂々と「日本での環境が良かったので全般的に記録がよかった。私の内容にも満足している」と言っていることはスポーツ選手らしく爽やかな感じで好感が持てた。
9月1日
桝添さんの入閣について
安倍退陣の声が流れる中いつのまにか安倍改造内閣の動きが急速に強まり、多くの議員がその動きに注目し事あらば入閣を期して動き回るという、信念を貫き通すことに撤せずただ政治家として手腕を発揮したいという様相がはっきり見えてきた感じがする。その中でも桝添さんの入閣は不思議な感じで見つめている人も多いことであろう。安倍総理のやることなすことあれほど批判していた人がどうして入閣したのであろうか。やはり、あれ程批判するのであれば、入閣することなく党の体制の立て直しのために反対派の先頭に自民党の改革のために全力を注ぐべきと思う。小泉さんのように徹底して自分の信念を貫き通す政治家は極めて少ないと言うことであろうか。
9月2日
「朝青龍」の問題について
朝青龍の帰国についてが問題になっている折、脱税問題が絡んできた。朝青龍にとっては泣きっ面に蜂という感じであろう。元を正せば国の違いもあって性格や行動が受け入れられずわがまま的な面が相撲協会に反感を持たれたのだろう。朝青龍側からすれば横綱一人でおおごとしてきてたまには息抜きもしても良いと思ったのに違いない。サッカー事件でも相撲協会の処分がなければ事もなかったように元気な朝青龍がいただろう。いずれにしてもこのようにこじれたのは伝統を重んじる相撲協会と自由奔放な朝青龍の性格がうまくとけ込まなかったためだと思う。だとしたら、無理して治療などさせないできっぱり辞めさせたらいかがだろうか。この問題が長引いているのは相撲協会のはっきりしない態度が原因と思う。この際、相撲協会が毅然とした態度をとらないと長く続いた相撲の人気が急に衰退してしまうと思うのである。
9月3日
「朝青龍」の問題について心も体も
8月31日の上毛新聞のスポーツ欄に検証ー朝青龍騒動というコラムが載っていたのだがその見出しが「心も体も“土俵際“」であった。本当に当を得た見出しだと思う。最近スポーツ紙等も見出しがダジャレを入れたりして実に軽妙で楽しませてくれる。それと感動したのが挿入されている元千代の富士の九重親方の言葉だ。「優勝21回もした男だから、相撲勘や体力はすぐ戻るよ。問題は心。他人の視線とか報道陣のカメラを気にする状態が続けばだめだろう。」と相撲とは離れたことを言っているようだがカメラを気にしているようではだめで「何とでもかかってこい!!」と言う気概が必要なのだろう。朝青龍も慕い憧れる九重親方の言葉を真摯に受け止め堂々とマスコミや力士に立ち向かって欲しいと思う。
9月4日
パソコンの不思議
昨日はホームページを作り、送るのにどのパソコンがいいか試してみた。パソコンAはディスクトップで一番古くメモり256、Bは少し小さく携帯もできそこそこの機能でメモリ512、Cはビスタの入った今では機能の充実した内容メモリ1024、いろいろ試してみたがこれはと言う決定的なものは見つからなかった。結局は操作的なことを工夫すれば一番古いAのパソコンを使うことにした。とにかくこのパソコンは送信するのに時間がかかりこれでは買い換えなければいけないかなと思っていたのだが、ADSLを取り入れたら速度がすこぶる速くなりこのパソコンの危惧と問題点が解消された。今日Aのパソコンを使ってスムーズにホームページを作り、送ることができた。Aのパソコンを捨てなくて良かった。これもADSLがあったからでなければこんなうまい具合にいかなかったろう。パソコンというのはいろいろな関わりあいによって機能する不思議な機械と思うのである。
9月5日
夕顔の不思議
昨日近所の人が時間をみはからって私の家の柵に咲いている夕顔を見に来て「きれいね」と言ってくれた。夕顔は一日のうち見られる時間が少ないから見たいと思い、見た感慨も深いのだろう。見られる時間は天候等によって異なるのである。どのように異なるか調べようと思っているが複雑で時間のかかることかもしれない。それにしても美しい姿態を一日ほんの僅かだけしか現さないなんて男心をくすぐるではないか。今うちで咲いているのは赤花で小さい花であるが源氏物語の夕顔に似て妖艶そのもので日本女性美人の原点であるような気がしてならない。今日、夕顔は何時頃咲いてどんな表情で現れてくるだろうか。
9月6日
土佐選手の執念
大阪で行われた世界陸上、日本のマスコミもメダルを少なくても3個という予想が多かった。しかし結局は最終日前日までは入賞はするがメダルまでいかなかったのが実状であった。ということは日本選手は日本新等だして実力を発揮したが世界の壁は厚かったと言うことにつきる。世界の上位の選手となると実力は伯仲している。メダルへの決め手は執念であると言うことが最終日の土佐選手の銅メダルを獲ったことで証明されると思う。今回のマラソンは30キロぐらいまで8名がトップグループであった。それが突然ペースが上がり土佐選手がトップグループから離れてしまった。そのとき、私は日本人の力の差を感じとてもメダルを穫れるとは思わなかった。しかし、それこそ歯を食いしばり「どうしてもメダルが欲しかった」という根情と執念により3位を追い越してしまったのである。メダルを穫るには技術や能力だけではだめで「何とかしてやろう」と言う執念が大きな要素であることが分かったような気がする。
9月7日
種まき
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよくいったもので、この頃種を蒔くのが一番良いことに最近気がついていた。しかし、いつも種まきのことを思っているわけにはいかないから気がついたときに蒔いてしまえ、と思い種を買ってきて、まだ彼岸まで相当前なのに蒔いてしまった。それまで暑い日が続いていたのでリスクが多く方が萌芽率もかなり低いと思っていた。ところがである。種を蒔いてから雨の日が多く温度も22℃から27℃までの絶好の発芽温度が続いたのである。だからふだんなかなか芽のでない金魚草などの芽も5日ぐらいで出始めた。いい加減にやってもうまくいくときがある。だからといって私のやり方はいいと言うことではない。たまたま種を蒔いた時期と天候があったということだ。普段はなかなか思い通りにしてくれないいじわるな神様もたまには粋な計らいをしてくれるものである。
9月8日
キレる年代の変化
NHKの「クローズアップ現代」は今問題になっている事柄に科学的面からも現象面からも真っ向からぶつかって解明していこうという番組で興味を持って見ている番組である。先日「キレる」ということでいろいろな現代の現象を捉えていた。そしたら意外な事実が報告された。今まで「キレる」のは注意された若い人が多かったのであるが、最近はキレるのは注意する方で年代も30ー50代が多いと言うことである。注意を素直に聞かないと「みんなに迷惑かけるだろう、大きな声なんか出すんじゃないよ!!!」とかえって「おじさんの方が余程迷惑よ」と言い返されてしまうことになるのだそうだ。そういえば今の30ー50代は職場の中でも信頼されているとは言えず精神的に安定していないのかも知れない。それに「キレる」と鬱病との間に相関関係があるという。こう変わってきた現象も番組できめ細かく説明してもらえるとよく分かる。もっとわたしたちは30ー50代の人たちに優しく思いやりを持って接する必要があるかもしれない。
9月9日
白州正子の持ち味
今年の夏は暑かった。たとえクーラーを入れたとしても本をあまり読む気はしなかった。暑い年も9月に入り暑さも収まり、手始めに読もうと思ったのが白州正子の随筆であった。そのなかに「早春の旅について何か書けというお話ですがあいにく私にはこんな都合のよい思い出はない。」と言う書き出しのものがあったが゛プロの随筆が一般的に思っていても、こんな書き出しはしないだろうし編集者もそのまま載せることはしないだろう。結局は白州さんは何だかんだ言いながら「いささかだらけ気味の私の心も、そのときふと早春の気配に目覚める思いがした。」とうまくまとめ上げてしまうのである。この随筆の出だしなど却って思ったことをそのまま書き記す白州正子の特徴や味わいがあるかもしれない。
9月10日
内田百閧フ不思議な魅力
世に随筆集は多い。本屋に行っても、図書館に行っても随筆のコーナーは極めて広い。随筆というのはその人の立場で気楽に思ったことが書けるせいなのだろうか。私もホームページで随筆を書き始めたが、なかなか思うように書けない。そこで数多い随筆家から随筆のお手本の寺田寅彦、随筆家が薦める内田百閨Aまだ現役の阿川弘之を選んでできる限り多く読んでみた。さすが寺田寅彦は内容も軽妙だが少し堅い阿川弘之はうまくまとめているが少しくどい。そこへいくと内田百閧フ随筆はテンポも良いし、生活感が漂いユーモアのセンスも素晴らしい。なによりもたとえ百閧フ随筆を開いても意味がくみ取れるし味わい深い。詩と酒と琴を愛する風流人で、臆病でありながら合理的なものの考えをするところが多くの人を惹きつけるのだろう。もうこんな偏屈で味わい深い随筆を書く人は現れてこないだろう。随筆を書いていて行き詰まってしまったらまた内田百閧フ随筆を読むことにしよう。そこには随筆の活力が漲っているからである。
9月11日
遠藤農相の更迭
先日安倍改造内閣で農相になったばかりの遠藤農相が自身の組合長を務める農業共済組合の補助金不正受給問題の責任を取り辞任した。このように大臣になると問題が出てくるのはなぜだろう。本人が悪いのだか、任された人たちがうまく処理できないのか、事務所問題に関する法が未整備なのか私にはあまりよく分からないがこのようなことが多すぎる。考えてみると、公表されていない人でも問題を持っている人がいるかもしれない。かなりの確率でいるだろう。この際全員の議員の経理問題について調査してうやむやにせず膿を取ったらどうだろう。そうして政治資金のあり方をとことん検討して国民から誰が見てもクリーンな運営をして欲しいと思う。遠藤農相の更迭は遠藤さん自身の問題でなくこのような地盤を育てた政治の問題だと思うのである。これは政治家だけでは直せないと思う。国民一人一人の厳しい目と責任がこれを解決する一番の糸口であると思うのである。
9月12日
迷惑メール
群馬インターネットから突然「迷惑メールの調査依頼がありそれを調べたらあなたの登録番号であることが特定できました。対応措置をお願いいたします。」の意のメールが入っていた。「えっ、」と思い早速サーバーへ電話してみた。そしたら事細かく親切に対処法」を教えてくれた。今、よそのインターネットに侵入してアダルト系の迷惑メールを載せるのが流行っているそうである。今私はADSLを使っているので電源を使用していることが多くそこをつけ込まれたのであろう。何とか気をつければ何とかなりそうなのでとりあえずはほっとしたところである。インターネットはいろいろなことで役立てさせてもらっているがそれにしても迷惑メールを人のせいにする迷惑な人たちも増えていることは残念でならない。
9月13日
泣きっ面に蜂
思いもよらず迷惑メールの発信先と疑われ、それを晴らし対処法を聞いてほっとした矢先、パソコンが急に調子が狂いだし、速度が遅くなったり、入っていたソフトが機能しなくなったりした。迷惑メール等の侵入が影響していいるかもしれないが私にはまた神様のいたずらが始まったとしか思えない。「おまえはあまり苦労していない、逆境になれるようにしてやろう」と思っているのだろうか。それにしてもこんな落ち込んでいるときに泣きっ面に蜂なことをしなくてもいいと思うのだがこれを乗り越え解決したときの喜びは、何よりも代え難いほどの嬉しさを感じ、ますますパソコンの虜になってしまっているのである。
9月14日
野球は9対8がおもしろい
今セパとも上位チームが接戦を続けているが特にセントラルリーグは3チームが僅少差で日替わりで順位が変わるほど私がファンである阪神もその中に入っているのでこのところテレビにかじりつき放しというところである。その中でも7日の巨人阪神戦がおもしろかった。4回まで阪神が1対4でリードされていたが5回表に3連打等で4点獲って逆転したがその裏ホームラン2本打たれまた逆転された。ところが7.8回にやはり連打で3点入れて勝ったと思ったがね安定していた久保田がホームランを2本打たれて追いつかれてしまった。だがしかしである。抑えのエース上原を調子のよくなり始めた桧山がホームランを打ち藤川がきちんと抑えて阪神が9対8で辛勝してかなり形勢をよくしたのである。今まで8対7がおもしろいと思っていたがどうして抜きつ抜かれつで連打とホームランの応酬でチームの特徴が出ていてそれに阪神が勝ったこともあって今までにないほど見応えのある試合であった。
9月15日
シルバーシート
今年の敬老の日は17日であるが、私としては15日の方がなじみが深い。国鉄が1973年9月15日の敬老の日に東京の中央線に優先席を設けようとしたが、どんなカバーでどんな呼び名にしようか準備期間も少なく焦っていた頃新幹線の普通車のカバーの在庫がかなりあまっていたそうである。そこで責任者はその色がシルバーだったのでシルバーシートということで使用に踏み切ったそうである。もしオレンジ色があまっていたら、オレンジシートになっていたそうである。英語のシルバーには年寄りの意味はないという。日本でしかその意味は通じないそうである。現在はシルバーシートはなくなり、優先席となりオレンジや青などカラフルなものが使われているそうである。しかし、シルバーという言葉が定着していてシルバー産業、シルバーエイジ等多くのものに使われるいるようである。言葉の起源には思わぬ由来があろものだとNHKテレビの「ことばおじさん」を見てつくづく感じた次第である。
9月16日
深刻な医師不足
先日総務省が小児救急患者に対する24時間対応の医療体制の整備率が62%であることを示し厚労省に改善を求めたという。現在医師が少ないし、といって保険の関係で医療費の抑制が行われている。盾と矛の関係で両方うまく行きようがない。どうしたらいいのだろうか。金がないのに高い物を買いたがっているのと同じように見えてならない。そうでなければ国の予算を効率的に使い必要であるところに多く使うことである。ただ現在救急車の患者拒否が問題になっているので国民にこの必要性を強く感じとらせれば医師の増員に国も力を注ぐようになるのかもしれない。
9月17日
百才万歳
今日は敬老の日。NHKの番組で「百才万歳」という番組があるが百才になっても運動面でも文化面でも意外に元気な人が多い。先日宮崎の東国原知事が世界最高齢の111才の男性に祝い状と記念品を渡すところが放映されていたが、111才の男性が元気にお礼をはっきり述べていた。私の子どもの頃は百才以上の日本でも数えるくらいしかいなかったと思うが、今では群馬県で507人、桐生地区でも46人いるそうである。医療も進んで長寿の世の中になっているようである。ただ介護されている人も多いと思う。111才の男性の元気な姿を見てお年寄りは皆このように元気でいて欲しいと願わずにはいられなかった。
9月18日
安倍首相の辞意について
9月12日の12時のニュースを見ていたらスタジオがあわただしくなった。安倍首相が辞意を漏らしたという。麻生外相に聞いたら間違いないという。勿論私も驚いたが議員達もニュースを見て知った人が多かったようだ。所信演説をして代表質問を今日受けるはずでいろいろな準備をしてやっていた矢先のことなので与党野党の議員とも狐につままれたような顔をしていた。どうしてこんな悪いタイミングに辞意を表明したのだろう。本人は小沢代表との会談ができずインド洋での自衛隊の給油活動の見通しがつかなかったためと言っているが、とにかく思うようにいかなくなって疲れて体の調子が悪くなって、精神的に参ってしまってのだろうと私は思う。本人にとって当然の成り行きでも側近さえ分かりにくいほど今回の安倍首相の辞意の真意が分かりづらい。
9月19日
安倍首相の辞意について2
私は安倍首相については支持率がどんなに下がろうが、とにかく真面目に地道に一生懸命取り組んでいる姿に好感を持っていた。しかし、今回の辞意表明の時期とその事由を聞いてがっかりした。安倍首相はどんなときでも国のために精一杯がんばっていると思っていたが、仲間のことも考えず相談せずに決めたし、国民に対しての謝罪が少しも見られなかった。これを見る限り国に対しても国民に対しても何とかしてやろうという精神に欠け結局は自分のために負けて自ら辞めざるを得なかったということであろうか。私は気づくのが遅かったが、既に国民の多くは感知していて支持率も下がっていたのではないだろうか。人間としてはいい人であると思うが国を治めるトップとしては力不足ということであろうか。安倍首相なりにがんばっていただけに今回の的をはずした辞意表明されたことは残念で、残念でたまらない。
9月20日
RAG FAIR
RAG FAIRと言われて分かる人も限られていることであろう。訳すとRAG古着 FAIRバザー で仮装行列ということらしい。RAG FAIR流に訳すと「ぼろは着てても心は錦」ということでこれもおもしろい。それはさておき、RAG FAIRとは今若い人に人気のあるグループで娘がそのファンでライブの様子の録画を頼まれて知ったのである。どうせ、若い者が好きといってもかっこいいだけで音楽的にはたいしたことが思いこんでいた。しかし、聞いてみるとハーモニーとリズムがすばらしい。あっという間に虜になつて見ないはずが3時間ずっと見てしまった。アカペラというと堅い曲が多いのだがこのグループは世界各国のいろいろな音楽を取り入れてアレンジも素晴らしい。このグループは8年前関東の大学のアカペラをやっている人たちの選りすぐりが集まり結成して着実な人気を得ているという。ライブの映像を見たら観客は十代の後半と二十代の前半が多かった。それが私には不思議でならなかった。このグループなら世代を超えて人気があっても良いと思った。還暦こえた私でさえ魅力を感じるのだ。一度あなたもRAG FAIRに触れてみたら如何、アカペラの魅力にとりつかれ、若返ること受け合いである。
9月21日
ダジャレもいいぞ!!
ダジャレというのは子ども同士のふざけっこと思いきや新聞の見出しに使われたりトークの中でも割合多く使われいるようだ。先日民主党の鳩山さんがおもしろいことを言った。「安倍首相が辞めたのはプレーボールがかかってから投手(党首)が出てこないようなものだ」と言って少し言い過ぎではないかというマスコミの反応があるが、私はそう思わない。こんなにユーモアに富んで適切な表現はないと思っている。だじゃれいういうのは思わぬところで威力を発揮するもある。どんな言葉でも表現できないものを適切にしてしまうのである。私みたいみたいにしょっちゅう言っているのも何であるが、鳩山さんみたいにだじゃれでうまい表現をするとそのときの有様が克明に分かる気がするのである。
9月22日
パソコンのむずかしさ
先日テレビで百才になる婦人がパソコンをやっていて「皆はすごいと言うけれど、やってみればむずかしいものではないですね。決まりに従ってやればそれでいいのですから」と言っていた。多くのお年寄りはやりもせず毛嫌いして、いわゆる食わず嫌いなようなものでやってみればそれほど難しいものでないかもしれない。ただときどき思わぬことが起こるのである。実は昨日の随筆を打つのにいつもの3倍ぐらい時間がかかってしまった。原因を考えずまたデリケート病が始まったと思いこんでいた。しかしパソコン相談で聞いてみると打っても反応が遅いのは電池のせいかもしれないということで、電池を入れたら元の早さに戻すことができた。説明書に書いてないこともありやはり体験がものを言うのだろうか。こんなことを言うとパソコンはむずかしいものと勘違いされそうである。分からなかったなら聞けばいいことで、気軽に聞ける人を見つけることが、パソコンをやさしく使うこつであるかもしれない。
9月23日
競輪の並び方のおもしろさ
競輪を初めてやる人が奇妙に見えるのは走るときの並び方である。「どうやって並ぶのですか。」と聞かれたら「相手によっても変わりますが基本的には各地方別と各選手の戦法によって並びます」と答えるつもりである。だがそれが基本であるだけでここに人間関係のしがらみが絡むのである。同じ郷土の人でも仲のよい人も悪い人もいる。先日のスポーツ紙先頭の逃げの選手に後輩の追い込み選手が逃げの選手が速さを抑えたら追い込み選手が追い抜いてしまったのである。先輩の選手は「もう一生別線」と怒ったそうである。実は競輪の並び方は単純でないのである。競輪も何回か経験するといろいろなことが見えてくるのである。並び方だけ見ても選手間の人間模様が見えてくるのである。おもしろや、おもしろや。
9月24日
阪神優勝するかも・・・・
最近阪神が優勝する可能性が強いと思えて来たるその決定的な理由は打撃陣がよくなつてきたからでも投手が安定しているからでもない。岡田監督が明るく元気になったからである。少し前までは勝利監督インタービューなどあっさりしたものであったが最近明るく生き生きとした顔をして話している。だから選手も勝ってダックアウトへ来るときの笑顔もものすごく生き生きしている。ということは監督も選手も意欲満々と言うことでこれで、優勝間違いない思うのである。
9月25日
ああ勘違い
秋田県は18日、天皇、皇后両陛下の訪問に関する知事名の案内状で、「悪天候などの理由により」と表記すべき個所が誤って、「悪天皇…」と 誤った表記のまま上司の決裁を受けずに送付したとして、人事課班長の男性職員を訓告処分とした、という。今多くパソコンを使っていて前の文章を用いることが多い。だから私はこれを単なる勘違いととらえたい。間違いは誰でもあるもの・・、しかし、忙しいといえでも上司に見せなければならない。間違いはどうしてもおきるのである。間違いと勘違いは避けられれないのでその危険性を察知して見直しは何回もする必要がある。大切なことはいつも間違いや勘違いが起こる可能性があると言うことを自覚することだと思うのである。
9月26日
自民党総裁選公開討論会
今日はすでに自民党の総裁選の結果がでているはずであるが、この原稿は総裁選前に書いているので総裁が誰にまだ分からない状態である。しかし多分福田さんがなっていることと思う。以前は派閥単位の勢力によって総理が選ばれたことはあったが、最近は派閥にそれほどこだわらなくなってきたようである。このことで街頭演説をやったり、公開討論をやったりして。候補者の考えをよく聞けるようになったことは大変よいことだと思う。今公開討論会のテレビ放送を見ながら書いているが、記者の代表質問でありながら「麻生さんは女性に人気ないのはどうしてだと思いますか」とか「この前福田さんは年齢的に無理と言いましたがどうして出たのですか」など子供じみた質問が目についた。マスコミはもう少し大人びて質問をするようにしてほしいが首相になる人もマスコミの策略にかからず適当に交わす技術も身に付けるべきと思う。これが意外に首相の持続期間を長く保持する最も重要な手腕であると私は思っている。
9月27日
懐かしの味ソースカツ丼
私の実家の近くにソースカツ丼の店があった。元祖ソースカツ丼の店である。元祖というと結構幾つもあるものであるが新聞等の紹介を見てもここの元祖はかなり信憑性も持っていると思う。それはそれとして私のこどもの頃親戚の人たちがくると母が必ずソースカツ丼をご馳走としてだして私たち子供もご相伴にあずかったのである。そのうまさと言ったら格別でこの世の中にこんなおいしいものがあるかと思ったほどである。このところしばらく食べていなかったが見舞いに行った病院の近くが、実家の近くの店で働いていた人の店だったので家族揃ってソースカツ丼を食べることにした。やはり桐生の店のソースカツ丼の味が違う衣の味肉の柔らかさ米のつや表現しにくいのであるがとにかく食べてほんのりして生きていてよかったと思うほどである。娘が幼い頃ここへカツ丼食べに連れてきたらカレーを注文したが、その娘も今日は「ここのカツ丼は天下一品ね」とおどけて見せてくれた。故郷においしい物があるとうれしいものである。
9月28日
朝ドラの魅力
私は朝ドラ批判派でもうそろそろやめるべきであると思ったほどであるが「純情きらり」の主人公の魅力や内容の豊富さと展開の早さに魅了してしまい、それから朝ドラの虜になってしまい「芋たこなんきん」や「どんど晴れ」など夢中で見てしまったいるのである。とにかく約150回×15分だから約40時間の長編物であるから内容も起伏も豊富でなければならないので自然と惹きつけられるドラマになると思うのである。今回の「どんと晴れ」ももうわずかで、テレビでは次回の番組も紹介しているが番組名もややこしいので忘れてしまったし、内容も登場人物もとりつきににくい。そんなことで最初は戸惑って見ているかもしれないがいつの間にか真剣に見入ってしまうである。それが朝ドラの魅力と言っていいだろう。
9月29日
機械のデリケートさ
私はNHKの「叙情歌集」を一ヶ月前から楽しみにしていて録画の準備も順調であった。ただその放映日が倅がどうしてもとってほしい番組があった。でも二つのビデオがあるので難なくとれると思った。しかし、倅のはとれていたが私が予約したものは結局とれなかったのである。不思議なのはその理由である。予約が間違ったわけでもなく機械が悪いわけでもないと思った。「信号がありません」と説明書にない警告まで出る始末である。結局コードのつなぎ方をいろいろ変えたら何とか録画ができる状態になった。どうして直ったか皆目分からない。これ以上追求せず機械はデリケートなものとしておくことにしよう。その方が気楽に機械たちとつきあうことができるからだ。
9月30日
100円のゴム草履
私はどういう訳か靴下を履くのが嫌いである。従って体裁のいい少し高価な草履を履いていたのだが、雨に弱く履き心地があまりよくない。そこでゴム草履が割合運動に向いていることが最近分かってきた。と言ってゴム草履を求めて何軒かお店を回ったが「今時期でないので在庫がないのですよね」と言われるが現状であった。しかし、もしやと思い100円館に行ったらあったのてある。しかもしっかりしていてはきいいのである。走ることもなめらかで気持ちが良い。たった100円でこんな幸せを感じたことが今まであっただろうか!!!
10月1日
ああ!阪神!
岡田監督の顔色が良いので優勝間違いないと私が大見得を切ったのが10日前のこと、あれから連敗続きで優勝できないことが確定してしまった。私の判断の甘さといい加減さにはあきれるばかりである。それにしても連勝つづきのチームが戦力が変わらないのに7連敗もするのは不思議でたまらない。そこそこ投手も投げているし桜井、金本もそこそこ打っている。ただここはというときに抑えていないしここはと言うときに凡退となっている。これも私は10も負け越していたのに15も勝ち越した反動、疲れが急に忍び寄ったと私は思う。最近岡田監督の表情はよくない、ここまで来たら、割り切って考えることにしよう。クライマックスシリーズがでられたらもうけもの、ここで頑張って日本シリーズにでよう!!ああ!阪神!から、おお!阪神!へ、明るく行こう。
10月2日
記者会見の不思議
最近安倍首相や福田首相など記者会見の模様がテレビで放映されている。それを見て気づいたことを列記すると
・記者が司会をして代表幹事が質問をすること
・同じ人が再度質問ができないこと
・小さな新聞社や出版社はあまり質問できないこと
・時間が決まっているので話が深まらないこと
以上のように整然と行われるが迫力に乏しいのが公的記者会見の特徴である。もっと制限をなくし気楽に話せるようにしてほしい。それに引き替え事件の起きた場合などぶしつけな失礼な質問が多い。これも公的な記者会見のように仕切る記者がいるといいなとつくづく思う。何事も丁度よいというのはなかなかできないものかもしれい。
10月3日
相撲の稽古か暴行か
今17才の序の口力士が六月急死した問題が最近話題になっているようである。その力士の死体を解剖したら痣などたくさんあり傷害致死や傷害容疑が生じてきたとのことである。相撲の稽古の様子をテレビなどで見ると人の目があるにもかかわらずかなり厳しく鞭を使っての稽古もあるようである。相撲は厳しい訓練をしなければ強い相撲取りになれない。そこで各部屋とも厳しい稽古をしようと思うのだがいつのまにか厳しさと残酷さの境が見えなくなってしまうのだと思う。私も運動しているのだが、辛くなってやめてしまえばそれまでで、辛くても頑張り通して初めて運動になるような気がするし、何かやるときも辛いことを乗り越えないと何事も達成できないというのが六十余年生を受けて最近ようやく分かったことである。結局は親方が弟子のために一人の人間としてどれほど思って稽古をしていたかによって稽古か暴行かの判断がつくと思うのである。
10月4日
温暖化の深刻化
NHKの「クローズアップ現代」は現代の必要な知識を分かりやすく説明してくれるので時々見ている。最近、石垣島のサンゴは白化し、愛媛のみかんもできなくなり、北海道でおいしいお米がとれるようになったそうである。これらは人間の活動による二酸化炭素の増加で温度が上昇してきているからだそうである。それでも100年間に0、7度の上昇であるがこれから加速的に上昇する傾向であるという。世界的に温暖化を食い止めようと必死に努力しているようであるが、正直言ってあまり効果が上がっていない。今年の猛暑は九月末まで30度を越えることのある異常さであったがこれも温暖化現象の現れで気象学者が100年後に描いた現象とかなり似ているという。たとえぱ二十年後温暖化対策も人類は自分たちの都合により抜本的な対策を取れず、温暖化により不安定な気象現象を起こし、災害が多くなり生物系で大きな変化があり生活が圧迫するのに違いない。そして、二十年前もっと真剣に温暖化対策をしておけばよかったと嘆くに違いないほど人間というのは愚かな動物であると思うのである。
10月5日
散歩の穴場
昨年の今頃から始めたダイエットもずっと3キロ減でで安定していたのであるが最近外食が多いせいか元に戻りそうになってしまった。これは大変と食事も制限したがあまり効果がないので一日三十分の運動を二時間やることにした。運動と言っても私の場合、自転車でどこかへ行って散歩をするのであるがなかなか適当な所がない。それが一日目に良いところが見つかったのである。今工事中の高速道路の測道である。自動車が交通止めなので、車は走らない、道路は広い。私の散歩には最適である。こんな具合のいいことはない。私のダイエット作戦に良い味方がついたものだ。こんなおいしい穴場を利用しない手がない。これでうまくできなかったらここを教えてくれた神様に申し訳が立たない。
10月6日
どんぶり勘定
NHKの「ためしてガッテン」を久し振りに見た。「どんぶり勘定」ということで計算のおもしろさについてやっていた。たとえば87×83の場合、(8+1)×8×100+3×7で答えが出るのである。これには十の桁が同じで一の桁が合わせて10の条件はあるがそのほかインド算数などもおもしろかったがしかし、なんと言っても圧巻は「どんぶり勘定」という計算方法だ。ふだん計算の苦手な人でもこの方法だとスーパーで買い物をする場合100円以内の誤差で済むのであるスーパーのチラシで88、235、126、118、660円とすると四捨五入で百円単位のドンブリとして考えるのだそうである。そうすると1、2、1、1、7で足すと12で約1200円となり、実際の1227円とあまり差がなく、スーパー等で活用できそうである。一般的に「どんぶり勘定」とはいい加減なことをいうのであるが、この「どんぶり勘定」の計算はいい加減どころか算数の苦手な人でもかなり的確な計算のできるすばらしいスーパー計算方法であると思うのである。
10月7日
久し振り通販でCD
何回か通販でCDを買ったものだから、ときどき通販のCDの案内が来るが、もう買う必要がないと思って送る人には申し訳ないが見ないうちにゴミ箱入れてしまうことが多かった。しかし、今回は宗次郎のオカリナということで試聴版がついていきて音色がよかったことと、曲が愛唱名曲集と言うことで叙情的な日本の曲や私の大好きな「草原情歌」や「アメイジング・グレイス」が入っていたので、3万円はきついけれど思い切って買うことにした。はがきを送ってから一週間からたって送られてきて、かけてみたら「草原情歌」のきれいで心にしみ通るような美しい音色が響いてきた。これを聞いて高価だけれど思い切って買ってよかったとつくづく思った。
10月8日
合う曲と合わない曲
宗次郎のオカリナを聞いていて合う曲と合わない曲があることに気がついた。「八木節」はバックの流れるストリングも影響しているだけれどリカルドサントスの迫力のある演奏を聞いているせいかもしれないが威勢の良さが感じられない。そこへいくと「花祭り」は歯切れの良いオカリナのリズムと音色がぴたりとあって心地よい。それから「草原情歌」や「アメージンググレイス」のような重厚な心の響きもオカリナによくあう。こうみるとCDに挿入させられている曲はほとんどよく合う曲が選ばれていて私が会わないと思っているのはほんの少しでほんの趣味の違いによるものかもしれない。いずれにしてもオカリナの曲を聴いていると心が洗われるようですがすがしい気持ちになる。従って合う曲と合わない曲なんて微々たる着眼点であまり問題視しない方が良いのかもしれない。
10月9日
塞翁が馬
先日教員時代の同僚の展覧会に行ってきた。その人は二十年間教員生活をしていたが脳腫瘍にかかり大手術をして医者も驚くほどの回復ぶりだったという。しかし一般人の健康とは違ってリハビリしたり入院をしたりしていたそうである。そんなとき蝋画(ロー画)を始めて、それからもう15年になるという。ロー画は油絵にはない独特な線の細さ色合いの深みが魅力である。展覧会場へ行ったときたまたまその人がいた。会場には50点近く飾ってあったがほとんど一年間に描いたものであるという。よく頑張ったものだ。主婦の生活を午前中におわして午後ほとんど絵を描いているのだそうだ。私が冗談交じりで「病気になってよかったね。元気だったら厳しい教員生活を強いられて今頃ねを上げているかもしれないよ」と言ったら、変な顔もせず「私もそう思う。」と笑顔で言っていた。塞翁が馬の故事のように、「福必ずしも福ならず、禍必ずしも禍ならず」で何がしあわせになり、何が不幸になるか、前もって知ることが出来ないことをつくづく感じた日であった。
10月10日
力士死亡事件
時津風親方の会見時津風親方が会見したことで相撲協会は無断で会見したことで憤慨しているようであるが真相を知りたいものにとってはありがたいことであった。会見ではビール瓶で殴ったのでなくて小突いただけと言い、火葬にしておきたいというのは、部屋で葬式をしてもいい、と言っただけという。この辺のことは双方違いのあることはよくあることである。ただこのことで大事なことは片方の意見だけ聞いて判断してしまうのはよくないことでマスコミのよくやりがちな報道の手段である。今回の会見は親方側の意見を一テレビ局が聞き出したことはスクープで正確な報道目指すことしてはすばらしいことであると思う。
10月11日
ああ勘違い!!
旅行に行くのに参考にしようとインターネットで観光会社について調べようと思ってパソコンに向かった。半年前行ったときには覚えていたがうろ覚えだったが、おおすみ観光で調べてみたらあったのでこんなものかと思っていた。後で聞いたらおおるり観光が本当だったそうである。もし同じようなものがなかったら調べ直して目的のものが調べられたかもしれない。こういう事もあるから気をつけなけりればならない。以前に計算の試算で何回もやり直すよりも一回で合ってしまって実は間違いでしたという程、悲惨で大変なものはない聞いたことがある。思い違いは近いものが多いような気がするが今回のように思い違ったことが偶然あってしまったことは神様の仕業と思ってあきらめるしかないだろう。
10月12日
運転手は大社長1
先日同級会の旅行に行ったときの一日目のバスの運転手さんが大会社の社長と言うことが分かった。大会社とは私の判断であるが、上場されていないといいながらもホテルを20軒、バスを100台そのほか関連のドライブイン修理工場等を持っていれば大会社の社長と言ってもいいと思う。その社長は実に腰の低い人で幹事の無理な注文も笑顔で快く聞いてくれたのでそのときは今頃めずらしいよくできた運転手と思っていた。ところが後で社長と聞いて皆唖然としてびっくりしてしまったわけである。大社長と言えば大きな建物に豪華な社長室であぐらをかいて座っていると思っていたが会社もプレハブのようなところで事務員も二、三名でどうみても零細企業しか見えないそうだが事業の内容は大企業並みだそうである。私は「社長が運転手をしていると事業や社員の監督などが疎かになるのでないか」と尋ねたら「運転するのは一年数回だ却ってお客様の率直な声が聞けて言い」と聞かされた。なるほどと思った。
10月13日
運転手は大社長2
二日目の運転手の私たちの帰路の運転をしながら社長の立志伝を語り始めた。社長の出は貧しい家であったがふつうの会社に勤めていてこつこつ節約してためていたそうである。奥さんの実家の鬼怒川に来て民宿を始め旧いバスを買って送り迎えをしているうちに役場によって老人会の住所録を聞いて手書きのダイレクトメールなどを送りつづけたそうである。そうこうしているうちにお客が増え始めホテル二十軒、バス百台、ドライブイン、ガソリンスタンド、修理工場など関連する職業はほとんど持っていると言うことだから合理的な経営はできるだろう。それにしてもこんな大社長が運転手もしていて腰の低い一般の運転手の格好をしているのが不思議でならなかった。しかし、本当の立派な大社長は形振りはそう見えなくても順調な業績をあげ従業員の幸せのために奮闘するのが本当の大社長かもしれない。
10月14日
社長の商法
一泊二日で塩原に泊まって飲み放題で桐生から塩原まで送迎付きで6250円で全て上がってしまうそうである。二日目の運転手に「どうしてやっていけるのですか」と聞いたら「それだけでは赤字になってしまうがドライブインの収入が馬鹿にならない」という。そういえばドライブインには始終次から次へとお客さんがたくさん入っていて、できたてのまんじゅうを配り活気に満ちていて帰りにまんじゅうを買う人も多い。「だからバス代などはドライブインの利益で賄えるので徐々に会社が大きくなっていて銀行でもどんどんお金を貸してくれる」という。ドライブインでは客の回転をよくするために座布団を使わないという世知辛い手段を使う一方、無料で塩原バスツワーで「文学散歩」を組んだりして塩原の良さをアピールさせようとしている。この辺が憎い。通常の成功者と考えることが違う。塩原の繁栄は会社の繁栄と思っているのだろう。この人こそ本田技研の初代社長や松下電器の初代社長と匹敵するぐらいの社長で自叙伝や伝記を是非出してほしい人である。
10月15日
社長の人間性
社長が新桐生駅に来たとき、かなり予定時間より前に来ていてこちらの無理な注文もにこやかに迅速に対処してくれていた。「先ほどは心遣いありがとうございました。これでお袋の介護のためのバンパスも買ってやれます」等冗談もよく言って笑わしてくれた。腰が低くユーモアに富んでいていつも明るく元気、これが社長のすばらしいところだと思う。また、思うような仕事をしない従業員には「もう少し、他の所の勉強してきてくれ。ここで働けると思ったら来てくれ」などと言うのだそうである。その理由は「どんな人も悪い人はいない。目覚めればきっと一人前になれる」のだそうである。ここまでくると大人(たいじん)である。孔子や孟子の聖人の世界と言ってよいだろう。運転手姿の聖人、いても決しておかしくないだろう。
10月16日
我が「いずみ」の会の良さ
私たちの同級会は昭和29年に小学校を卒業して以来、50年以上毎年会を開いて和やかに過ごしているのである。まして、最近は年二回旅行をしたり、近くの者だけであるが新年会や忘年会を行い、四年後には海外旅行も考えているほどである。全国に同級会か数多いと思うがこれほど絆の深い同級会も少ないのではないかと私は思っている。「どうしてなんだろう」と考えてみた。
・受け持ちの八重先生が私たちのことを真摯に思ってくれてずっと見守ってくれた。
・男女の関係のバランスがよく女性上位で男性もやるべき事はきちんとした。
・小学生の頃から皆仲良く思いやりの心を持っている。
・役員は積極的に行動し、会員も役員を たてて協力している。
・会自体もカラオケなども盛り上がり、思い出話等もいろいろあって話が尽きない。
こんなことが理由だと思っているが、もしかして核心の理由がこのほかにあるかもしれない。いずれにしてもこの会は長く長く続くであろう。何年後には先生も入って天国で同級会をやっているかもしれない。
10月17日
フランス料理1
先日叔父の法事へ行ったら格式高いフランス料理をいただくことになった。このコップはワイン、ビールといちいち説明していた。私は丸めのコップがいいと思ったら新人らしい人が「それはちがいます。このコップを使ってください。」と言ったので「私はこっち方で飲みたいのだけれど」と言ったらベテランの人が「それで結構です」と言てくれた。ここへ来る人はフランス料理の勉強をしに来る人が多いのだろうか。「おさげしてもいいですか。」と言われると食べたいと思っても「はい」と返事をしてしまうらしい。私の座ったグループはへそ曲がりが多かったのだろうか、「まだ置いておいてください」とはっきり言っていた。ここは日本なのだから無理に格式張らなくてもいいような気がする。無理強いせず気楽にフランス料理が楽しめるように是非若いウエーターを教育してほしいものだ。
10月18日
フランス料理2
私は約40年間教職をしていたが人数の少ない特殊学級を受け持っていたので、あまり教え子が多くない。その中で奇特な生徒がいて「先生お世話になったので招待したい。」と言って自分のホテルでフランス料理を作ってくれた。それは最高級のフランス料理らしく、見た目も味もすばらしく驚くばかりであった。それから10年ばかり経った、最近法事のフランス料理を食べたとき、教え子のおいしいフランス料理を思い浮かべ、福祉作業所のこどもたちにも是非食べさせたいと思い、嬬恋村の教え子のホテルへ行くことにした。そこはコップやナイフの数もやや少く箸も置いてあって私などは箸でほとんど食べていた。料理の味も吟味されており、こどもたちも「こんなおいしいフランス料理は始めて食べた」と言ってくれた。はっきり言って格式高いところのフランス料理よりも田舎の心のこもったフランス料理の方が数段うまく数段上のような気がしてならなかった。
10月19日
思わぬところでインターネット
今一流どころのホテルだとパソコンを持って行かなくても自分のパソコンのようにインターネットができるところが多いようだ。山の静かなプチホテルでは多分できないと思ったが、万が一の期待を込めてパソコンを持って行くことにした。プチホテルへ行って電話線のコネクターを調べると線が繋がらそうだし、0発信で直接できそ見事に繋がった。あきらめることなく万が一に期待を込めることもいいことだと思った。
10月20日
懐かしい教師の仲間
今日、25年前に笠懸北小で一緒だった教師と20回目の例会を開くことになっている。たぶんあったら昔のように若返って昔話に花が咲くことであろう。そして、今このメンバーで学校を運営するとしたなら、公務分掌もすぐ決まり、すぐ仕事に取りかかれるような気になるであろう。それほどこのメンバーは努力家揃いで、チームワーク抜群で、子ども達のために精一杯尽くし、遊ぶときには夜通しカラオケをするほど徹底的に遊んだものだ。今は会議に追い回されたり、保護者に変な気を使ったりして、子ども達と接する時間も少なく、充分子ども達のために尽くせない状況にあるようで、現役の教師の人たちは「昔の笠北小はよかった」と当時の充実していた学校生活を懐かしむであろう。ともあれ、こどもたちのために一生懸命頑張った青春を振り返る意味でも一年に一回のこの会は私にとって貴重で、楽しいひとときを過ごすことになるのである。
10月21日
与党と野党の無意味な代表質問
先日衆参両議院の予算委員会で代表質問が行われたが与党は与党で以前の桝添氏のような突っ込んだ内容の質問はなく八百長的質問が多いし、野党は事務経費問題で執拗までも首相を追求していた。野党は政策の論争よりも首相のあら探しをしてうまくいったら鬼の首をせしめようしている。何よりもその魂胆が憎らしいし、意地汚い。ましてテレビ中継されることが分かっているのだから、国民の立場に立って生活に密着した国民に分かりやすいような代表質問は是非してほしい。
10月22日
マウス
マウスなしでパソコンをやっている人をよく見かけるが、私はマウスの使いよさと心地よさは何ともいえずパソコンにはなくてはならないという意識がある。しかしノートパソコンにはついてこず、前にお店に行ったとき、なかなか思うようなものがなく、機種によってあわないものがあったり、ドライバー取得のためソフトを入れなければならなかったり、かなりの高額の印象があったものだから、マウスを買うのをためらっていた。ところが、ふと電機屋さんを覗いたらあったのだ。千円以下でUSBで差し込むだけで使える手頃のマウスがあったのだ。家に帰ってみたら、使いいいことこの上なく、ホームページの更新をするのにもリズムよく快適であっという間にできてしまった感じである。マウスとはよく付けたかわいい名前である。感覚のよい現代っ子という感じで現代の機械文明の申し子と私は言いたい。
10月23日
100円館のありがたさ
先日これから散歩を始めようとするときに、私の時間調整さえすることのできないが肌触りのよいお気に入りの電波時計の電池が切れてしまった。そこで買ったお店で電池を取り替えてもらおうと思ったら、「ここでは扱えません」、「電池を入れるだけでよいから」と言うことで受けてもらって30分後に行ったら、ねじ穴が削れているので交換できません」と言われて切ないと思っても、今日は時計を欠かせない散歩コース行くので、時計コーナーを覗いてみたけれど見やすい適当な時計は見つからなかった。そこでもしやと思い100円館へ行ったら、見やすいすぐ使えそうな時計があったので買った。ついでに買おうと思っていた、バンドを三個、ネクタイ二枚を買った。合計630円で満足のいくバンドと小綺麗なネクタイを買うことができた。10年程前500円のネクタイは売っていたが、見るからに安いっぽい感じがしたがこのネクタイはプロでなければ見分けがつかないほどよくできていて「3000円したよ」と言ってもほとんど疑われることがないと思うほどよくできている。今ガソリンの高騰がたたって、パンやテイッシュなどの日常生活用品が一斉に値上げし始め、税金、保険料も徐々に値上げしているようである。こうなると安くてもよく見るといい品も結構ある百円館を使わない手はナイ。値上げ地獄で100円館仏に会ったような気がする。「ありがたや、ありがたや・・・」
10月24日
種まきのよさ
今大型の園芸店に行くと、結構人が多く園芸愛好者が増えてきたなと実感がするのである。見ていると花が咲きそうな苗を買う人がどうしても多いようである。種のコーナーにいる人が少ないから種をまいて育てようとする人は意外に少ないようだ。私も始める前は難しいと思っていた。しかし捲く時期と土に気をつければほぼ芽が出てくるもので、芽が出てきたなら成功したようなもので、何とか順調に育つようだ。プランターに捲いて少し大きくなったら、別のプランターに植え替える。小さいものが日一日と少しながら大きくなると言うことは育てる者にのとって力強さと生きる喜びを感ずるものである。せめてここに書くことによって、一人でも種をまく喜びを味わってほしいと心から思っている。
10月25日
菊作りのむずかしさ、
小さい頃からあまり植物に興味がなかったはずであるが、たいした理由もなくいつの間にか草花に対して興味を持ち始めたのは、もしかしたら教師になってあまりにも植物に対して無知であったことを、自覚したからもしれない。それから退職して時間があり、植物に接する時間が増えたせいかもしれない。たとえばほっといてもきれいな花が咲くものもあるし、そんなに本を読まなくても、熟練者に尋なくても家で見る分には満足出来るものである。しかし私にとっては菊は難物である。本を読んでも熟練者に聞いても、一年目は花が小さかった。鉢が大きすぎたようだ。今年の二年目は葉っぱが焼けて育ちが悪かった。日が強すぎたようである。友達は「俺も始めた頃はそうだったよ。二十年やってやっとこんなものだよ。」と謙遜しているがその友を見るとすばらしい技術者でどうしてこんなにうまくできるのだと感心以外は考えられない状態であった。私はこんな事が何年続くのであろう。来年は来年で新たな課題がまたでてくるのに違いない。難しいからまた挑戦してみようと気になるかもしれない。菊作りが私の根気力をためす試金石になるかもしれない。
10月26日
落ち着きはパソコンのおかげ
先日山川会の20回記念会に出かける前に一仕事やろうと思ったら急にプリンターが調子を崩してしまった。気分よく出かけようとしたのにあれこれ悩み手だてを講じたが、うまくいかなかった。これで折角の日を台無しにしてはと思い、「落ち着いて!!」と自分に言い聞かせプリンターはあきらめて修理に出すことを決めプリンターをすぐ店に届けるようにした。それが功を奏してか、会で随筆を少し読まなかったり、幹事とのすれ違いもあったが、多くの人と快く談話できたり皆と元気よく懐かしの校歌を歌えたり、二次会のカラオケで上手になったと褒められりした。出先に躓いたが何とかそれを忘れてそれなりに充実した楽しい日であったようだ。それもパソコンがトラブルを生じさせることにより自然と私の心を鍛えているせいかもしれない。
10月27日
不思議なこと
今日久し振りに内田百間の随筆を読んだ。「東京日記」という日常のことを書いたものだが、酒屋にいる者が狐に見えてきたとか、亡くなった人が現れたりして、そんなのことないはずであるが、百間にかかるとそれが自然であるような気がするのである。それは日常的でよくありそうな事柄なのである。「丸ビル」が見えたり見えなかったりするのである。天気や場所のせいでなく実際そうなるのだそうだ。百間は「これだけ大きな建物になれば時時はそう云う不思議なこともあるのだろうと考えた」と結んでいるが、この辺が百間の一流の独特な文才の現れであろう。この本を読んだ直後私のみにも不思議なことが起こったカメラのバツテリーを本の上の分かりやすいところへ置いておいた。ところが何度見ても本をどかしても見つからないのである。百間の随筆のようにこんなこともあると思い、あまり気にせずにいたら、すこしたったら出てきたのである。年寄りの物忘れとか神様の仕業とか考えないで百間のように「不思議なことはあるものだ」と思うことにした。
10月28日
アメージンググレイスと宗次郎の威力
車に乗って何気なくCD〜を聞いていたら、荘厳で叙情的で胸に迫るような美しいメロデイが聞こえてきた。宗次郎のオカリナで「アメージンググレイス」であった。バックのオーケストラの演奏もきめ細やかである。心が洗われるようであった。神様が現れたようだった。私は通りの激しい県道の左端に車を止めて透き通るような綺麗な曲に聴き入った。これもアメージンググレイスの曲とと宗次郎の演奏の威力によるものであろう。私は一瞬車の中で神様の慈悲深く輝いているアメージンググレイスを見たような気がした。いや、しっかり見ることができた。
10月29日
競輪随筆の投稿について
私はホームページに毎日書いていて、それをまとめて冊子を作り、見た人からお世辞半分のお褒め言葉に気持ちよくしていて多少自信めいたものが芽生えていた。そこへ競輪雑誌から「競輪エッセー大募集」の大賞20万円の募集要項を見て、そこで9月7日締め切りにもかかわらず、雑誌を見たその日7月26日に書いて送付してしまった。「受賞者名の発表は事前に本人にお知らせします」10月上旬は電話が鳴る度にもしやと思い電話が鳴る度に心ときめかせ受話器を取るとセールスの電話ばかりであった。もうあきらめるべきとは分かっていても当選者発表の雑誌の到着を今か今かと待っているうぬぼれの強い才能のない随筆好きな哀れな男が今この原稿を書いている。
10月30日
競輪随筆の結果について
待ちに待った競輪雑誌がポストに入っていた。早速随筆当選発表の欄を開けてみた。応募者が多かったので百名の候補者作品名とあった。百名の中に入れたらいいなと思っていたから、望むところと必死に見たが、何度見ても私の名前はなかった。私の極少ない多少自信持っている随筆、せめて1割の確率では載ってほしかった。残念だった。まだまだ力不足であった。もっともっとよい随筆を読んで、毎日もっと時間をかけて洗練されたユーモアに富んだ心に響くような随筆を書いてみたい。
10月31日
霜降なのに
10月24日は霜降という二十四節気の一つであった。私は季節の様子を知るには二十四節気が一番分かりやすく種まきの時など季節の特徴などを知る上で大切なものと思っている。霜降とは秋も深まり冬の訪れの感じる霜が降りる頃のことを云うという。しかし、このところ霜の降りる気配もなく霜に弱い私の大好きな花デプラデインの花がピンクの花が衰えも見せず元気よく咲いている。二十四節気も温暖化の関係でいくらかずれてきたのだろか。もちろんそれでも季節の感知の指針になるのであるが霜降の日にデプラデインが鮮やかに咲いているのはやや異様な感じがしないでもない。
11月1日
毎朝花を見る楽しさ
最近、「趣味は」と聞かれて、パソコン、写真、随筆の後に迷いなく「園芸」といえるようになってきた。それは退職して草花と接する時間が増えてきたせいかもしれない。朝必ず家の周りを回って花などを見ることにしている。できるだけ朝だけにしているのは成長の過程が分かりやすいからである。たとえば菊の一種セザンヌの花が一つ増えたとか菊の花びらが少しふくらんできたとかが目に見えてわかるからである。自分のこどものように日一日成長する姿がいとおしいのである。草花を好きになって本当によかったと神様に感謝している。
11月2日
ミュージュカルの好きなわけ
娘に衛星放送を録画してくれと頼まれた。舞台「ザ・ヒットパレード」のミュージュカールだそうである。娘はどうして録画したいか分からなかったが見ているうちに娘の好きなRAGFAIRが出ていることに気づいた。最初は舞台でセリフのやりとりで見るのをやめようかと思った。そのうち歌がメロデイで始まるとテレビの前に釘付けになってしまった。結局歌を聴くことが好きだと言うことなのか。私の好きな映画をあげると「ウエストサイド物語」、「サンドオブミュージック」「オリバー」、「ハロードリー」等皆ミュージュカル映画である。ということは歌と踊りが好きということか。しかし踊るのは大の苦手である。ミュージュカルの美しいハーモニー、躍動感が何とも言えないのだ。といってどうして私がミュージュカルが好きなのか分からない。今この放送の「若いってすばらしい」を見ているが二十人の歌手たちの動きがすばらしいし二十人の歌手たちのハーモニーがすばらしいのだ。「だからミュージュカルがすばらしい!!」今のところこのことしか言えない。
11月3日
勘違いの大失敗
有明会の旅行があると云うことで連絡先ぐらい控えておきたいと思って、インターネットで尾瀬の加倉温泉で調べて見た。そしたら、その項に30ぐらい載っていた。そして私のホームページの原稿がトップに載っていた。どうも様子がおかしいことに気がついた。尾瀬と加倉温泉の接点になる記述がなかった。いろいろ調べているうちに、加倉温泉というのはなく戸倉温泉が正しい名前であった。私が尾瀬の加倉温泉を作った形になってしまった。恥ずかしい。恥ずかしいったらありやしない。しかし直しようがないのは実状である。間違いが正しいことのように、インターネットに載ってしまうことになるとは夢にも思わなかった。これから、間違わないように、責任持った書き方をしないとえらいことになると思った。
11月4日
守屋前防衛次官の態度について
今ゴルフ接待等問題になっている守屋防衛次官はときどきテレビに放映されている。このようときに自宅前等で一般的に逃げ回るか感きわまる場合が多いの落ち着いて記者の質問に答えている様子が目についた。倫理案を作り監督すべき人が自ら犯していることは言い訳できない事実であろう。ただ真偽のほどは分からないがそれほど悪いことをしている感じがしない。知人が会員の場合素直に特典に応じてしまうのはよくあることだと思う。それは守屋前事務次官の落ち着いた態度に起因するもので私の判断が間違っているかどうかはいずれ証人喚問等で明らかになるであろう。
11月5日
落合監督の采配
日本シリーズは4勝1敗で中日が制覇したが第五戦で話題になったのが山井投手が八回までパーフェクトに抑えていたのに九回に抑えの岩瀬投手を落合監督が起用したことである。常識的には完全に抑えていたのであるから、少なくてもランナーを出してから、起用するのがふつうであろう。私がもし監督だったらやはり日本シリーズでは完全試合がないので大記録を作らせてやりたいと思うので山井の続投をさせたであろう。といって八回まで完全でも九回まで持たないことも現実には多い。落合監督の九回に岩瀬を投入したのはいつのパターンで勝とうというオレ流の徹底した考えの現れであろう。落合監督というとかかあ天下と知られているが、それどころではない、今までのセオリーに反してまで自分の考えを通す、男の中の男という感じで私の考えとは違うが敵ながらあっぱれと云う感じがしてならない。
ー後日、山井を替えたのは「まめ」ができためと発表があったが大筋はあっていると思うのでそのまま載せることにしたー
11月6日
「若いってすばらしい」
娘に頼まれたビデオをとって、見ていたらその中で「若いってすばらしい」と言う歌が、リズミカルで明るい歌ですぐ気に入って覚えたい気分になった。このくらい知られている歌なら歌集にも載っているだろうし、歌集に載っていなくても一万曲のストックのあるサイトなら簡単に見つかるだろうと思っていた。ところがである。歌集にもインターネットでも探してもこの曲が出てこない。仕方ないので聞き取りでやってみて、家のものにも聞いてもらったが、二番の「だから涙さえ・・」の後がよく分からないのである。結局は歌手が間違えたか忘れたのであろうということになって、「涙さえつきはてる」ということで歌うことにした。それでもすっきりしないので家中の本棚から見つけ出そうとして30分ぐらい見つけたら「日本歌謡大全集」という本に載っていた。
11月7日
「若いってすばらしい」2
その歌詞は「だから涙さえすぐかわく」であった。そうなると覚えたいという気持ちが突如芽生えてきた。私の部屋で一時間みっちり練習しても覚えられなかった。あと一時間ぐらい練習して、散歩の時に歩きながら歌ったみた。そうしたら何とか歌えるようになったのである。家の者の前で歌ったら「おとうさん、よく覚えられたね、お父さんって若いね・・・」と言われて悪い気がするわけがない。つい調子に乗って、最後の所「若いってすばらしい」の三回も大きい声で歌ったら、パチパチの大拍手であった。若ぶるってすばらしい !!!!!
11月8日
「有明会」の旅行
有明会というのは特学担当者だった教員が退職してからもずっと1年に例会と一泊旅行をして懇親を深めている会である。つい先日尾瀬方面に行ってきた。紅葉の見頃で大変鮮やかで綺麗であった。そのとき校長先生歌のしおりを作ってくれてその中に私の作った替え歌会歌が載っていた。
春風吹いて桜が咲いて
入学式がくっきり浮かぶ
素直な子らと手と手をつなぎ
ぬくもり感じ心が躍る
あの子供らのやさしさ求め
話が弾む有明の会
この歌を歌ったら障害の子供らの素直さとこの会の和やかさにじーんと胸が熱くなった。帰りのバスで先輩に「楽しかったんね、来年また行こうね!」の弾んだ声にまたもジーンと来てしまい、バスから降りる足も止まってしまい注意されるほどであった。
11月9日
江口きちについて
有明会の前回の旅行で江口のきちの墓を見に行ったのであるが今回も近くに来たので寄ることにした。この会の人たちは江口きちに対して資料を集めたり、きちの歌のテープを聴いて楽譜をおこしたりして、皆強く関心を持っているようである。墓に刻まれている辞世の句「大いなるこの寂けさや天地の時刻あやまたず夜は明けにけり」を唱える者もいた。確か江口きちの親族は今いないはずであるが、花も生けてあり墓も綺麗になっていた。江口きちが慕われるのは短歌の才能があったにもかかわらず兄が障害者で父が流れ者の家庭環境の悪さ、妻子持ちを好きになってしまって自殺をさぜるを得なかったところであろう。帰りにきちの店跡を運転手さんの好意で見せてもらった。私もきちの真似をして短歌を作ってみた。
店跡を見たら直ちに現れて挿絵のごとくきちが見送りぬ
11月10日
尾瀬戸倉温泉の効能
温泉に行くと効能が書かれているが実際はそんなに効くものではないと思っていた。しかし、昨年この温泉に入って医者でも薬を飲んでも貼っても効かない腰痛がいっぺんに吹き飛んでしまったのである。だから今回の有明会の旅行では膝痛がひどかったのでここの温泉の湯に期待していた。今まで温泉に来て湯に入るのは一度くらいで、入らなかったこともあったぐらい不精者であった。しかし今回は着いてから、宴会後、次の日の朝、散歩後、出発前と五回も入ってしまったのである。誤解しないように言い添えておくが、私だけでなく他の人もここの温泉の効能には驚いていてたっぷりお湯につかっていたようである。今回は膝痛がかなりよくなったが完治まで行かなかった。しかしここの温泉の効能がきには嘘はなく確かな効能が感じられるのである。
11月11日
ちょっと分かったこと
最近ちょっと感じたことがある。ひとつはテレビで「今年は紅葉が遅れている」と言っていたが、尾瀬の大清水では明らかに去年よりも早く紅葉が終わっているのである。遅れているは概してあって全てでないということが分かった。もう一つは同じものでも温度によって味が違うことである。ウイスキーに常温の水をいれたら全然おいしくなかった。ウイスキーに氷を入れたら味わい深いおいしい飲み物になった。何か新しい知識を持つとうれしくなり人に知らせたくなるものである。
11月12日
ご馳走とは
旅行の時友人が「今の若い人は普段の食事には手をかけず一品ぐらいで貧しい食事をしているのに外食をご馳走と勘違いしてよく外食をしているようだ。」と言っていた。同じ金だったら普段の食事に手をかけて家庭のぬくもりのある料理を手がけるべきと思う。この前友人の家で昼食をご馳走になったが、天ぷらにしても、ネギぬたにしてもきんぴらにしても皆手作りで時間をかけて作ったものである。決して材料の高いものはない。私はキャビヤやフカヒレのスープなどよりも手をかけた心のこもったネギぬたやきんぴらなどが最大のご馳走と思っている。
11月13日
江口きちが知られたわけ
9日に江口きちが慕われわけとして「短歌の才能があったにもかかわらず兄が障害者で父が流れ者の家庭環境の悪さ、妻子持ちを好きになってしまって自殺をさぜるを得なかったことであろう。」と書いてみたがその後で「武尊の麓」の河合酔茗の序文による力も大きいのではないかと思うようになってきた。
「きち女は格別歌道専修に志してゐたのではないから、作品価値の上から言へば、第一流の歌人と肩を比べるわけにゆかないのは勿論だ。(略)短歌本来の機構様式に照してみて、技巧の不備、格調の不自然、語彙の不足等の欠点を免れ得なかつた。それにも拘はらず人を動かす力があるのは、きち女の気晩が歌の形を籍りて真実われわれに迫つてくるからである。きち女の歌には、厳しさ、清しさ、寂しさ、正しさ、澄み徹る、しみら、などの言葉が好んで用ひられてある、が、それらの言葉は如実に彼女自身の性格を反映せしめてゐるこの文を読んだらきちの歌を読んでみようと思うであろう。」
とそれだけ酔茗がきちの歌に心撃たれた打たれたからこのすばらしい序の文が書かれたからであろう。酔茗の短歌の読み取りの深さと短歌を人間的視点からとらえた短歌の原点から表現力はこれからもこのようなすばらしい推薦文は出てこないと思うのである。
11月14日
パソコンのCD聞こえたぞ!!
私は三台のパソコンがありそれぞれ特徴がある。Aは写真が取りやすいが遅く操作に時間がかかる。Bは早く操作が早いがソフトに対する順応性に乏しい。Cはホームページが作りやすいが音が出ない。パソコンによって長所短所があるので使い分けて使っていた。それでも時には不便なこともあるのでCのパソコンに音が出せないものか考えてセットアップガイドを読んでみた。そしたらパソコンのお助けナビに詳細が載っているという。そこでナビを開いたらセットアップガイドを見よ、と書いてある。こういう手違いはパソコンにはよくあるもので、考え直したら、メーカーに直接聞くのが一番と思った。電話すると女の子が分かりやすく教えてくれた。ドライバーを入れ直せばいいとのことだった。こんなことだったら簡単にナビにもセットにも明示できのにと愚痴を言いながらやってみたら、宗次郎のオカリナの音が聞こえてきた。愚痴など忘れそれこそ爽やかな気分になり、時間を早め晩酌をすることにした。
11月15日
いずみの会の歌
何気なく古い物を整理していたら、二十年前作った小学校の同窓会の歌の楽譜がひょっこり出てきた。この歌は作ったものの歌いづらいこともあって長続きがしなかった歌なのでそのまましまいこんでしまうと思ったがちよっと詩に目を通したら
浅間山へこっそりと遊びに行って叱られた
あの頃のことなつかしい 話がはずむいずみの会
離れていても心がひとつ
と自分で作ったのに言うも変だがなかなかよく書けていると思うのである。それでは何とかしようと思い、慣れないピアノを弾いたり、パソコンに楽譜を打ち込んだりして一日私なりに何回もやり直して奮闘して努力したら何とか歌らしいものができた。作曲というのは才能がないとできないものとすっかり思いこんでいたが、何とかしてやろうと思えばできるものだと思った。パソコンの伴奏で歌ってみた。そしたらすがすがしい風が私の体を包むような感じがした。
11月16日
五万石騒動研究会
月に一回五万石騒動研究会で勉強するため高崎に行っている。先日は急に強い雨になって、送ってくれる妻の顔が険しくなったので「帰ってもいいよ」と言ったがとにかく駅まで送ってくれた。会ではこれからの学習の方向を決めていた。格城の原書の読みとりをすることは今まで通りであったが、私が「石高、のところは抜かさない方がいい」と言ったら、「佐藤さんは前には省いた方がいいといったけど・・」「えっ、少し勉強したらその方がいいと思いまして・・・」と結局私の意見が通った形にはなったが多少の気まずさがぬぐいきれなかった。「どうもすみません、不徳の致すところで・・」と言ったらなぜかすっきりした。こんなこともあるのだ。でもこんなことがないようにしなければならない。帰りは強い雨もやみ妻も気持ちよく運転しているようだった。
11月17日
菊づくり
もう11月の中旬であるのに私が育てた菊はようやく花が咲きそれも大きくなく見栄えのしないものである。今年こそせめて大きな花だけでも思ったがかなわず惨敗という感じがしてならない。今感じるのに同じ苗と肥料と鉢だったのにもかかわらず、しゅくらんの花が大きく咲いたのに我が家で咲かなかったのは日の当て方と水のくれ方であろう。私は「日を当てた方がよい」ということを本で読んでできるだけ日を当てるようにしたが今年の夏は日が強いこともあって日を当てすぎたように思えてならない。それからもう一度本を読み直したら6時間程度ということなので西日の時間がかなり長すぎたようである。その他9.10月の水と肥料の大切も知らされた。ここまでくると今年の失敗を生かせば来年は今年よりもいい菊の花が咲くような気がしてならない。といって昨年の失敗を生かせなかったこともあるので、これからも本をよく読んだり同級生の菊作りの先輩によく聞くことによって手抜かりをしないでまた来年も菊作りに挑戦したいと思う。
11月18日
ダイエット奮闘記
昨年からダイエットを心がけ毎日一時間の運動をしたり、食事の量について気をつけたり一日に何回もヘルスメーターにのったりしている。しかし、自分では気をつけているつもりなのに急に上がったり下がったりすることもある。とにかく毎日いろいろ考えて運動したり食事をしたりその奮闘ぶりは我ながらあきれるほどであった。しかしようやく何とか先が見えてきたような感じがしてきた。いろいろやってみたが、最近一般的には太りすぎの数値であるが私がもっとも体調のいい69、5sを維持しているのである。一日一時間の運動をして、間食をしないで食事は我慢しないでほどよく食べる。これが今のところよいようである。そろそろダイエットのことは奮闘しなくてもいいのではないかと思っている。
11月19日
余裕を持って書いた方がよい
今日この随筆を書いているのはホームページに掲載の直前である。いつも多少余裕を持って書くのであるが、日に迫って書くのもニュース的で良さもあり、今回は意識的に書くのを遅くしてみた。しかしそうすると、切迫感があり過ぎて、落ち着いてかけないことに気がついた。やはり私は余裕もって事に当たった方が良い。自分の性分は生かした方が良いかもしれない。明日からはもっと余裕をもって「今日の随筆」を書きたいと思っている。
11月20日
拉致家族の発言について
17日、日米首脳会談が終わった後、拉致被害者の次期の家族代表者が、「拉致問題の解決なしに、テロ支援支援国指定解除しないと、発言できなかったのは残念」と強い口調で言っていた。国あげて拉致問題に力を入れているのに、こう発言できるのも政府の態度によるものなのに、あまりにも自分本位の発言に感じる。そこへ行くと横田早紀子さんは地道な活動で人のありがたさを感じているので「拉致が国際的に許せないとはっきり言っていただけるとありがたい」と控えめであるが核心的な発言をしている。横田さんの発言には胸を打たれ支援や支持をさぜるを得ない心境になってしまうのだ。
11月21日
こだわり
常日頃あまりこだわらなく次善主義で何事にも程々という感じで接しているつもりでいる。ところが毎日ホームページに載せている赤城山の写真がほんの少しだけ見えるようになればいいと思った。そこでいつも使っているデジカメを棒にビニルテープで縛りやってみたが、画面も悪いし安定性もない。しかたなく電機屋さんに行って参千円の三脚を買ってきて一眼デジカメで三脚を持ち上げて撮ってみた。そしたら僅かに赤城がよく見えるように撮れていた。こんなことで一日かかってしまったが私としては満足しているが、「何もそんなにこだわらなくても前とそんなに違わないではないか」という人も多いかもしれない。でも久し振りの他愛ないこだわりもわたしにとって大変快適だったことも事実である。
11月22日
「都の風」
今BSで再放送している朝ドラの「都の嵐」は今放送しているのだから最近放送されたものと思っていたら、二十年前に放送されたものだという。何回か見ているうち悠の生き方がおもしろくて毎日見るようになってしまった。見ているうちにその後どう展開するか待っていられず本を探してみた。これは原作はなくシナリオが出ていたそうであるが、今は絶版でインターネットの古本屋さんで探しても見あたらなかった。そのうち他のネットで「都の風」のシナリオを見つけることができた。おもしろいシステムで一般からの提供で見つけやすくて早く届けられるようにできていた。気持ちよく届けられた本と「都の嵐」の波瀾万丈的な内容によって今日もおかげさまで一日快適に過ごすことができた。
11月23日
進化の一方で
先日テレビで「進化の一方で」という、おもしろい番組をやっていた。事の始まりは最近亡くなった稲尾選手の頃の完投時代がよく日本シリーズで八回までパーフェクトで勝ちにこだわった落合監督の判断が話題になっていた。メールが流行り手紙の良さが使われなくなったり、新幹線ができてスケッチもできず駅弁も買えなくなったり、デジカメは便利だが銀塩カメラの味わいに欠けたりして現代は便利になったが味気ないという。確かにそうであるが、ものにはよい所と悪い所が共存するものであり、便利になれば失うものがあるのは当然と思う。ただメール時代にも時には手紙を使って、昔を懐かしむことはできると思う。嘆いていてばかりいないで便利さの中に昔の良さを見つけてそれにしたることも現代を楽しく生きる方法であると思う。
11月24日
デリケートなパソコン
一太郎のソフトを使っていたら、突然履歴ファイルの機能が、使うことができなくなってしまった。それでいろいろやってみたが、履歴機能を回復することができなかった。仕方ないからソフト会社に聞いてみた。パソコンの電源を入れてF8を押すと、セフティモードが出てくると言われ、一度はでたが二度目からは出なかった。履歴ファイルやセフティモードが急にでなくなることはふだんの操作反応からは、全く信じられないことである。だが信じられないことが起こるのもパソコンである。それにしても女性のように、デリケートなパソコンはそれなりに魅力を持っていると言うことができよう。
11月25日
ストーブリーグ
ストーブリーグとはよく言ったものだ。ストーブリーグの勝者がペナントを勝ちうるとは限らないとしても、大きなポイントになることは間違いないだろう。今季の阪神は投手も打撃陣が万全でないのに補強を疎かにしていると思った。案の定先発が持たず打撃もリーグ一悪く優勝するまで行かなかった。さすがの阪神首脳部も来季こそはと今年は補強使う金も余裕があることから早いうちから大物ねらいをしてるようである。福留やMLBの外人選手を狙っているようだが、来そうもない人や力の分からない人よりも日本で実績があり獲れそうな、ラミレスやクライシンガーのような選手のほうが現実的で実力アップができると思う。ともあれストーブリーグを制するものか゛ペナントレースを制覇する、という意気込みで阪神ファンである私は阪神が一体となって力を注ぎ、リーグ一の補強を目指して頑張ってほしいと思う。
11月26日
小林旭の長い歌手生活の秘密
先日作曲協会の五十周年記念番組を見ていたら小林旭が「昔の名前ででています」を歌っていた。すごく丁寧に情感込めて歌っているのである。こんなに小林旭が上手だったけと思っていたら、徳光アナが「この歌は特に思いこみが多いのでは」と聞くと「それまで俳優に力を入れていて、歌手は片手間にやっていて、歌い方も投げやりだったが、数億の借金をしているとき、有線放送大賞をもらった折、多くの人が金を出して選んでくれたと聞いたとき、いい加減に歌ってはならないと思って、リハサールも多くし真剣に歌うようにしている。」と話していた。なるほどうまくなったわけである。それから話も飾らず率直に自分の心を打ち明け、話術もうまく私たちの心を話に惹きつける。大俳優がこんなに長い間歌を歌っている人はいない。聞いている人のために心を込めて精一杯歌っているからだと思う。
11月27日
パソコンのありがたさ
音楽について勉強していない私は学校の帰りの曲や姪の結婚式に贈る歌や同窓会の歌など必要に迫れていくつか作っていた。私が二年生の担任のころ、クラスの歌など作っていたがある子が「先生の歌は暗い同じ感じの歌が多いんだよな」と言われ相当なショックを受けそれ以後歌を作る気にはなれなかった。それが最近二十年前に作った楽譜が出てきて手を加えたらまんざらでもないと思うほど私にとっては気に入ったものができた。そんなことをしゅんらんのメル友に話したら「僕のしゅんらんの応援歌の詩に曲をつけてください」と頼まれた。まだ人に書いてやるほど自信もなかったので、丁重にお断りしようとも思ったが、私も子供の頃断られて悲しい思いがあるので引き受けることにした。引き受けたもののいつできるか見当もつかなかった。しかし、同窓会の歌の伴奏をパソコンのソフトで作っていたら、いやに自分の曲がよく聞こえるのである。ついやる気になって片手でピアノを弾き始めたら、三十分も経たないうちにおおよそ何とかできてしまったのである。まあ楽譜にしたりプリントしたりして半日はかかったものの思うよりかなり早くできたことになる。これもパソコンの発達によって楽譜を作ると音が出たり伴奏も簡単に作れるようになったからだと思う。私が自分の冊子や歌を作ったりできるのもパソコンがあってこそである。もし今パソコンがないとしたら、何気なく何となく生きていたことであろう。
11月28日
徳光アナの味
徳光さんが相当前に巨人の不利になった判定に対してしつこく批判していたのを聞いて、徳光さんに対するアナウンスの評価もあまり芳しく思わなかった。ところが日本テレビを離れて、いろいろ番組をやっていて心から涙を出しているところを見てだんだん徳光さんに対する評価が高くなってきた。今作曲協会の五十周年記念番組のビデオを見ているが、小林旭が「昔の名前ででています」と歌った後「昔のキーで歌っていました」と言ったら客席が沸いた。なかなかダジャレ、いやユーモアも健在である。小林旭のことを「叩き上げ」と言ったり、独身の大歌手が「美人なので・・」と言うとすかさず「そういうのはなかなか辛いと思います」と言ったり、大作曲家の先生に「涙した後いっぱいですか」と言ったりして、普通の人では言えない本音を言ってそれがかえって親近感を呼び好感を持たれているようだ。歌手の歌の紹介の流れるような名調子、相手の心をつかんだ会話は今や日本一と言ってもいいだろう。昔の判定の抗議も今となれば単なる巨人好きのためと思うようになった。ただし日本テレビを離れていろいろ経験し人間味を増した今では審判の気持ちを察して軽く受け流していくだろうが。
11月29日
小沢さんの発言
ねじれ国会のため自民党の思うように審議が進まないようだ。民主党の小沢代表は「自民党は自分たちのお家事情のため二ヶ月も浪費したのだから当然。」と言っているようだ。私が調べると長くても一ヶ月でその中で小沢さん自身の退任騒ぎも入っているのに、すっかり騒ぎ当時の恐縮さは影を潜め、横柄さえ見えるような気がしてならない。野党であるから与党の足を引っ張ることは当然としても、辞めると言い切ったからには、それなりの責任を感じて筋を通してほしい。参院第一党としてあぐらをかきつづけていると選挙て国民からしっぺ返しを貰うかもしれないと思っている。
11月30日
これぞ究極のだじゃれ!!
私がダジャレが好きで家族にもときどきダジャレを言うが「またオヤジさんが始まった」と敬遠されがちな目線は感じなくはない。そんなことを言いながら結構にこにこしているのだ。私の家族は結構明るいのは、私のダジャレのおかげと自負している次第である。それはさておき、最近「笑点」の中である漫談家がおもしろいことを言っていた。「熱の冷めたある夫婦が風邪を引いたそうだねつがさがってもせきがぬけない」と大変嘆いていたというのである。これを聞いた瞬間凄い皮肉の入ったダジャレと思った。席と咳がかけてあってインパクトの強いダジャレとも言えるが、素晴らしい含蓄のある機知の富んだユーモアと言った方がいいと思う。子供たちも最近は単なるダジャレでは満足しないようだ。この笑点の漫談家のように自然で含蓄のあるシャレを言えるように日頃鍛錬していきたい思っている。
12月1日
パソコンは魔法を授けてくれた
二十年前パソコンはワープロ的なものと思いこんでいたら、今では写真でさえパソコンででるようになってしまっている。その辺まではまだ納得できるような気がするのであるが、音符を書き入れると音が出て、適当な伴奏も三十ぐらいあるパターンの中から選べて音楽知識の私さえ一つの曲を作り上げることができるのはまさに驚異的である。ここまでくると機械の力でなく魔法の力と思っても憚らない。それにしてもいい時代に生まれたものだ。パソコンは私の乏しい才能を補ってくれて、曲や本を作らせてくれるのだ。このような現象について私は魔法の力といより神様の御慈悲によるものという気がしてならない。
12月2日
阪神の補強の熱心さ
阪神の首脳部は昨年は自分のチームの力を過信してしまい、先発投手と打撃陣の不振により三位になり、補強に力を入れすぎなかったことが分かったのだろう。今年は補強に対する意気込みは違う。広島の新井選手を早い内からねらいを付け、他のチームが入り込む余地がないようにして、あっというまに獲得してしまった。福留についても形勢悪いと思いきやMLBの選手に切り替え獲得しそうである。それからヤクルトのグライシンガー、ヤクルトの交渉不成立で、直ちに阪神が名乗りを上げた。巨人も欲しかったはずであるが、まだ態度を表さないのはあまりの阪神の熱心さに面食らっているのかもしれない。巨人はどんな態度に出るであろうか。これでグライを獲得しようとしたら、金にものを言わせて傲慢な態度として批判を浴びるであろうし、諦めたら一ヶ月前の獲得表明の一貫性がないと批判されるかもしれない。これからどうなるか見守りたいが、これも補強に熱心な阪神のあおりを受けたと思うのもプロ野球のおもしろい見方ではないかと思っている。
12月3日
たかがリセット
私のビデオの機械は説明書を読んでも、リモコンを見てもカウンターの、リセットを示すようなものがなかった。なくてもテープを取り出して押し込めばそれで済むことである。しかし必ずあるべきなのに、ないのはおかしいと思い、製造メーカーに聞くことにした。最近パソコンやソフトについて、メーカーに聞くとことのほか親切でよく教えてくれたからである。今回も親切に教えてもらった。リモコンの「取り消し」を押すとのことだった。説明書にも書いてあるという。それにしてもふつうは「リセット」の表示しているものである。メーカーの表示があまりよくないにしても分からないことはすぐメーカーに相談すべきと言うことを身をもって感じたできごとであった。たかがリセットのことであったが・・・・・・・。
12月4日
あっと驚く若手書道家の言動
NHKの「スタジオパーク」の番組は、いろいろな分野の異色な人たちの素顔が見られるのと、竹内アナの何でも入り込もうとする意欲的な明るさが好きで時々見ている。先日TKという若手の書道家が出演したが、入場してくるとき観客の中を通ってくるのである。こどもたちに手を叩きながらすっとんきょな声をあげて入ってきたときには武術関係と思ったくらいであった。TK氏はお母さんが書道家であったがふつうの会社に勤めたそうである。それからふとしたことから書道をやることを思い立ち、駅前の路上で書を書いていたそうである。そんときに下を向いてうまい字を書こうと思ったときはお客は来なかったが、お客の様子を見たり話を聞くようになったとき、字を書くと涙を出して感動してくれたそうである。うまい字を書いても感動してくれない。心のこもった字を書いてやると喜んでくれるそうである。入場の時こどもたちの手を叩いたのも子供たちの心をつかんでいたからだろう。この人の書く字はユニークで笑う、という字も見ると吹き出してしまうほど工夫されていて書道的にも外れていなくて味わい深いのである。この人の言動には相手を優しく包む心がある。きっと著名な書道家になるであろう。
12月5日
つめりっこ
部屋のお袋の写真を見ていたら急につめりっこが作りたくなった。といってお袋が作っている様子を浮かべても具体的な映像が浮かばなかった。ネギ、にんじん、タマネギ等にめんつゆといつものだし汁に小麦粉に水を入れ昔のイメージで水で練った小麦粉を入れてみた。緩すぎて形も味もさっぱりだ。三、四回作り直してみた。家族のものはおいしいと言ってくれたがお袋の味は感じられなかった。あの笑顔の優しいお袋が作ったつめりっこはもう三十年も食べていない。この辺では昔すいとんのことをつめりっこという名前で呼んでいた。
12月6日
民主党のやりすぎについて
民主党は参議院で勢力を伸ばしてから傲慢とも思える態度が目立つような気がする。政権を担当することを考えて行動をしなければならないのに何故か反対のための反対の行動が多いような感じでならない。先日の額賀大臣の証人喚問は全会一致が建前なのに自民党らの反対手を押しきって無理にやりに通してしまった。共産党らにたしなまれてようやく翻したが「守屋氏が逮捕されたから仕方がない」と民主党の幹事長は取り消した理由を率直に過失を認めていない。折角勢力を伸ばして来たのだからここで傲慢の態度に出たらすぐその勢力は阻まれるであろう。民主党の謙虚で誠実で国民のための行動を期待したい。
12月7日
いずみの会の忘年会
同級会と言っても何処にでもある同級会と違って五十年以上毎年集まり、現在では年二回の一泊旅行、新年会、忘年会、恩師の年二回の墓参り等、同級生同士顔を合わせ飲む機会も多い。先日の忘年会は千円会費で手作り料理、皆冗談のいいっこで五十年前の童心にかえって好きなことを言っていた。よくもこんなに続いたものだ。私が作った会の歌も歌ってくれた。覚えてくれて賑やかに歌ってくれた。私たちの心を支えてくれていずみの会を楽しみにしていた恩師の松村先生も千の風になって歌っていてくれているのに相違ない。
12月8日
和久井映見の迫真の演技
3日のスタジオパークで和久井映見を見たとき、あまりにも「ちりとてちん」の四十ぐらいの母親役のおどけ調で、子ども思いの情感のあるパワフルの感じと二十代で物静かで清楚なお嬢さんの感じがあまりにも違うのに驚いてしまった。草若役の渡瀬さんもイメージが違うのでこの人この役どうこなすかと思ったのことだ。それが何とかこなすどころかはまり役になってしまうのだから女優の執念の深さに驚かざるをえない。娘が飛びして出ていくときに汽車に乗っている娘に歌を歌いながら「辛いときにはいつでも帰っておいで」と母親の愛情を切ないほど感じを出しているのは共演者が言っている開き直りや腹をくくった演技というより、役の人物になりきった底知れない女優の根性を出した迫真の演技と言った方が適当であると思っている。「ちりとてちん」が面白いのは底抜けにおちっよこちょいで、子ども思いの糸子役の和久井映見のおどけた演技が支えているせいだと私は思うのである。
12月9日
アイデアの良いチャリティ色紙展
8日まで前橋のグリーンドームで上毛新聞社主催でチャリティ色紙展が行われた。なかなかいい思いつきの展覧会だと思う。出品者からは気楽に描け社会貢献の気持ちも持て、観覧者から見れば思わぬいい作品が手軽に見て買えることができ、主催者から見れば出品者からも観覧者からも喜ばれ社のPRにもなる。こんなみんな幸せになれる展覧会もめずらしい。このようにアイデアのいい企画展がたくさんあるといいなあ!!県民が心豊かになるのになあ!!
12月10日
不当表示について
最近食品関係で売れなかった賞味期限を切れた物を日付を代えてまた売り出すと言ったような不当表示が多いようである。この根底には賞味期限というものが、科学的な処理から生まれたものでなく、各社の凡その判断から生まれたもので、期限が過ぎた物でものでも、その状況では安心して食べられる物もあるからだと思う。法律で決められているのだから、守らなければ行けないのであるが、食品の材料名の順序が違ったくらいで家宅捜索するのは行き過ぎだと思う。だいたい食品という物は元来自分の目で確かめて買うものであると思う。不当表示をする方も悪いが表示に頼りすぎる人たちも責任があるような気がしてならない。
12月11日
郵便料金について
最近いずみの会の同窓会で私の作った歌のテープが欲しいと言う電話があり、早速普通の封筒にテープを送り、少し経ち歌入りの同じ大きさのテープを送った。そしたら、二回目に出した物が返ってきてしまった。両方とも定型で40グラムだったので90円切手を貼ったのだが後者の不足の理由は大きさを超えるに丸印がついていた。私が調べた範囲では厚さが一センチ以内で七ミリであったから超えていないはずである。説明がなく○印だけで一般的に縦横の長さが定型の基準になっているのだからせめて具体的に書いて欲しかった。多分一回目の物は届いたのだから微妙なところだったかもしれない。こんな時以前外国へ冊子郵送の時包みが破けてしまうのに「穴をあけろ」と言った融通のつかない意地の悪い局員を思い出した。今のところどっちが悪いとは分かっていないが、私は今の知識の範囲で私が正しいと思っている。郵便局へ行って料金の規則について聞いてその結果で一言言おうとも思ったが、言われた局員も言う私もあまり気分の良いことではないので郵便局へ行って言うことを取りやめることにした。
12月12日
母の誕生日
12月12日は亡き母の誕生日であることは覚えやすかった上献身的で優しかったので忘れたことはない。そこへ行くと父の誕生日はメモ帳を見ないと分からない。母が生まれたのは明治44年、1912年であるから95年前、亡くなったのは1974年前で33年前と言うことになる。それなのに少し前まで生きていたような、今でも何かあると飾ってある写真の母が励ましたり喜んでくれたりしている。今頃の寒いとき冷たそうな細い手でリンゴの皮を剥き私に良いところをくれ、母は皮の辺りをおいしそうに食べていたのを思い出す。今も私は心の中で生きているのである。今日12月12日は母の95才の誕生日である。
12月13日
時代とともに変わる
ニフテイとはパソコンが出始めた頃いろいろなフォーラムがあり、会員が打ち込んだ曲を私はよくダウンロードをしたものだ。最近何年か振りでニフテイのホームページを開けてみたら、様変わりしてフォーラムなどほとんど残っていなかった。これに似たものと言えば音楽配信というのはあるのだが、私の知っている旧い曲などありゃしない。時代の流れとはいえ淋しいものだ。仕方ない、旧い曲の楽譜を買って音楽ソフトにによって聞こうとしよう。こんな事もできるのも時代の流れといえよう。
12月14日
豪華に見える鉢花
私の家は30年前の建て売りで鉄柵がついてきた。何年か前それを利用してデプラデイン等の蔓系の鉢花を鉄柵の側へ置いてきた。鉄柵は割と長いのでむらなく花を見るのには結構な出費となってしまった。秋の花が終わり淋しい鉄柵を見ていると、ふとここへ冬に強いパンジーを置くとおもしろいと思った。早速パンジーを買って古い鉢に植え替えてみた。そしたら鉄柵の中に上手くはいるのである。それで普通一鉢百円ぐらいするのに栽培している近くの花屋で65円で売っていたのだ。そこで2000円弱で豪華な30鉢のパンジーが、鉄柵の間に置かれたのである。私から見れば冬の花の淋しいときにたった2000円で豪華な花の饗宴が見られたのである。うれしくて飛び上がってから周りを見てしまった。こんなことは100円館の繁盛する今のご時世では気をつけているとよくこんなことがあることかもしれない。
12月15日
野外執筆
ホームページの原稿を書くとき、どういう訳だかうちの庭へパソコンをもっていて打つと割とすらすら文が浮かんでくるのである。今日も天気が良いので外で打っていたらだんだん寒くなってきた。途中でやめるのもやりずらいので、厚いジャンバーを来て熱いコーヒーを飲みながら打っている。家の者も青い空も何も言わずあきれ果てて何も言わないようだ。そんな馬鹿な自分がおもしろく感じる今日この頃である。
12月16日
遅咲きの菊
菊作りの二年目は日の当て方が逆で夏日に当てすぎ秋は当てたりなかったり、柳芽を見つけらなかったりして、満足に咲いた菊は一鉢もない惨敗という感じであった。それはそれとして花つきの遅いのは成長が順調でないからだと菊の先輩から聞いてはいたが花の淋しいときにあでやかな大菊を見られるのはまんざら悪い気もしない。意識的にに遅咲きの菊を作れるようになるとまた菊作りも一段と楽しくなるであろう。
12月17日
土作りの大切さ
草花等にじっくり時間をかけられるようになったのは二年前に退職してからだと思う。菊作りはうまく行かなくても菊作りをしていると草花の栽培方法が少し分かって来たような気がしている。先ず土作りである。腐葉土、油かす、米ぬか、堆肥など菊に必要な肥料等は他の草花にもいいようである。うちの父はよく野菜作りしていたがひょろひょろしていて元気がなかった。多分肥料不足であったのだろう。菊づくりはうまくいってないが菊作りをして土作りの大切さを覚えたことは菊作りをしての収穫と言っていいだろう。
12月18日
ブラボー!!!マリーローランサン展!!!
今群馬県の県立近代美術館は建て直し中で休館で、県庁の旧館でマリーローランサンの展覧会がテレビで知り行くことにした。この辺にくるのだからたいしたことがないと高をくくっていたのだが、実際見て驚いた。「三美神」は大きなキャンパスに透き通るような美しい色で三美神の美しい姿態が艶やかに描かれていた。また「らっぱをもって」はピンク紫等の淡い色の重ね合いが見事で私はランサンの作品の中でもっともランサンらしいすばらしい作品だと思った。この展覧館の入場料は百円であったが、私にとっては○万円程以上の価値があると思っている。この展覧会のランサンの色をよく見てこれからの絵を描くときに生かしてみたいと思っている。
12月19日
図々しさも必要
桐生の実家で毎年お盆と正月に親戚の者が集まって飲み食いしていたのであるが、兄貴もなくなり義姉も自由がきかず娘の所にいっているのでこのところこの会は開かれていない。そんな折、兄の長男が家を新築したということであった。これはチャンスとばかり兄の次男と相談してこちらの都合の良い日を言ったら一発でその日に決まってしまった。結果的に相談をするよりも厚かましく図々しく決めた方がうまくいくこともあると思った。
12月20日
相撲取りの病気
前から不思議に思っていたのであるが、相撲取りが調子が悪いと取れると思うのに病名をもらって休んでしまう事である。朝青龍の仮病事件においてもその古いしきたりが感じられる。今回の朝青龍の右足首痛の全治四ヶ月も次の日には稽古を始めているのでますます診断の仕方が分からなくなってしまう。普通全治四ヶ月というと相当重い病気で寝ていなくてはならないような感じがするのであるが相撲界は少し違うようで調子のよいときに戻る状態を言うらしい。この病気の診断でマスコミ関係者が真剣に朝青龍に「モンゴルへは帰らないのですか」と聞いて、朝青龍は「ない、ない、ない」と笑って答えていた。マスコミ関係者は笑うどころか真剣なまなざしでいたのを見て私は何故か笑いがこぼれてしまった。マスコミらしい早とちりをしたと思ったからである。話を元に戻そう。病気というのは気の病で自分がやる気を出せば少しぐらいどこか具合があっても元気よく振る舞われるのかもしれない。今の朝青龍は気持ちが元気な相撲取りになったら怪我に負けず稽古ができているのかもしれない。
12月21日
先読みというもの
今NHKの朝ドラ「都の風」の再放送がされているが、ドラマの展開がおもしろく家中で見ている。今日見ると明日の内容が知りたくなる。これの繰り返しになってしまう。この本の下巻がインターネットに載っているという情報を息子から得て早速取り寄せることにした。申し込んでから四日しか経ってないのにすごく長く感じられた。届いたので読んでみたさすがに展開が起伏に富んでおもしろい。家の者は毎日少しずつ見て楽しんだ方が良いという。私は毎日明日の内容を思い浮かべるより、四ヶ月先の最後までの内容を知っていた方が余計な神経を削らなくても邪道と言われようがさっぱりとした気持ちであせらずテレビを見られるので私はいい方法だと思っている。
12月22日
グライシンガーの選択
グライシンガーと言えばヤクルトという下位球団にいながら、16勝8敗で防御率2.84は立派であると思う。米国では活躍できず、韓国で14勝あげたのだから、アジアの野球に合っているのかもしれない。そんな成績のいいヤクルトはグライシンガーを手放すと思うわけなく必死に金額も弾んで留まるように説得したようである。しかし頑として譲らずヤクルトを退団することになってしまった。そうなれば阪神ソフトバンク大リーグも放って置くわけはなく球団かなりの契約金を用意したようである。そうこうしているうちにスポーツ新聞で「巨人に内定か」と言うニュースを見た。その瞬間また巨人は財力に物言わせて獲ったのか、と憤りさえ感じたほどだった。しかし、よく聞いてみると、グライシンガーは在京で優勝をねらえるチームに入りたい、という考え方があったらしい。阪神などは金に糸目を付けないぐらい獲得に熱心だったようだが、グライの思惑にはかなわなかったようである。推定二年五億円は相場をかなり下回る感じで巨人にでも金にこだわればかなり高額の契約金を獲得したと思う。グライシンガーの金にこだわらない、野球一筋の純真な気持ちは最近金にこだわりすぎる選手の多い中ですがすがしさを感じざるをえない。
12月23日
先入感
何年か前に高画質の液晶テレビが出回り始めたが、我々にはよいと思っても届かない高嶺の花の存在であった。しかし最近はかなり安く手に入るようになった。その鮮やかさと言ったら劇場で見る映画のようであったので、まだ今のテレビでも見られないことがないが購入することになった。買ったときは画面をパノラマ的にすると少し歪んで見づらくなるので、ずっとノーマルで見ていた。ところが最近見三船俊郎の「風林火山」をパノラマで見たときの迫力は凄かった。どうしてこの良さに気がつかなかったのだろう。私の間違った先入観のため、折角の機能を使えなかったのだと思う。こんな先入観がまだ私の頭の中に多く潜在しているのに相違ない。
12月24日
無党派層
私は若い頃は組合に入り待遇改善など願っていたこともあって革新系を支持していた。現在の自民党や共産党はある程度党の一貫した方針を継承しているように思える。民主党というのは自民党と社会党といった水と油のような合うはずがない人たちが一緒になっている。私は最近の選挙では今回はこの党に勝たした方が日本の政治がうまくいくと思った方を投票していた。私は選挙でキャッスイングボート的存在なのはマスコミの流れに動いている無党派層で、そんなことで日本の政治が左右されることに危惧をもっていた。だけれど、よく考えると私も無党派層の一人で、私がよからぬと考えている層の一人であることに気がついていなかった。しかし今のところ支持する政党はない。政治というのは政権を獲って実際行うのは難しい。今の野党は与党の粗拾いに終始して本当に国民のために尽くそうとしていないような気がしている。
こんな中では無党派層に多くの人が入り込むのも仕方ないことなのであろうか。
12月25日
銃乱射事件の被害者の父娘
先日佐世保でスポーツクラブで銃乱射事件が起きた。まだ犯人の殺意の原因は分かっていないが、友人とインストラクターを至近距離で銃を発射して子供にまで銃を向けたことは異常な行為としか考えられない。私はこの事件でたまらなく思うのは殺された舞衣さんは多くの人に慕われた明るく思いやりのある人であったことと、舞衣さんのお父さんの「舞衣のことを無念の死とかかわいそうとは思わないでください。大好きな子供たちを最後まで守ったのですから」と言った心の広い愛情豊かな言葉である。放送で流れた優しい微笑みの舞衣さんにご冥福をお祈りするのみである。
12月26日
年金問題に考える
政府が年金問題の全面解決を断念したことについて野党は一斉に公約違反で厚労大臣の謝罪と辞職を要求し、国民も全面解決の断念に不信感を持っているようである。政府も全面解決などあり得ないのに選挙のスローガンにしてしまったり、野党も国民も全面解決などあり得ないことは分かっているはずなのにそれを鵜呑みにしてしまって攻撃しているのは顛末転倒も甚だしい。政府も気負い過ぎで「全面解決に向かって極力努力する」程度におさめておけばこんな騒ぎは起きなかったと思うのである。こん茶番劇はもうたくさん、国会はもっと国民のためになる話し合いをすべきである。現在内閣の支持が35パーセントで不支持が47パーセントにも達しているそうである。私から見ると今内閣は福田さんにしても桝添さんにしてもがんばっているように見える。他の人より数段上のような気がしている。でもこの際選挙をして民主党に政権を取らしたらどうだろうか。そうすれば民主党も国民も攻撃することと、実際政権を獲ってやることとの大きな違いに気がつくと思う。そうすればその後自民党、民主党がどちらが政権を取ったとしても良い方向に日本の政治が進んでいくと思うのである。
12月27日
すばらしい感受性
先日全日本カラオケ大賞の模様が放送されたが、決勝に残った人たちの曲名は「情炎」「氷雪の海」「友達の詩」など表現の難しい曲が多かったようだ。それを歌いこなすのだからさすが決勝に進出しただけのことがあると思う。決勝進出者でことのほか喜んで「私みたいな若輩者が選ばれるなんて」と謙遜でなく本当に思ったように見えた人がいた。多少心許なく見つめていたが歌ってみると感情表現がすばらしいのである。プロでもなかなかできないつらさ悲しさを巧みに表現できているのである。結局この人がグランプリを獲得したのであるが、信じられないという表情でインタビューに「言葉になりません、主人のおかげです」と涙して応えていた姿はすばらしい感受性の持ち主と思った。だからきめ細かな歌い方ができのだと思った。
12月28日
我が家のクリスマス
私は子供時代キリスト教の日曜学校に通ったことはあるけれど信者になるほどではなかった。キリスト教の考え方はいいと思うけれど、信者を見るとどうも教えとはかけ離れた人たちが多かったので長く教会に通う気にはなれなかった。今考えれば自分なりの信仰方法もあったとは思うが私はその単純な理由で信者にならなかったのである。それはさておき日本ではキリストの誕生日に宗教とはかけ離れてただに賑やかに楽しくおいしいものを食べたりして、クリスマスを過ごす人が多いようである。我が家も例にもれず近くに住む娘も、加わって久し振りの手作りのちらし寿司や鶏のもも焼き、ケーキを食べ賑やかに過ごした。私も「知っているクリスマスソングを書いてください」賞金付きののクイズを出した。いずれにしてもキリスト様のおかげで一年の終わりの我が家の楽しいひとときを過ごすことができた。信者でなくてもキリストの誕生日につけこんで家庭の絆が深まるのであれば、キリスト様もそんな悪い気はしていないと思う。
12月29日
薬害肝炎首相が一律救済表明
薬害肝炎訴訟の件では当初から理解を示していて患者の代表と会ったときも今までの首相では表さなかった謝意を伝えていた。しかし、厚労省の考え方もあって患者の要望に応えるまで至らなかった。しかし23日に福田首相は急遽患者の立場、内閣支持率、与党内の動向等を考慮して患者の要望する一律救済に踏み切ったようだ。厚労省は思わぬ判断に当惑したり、患者側は「解決へ大きな一歩」と喜んだり、民主党はその判断を率直に評価したりして、反応は様々であるが、国民はこの判断を適切な事と受け止めているようである。この件に関しては患者側から判断が遅いとの指摘も受けているようであるが、福田首相の患者の立場を思いやる一連の言動に対してはどんなに讃辞を与えても与え過ぎるということはないと私は見えている。
12月30日
私見今年の十大ニュース
1、参院選自民党惨敗
(大臣等の不祥事等で与党過半数割って、ねじれ国会で運営に支障を来す)
2、福田首相薬害肝炎訴訟救済表明
(慣例を破って思い切って厚労省の見解を破り患者の立場を取る。)
3、安倍首相突然辞職
(組閣をして所信表明をしながら辞意とは!それまで真面目に取り組んだけに残念。)
4、小沢代表突然辞意
(福田首相との大連合の話の食い違いで辞意を漏らしたが党の様子を見て又復帰した茶番劇。)
5、東京初雪降らず
(観測をしてから始めてのことで温暖化が現実的になってきた。)
6、朝青龍の不思議な病気
(病気のため帰国したのに元気にサッカーをして、処分を受けたら病気になって、しばらくたったらまた元気になった。)
7、阪神三位に留まる
(先発陣や打撃陣の不振があったが救援投手の活躍により優勝のチャンスがあったのに三位に留まった。)
8、納豆大騒動
(ことのおこりは1月7日の「あるある大事典」のテレビ放送、一時納豆が大売れ、しかし捏造ということ等で大騒動。)
9、紅白OZUM事件
(紅白歌合戦で裸に似た衣装と言うことでNHKに抗議が集中、NHKの責任転嫁が問題に。)
10、世界陸上の惨敗?!
(室伏、朝原、為末はメダルが取れなかったが、私はそれらの選手の競技内容がよく、かなり健闘したと思う。期待しすぎだと思う。)
12月31日
私の今年の十大ニュース
1、家族旅行新記録
(2月に東京のらん展、3月に那珂湊の市場、7月に広島二泊旅行、9月にバラギ高原に一泊旅行と回数内容とも充実。)
2、テレビ番組「夜間中学の青春」に感激
(1.5月に放映され、見城先生の他の学校には通えない人たちをその人たちの良さを伸ばしている教育の手本を学べた。)
3、いずみの会の旅行等
(小学校の同窓会なのに、この年一泊旅行二回、新年会、忘年会、暑気払いと大会社並の行事を催す。)
4、ホームページに奮闘
(一日数時間も費やし、随筆を書いたり、写真を撮ったりした、アクセスも昨年の二倍近く増えた。)
5、山川会二十五回記念
(笠懸北小教員時代の同僚の集まりも今年で25回目、記念誌までできた。)
6、野球予想惨敗
(私の予想は神中巨横広ヤで実際は巨中神横広ヤでそんなに間違ってないが、特に阪神の投打の判断が間違っていた。)
7、競輪随筆落選
(雑誌での随筆の募集があったので応募して、得意の分野なので佳作ぐらいは入選すると思っていたら第一次予選にも落ちてしまって、かなり落ち込んだ。)
8、迷惑メール事件
(プロバイダーから「迷惑メールの発信先があなたと特定できました」とメールがあった。とんでもない話だ。他人に罪をなすりつける人がいるのだ!油断のできない世の中になったものだ。)
9、二つの会の歌の作曲
(いずみの会の歌としゅんらんの歌の作曲をすることができた。結構良い歌になったと思っている。)
10、菊の栽培の大失敗
(昨年の失敗を生かそうと思ったが、暑さのせいもあって生育が思うようにいかなかった。)
1月1日
「めでたさも中ぐらいなりおらが春」
年が明けるのはまだ先だと思っていたらいよいよ2008年平成20年が訪れてしまった。だから今年の抱負といっても特に変わったものはなく、一茶の句の「めでたさも中ぐらいなりおらが春」という心境で穏やかさに充ち満ちている感じがする。考えてみると気負いもなく気軽にいくということは実はもっとも理想的なことで今年も家族とも知人とも和気藹々と楽しく過ごせるもとであると思う。
1月2日
年賀状の効能
今年も懐かしい友達、教員時代の同僚、教え子などから年賀状をいただいた。よく年賀状を儀礼的と形だけのものととらえる人もいるが、ともに生活した職場等を離れると一年にいっぺんのこの交流が長い間切れずに繋がっているのは年賀状のおかげといっても過言ではない。私が教えた頃はお転婆娘だったのに三人の母としてつつましい姿になっていたり、同僚だった先生からバドミントンの練習を夜遅くまでがんばった頃を懐かしむ話があったり、初めての職場の友人から思い出話を聞かせられたりして年賀状は今までの私の楽しい思い出の玉手箱のようだ。年賀状は年寄りに元気をもたらす疲労回復、温泉のような効能があると思っている。
1月3日
人とパソコンの共通点
パソコンというのは人の気持ちのようにデリケートで何時どんな状態になるか本当に分かりにくい。たとえば一昨日冊子を5冊印刷するににトラブル続きで2時間以上もかかったのであるが、昨日は同じものが30分もかからずにスムーズに印刷することができた。こちらは同じように操作したつもりであるがパソコンというのはデリケートで少し早めに操作したとしてもリズムが狂ってトラブルが生じてしまうらしい。ようするにパソコンの性格を承知していないからトラブルが生じてしまうので人と対応するのと同じに考えればいいと思った。そう考えたら明日からうまくパソコンが使いこなせるような気がしてならない。
1月4日
モグスの力
私のお正月の楽しみの一つは箱根駅伝のテレビを見ることである。その中でも気になるのが山梨学院大チームで最近はやや力が落ちてきているようである。しかしこのチームはいつも留学生の力が秀でているのである。このところモグスが調子がよく、私は期待しているのであるが下馬評では山梨の名前はあがっていない。1区は接戦であまり差がなかったのであるが、2区は俄然モグスが抜けだし2位以下を約2分も引き離してしまった。そしたら力のないはずの山梨のほかの選手も頑張って往路は力以上の3位に入ったのである。駅伝というのは流れの力があって最初いいとほかの選手までよい走りができるようである。モグスのように力が抜き出ていると駅伝ではことのほかよい影響を与えるようである。
1月5日
ごくせんとドんど晴れ
お正月のテレビ番組を見ていたら「どんと晴れ」と「ごくせん」の同時間帯で再放送をしていた。両方とも興味あったので少しずつ見ていたのであるがだんだん「ごくせん」を見ることが多くなってきた。その理由を考えてみた。「どんと晴れ」の若女将はきれいで思いやりがあるのだがなんだかきれい事すぎて心を動かされなかった。そこへいくと「ごくせん」の熱血先生は生徒のことを思う気持ちと友の大切さを説くポリシーを持っているので啖呵にも愛情と迫力を感じるのである。
1月6日
初期化による損失と効能
私は現在パソコンを3台持っているのであるが一番愛用しているのがCのパソコンである。そのCのパソコンが急に力が衰え動作が遅くなり支障を来すようになったのである。主力をABのパソコンに切り替えようとも思ったがAのパソコンの魅力もあなどりがたい。そこでメモリーを増やそうと思った。悪戦苦闘して取り付けただけあってかなりよくなってきた。これでも何とかこなせるのであるが、よくなるとまた欲が出てくるものでもう少しよくしたい気持ちが高まった。しかし初期化、すなわち出荷時に戻すことはコピーしたとしたとしても大事な資料をなくすことがあることを何回も経験している。やろうかやるまいか相当迷ったが一度は思ったことなので思い切って初期化をやってみることにした。その結果動作が速くなったが、案の定気をつけていたはずの資料のうち今まで撮った写真が全部失われてしまった。やはり、ショックであった。やらなければよかったと思った。しかし、しぱらくたって動作の速いパソコンで打っていると、その音が軽快で音楽のように感じるのと言うことは損失よりも効能の方が大きかったということだろう。
1月7日
デジカメとメモリーカード
現在のデジカメではやや画質不足を感じていた。そしたら初売りで一万六千円でかなり安くて800万画素デジカメがチラシに載っていたので買いに行った。いろいろデジカメを見たがやはり狙いをつけたデジカメがを買うことにした。次にメモリカードであるがこれは高いという印象がある。以前一ギガというと1万円以上したものだ。それが2500円で買えたのである。以前は800万画素などは夢の夢1ギガはとて高くて手に負えなかったのであるか今は安くていい品物が買える時代になった。年金生活者にとってこういう面ではいい時代といってもいいだろう。
1月8日
学校の弱体、誰がした
「学校の現場では保護者はお客様になりつつあります」と以前同僚だった教師からの年賀状に書いてあった。私が憂いていたことが現実になった気がした。なぜそんなことになったのか。昔はたとえ先生から暴行を受けたとしても子供が親にしかられたものである。ところが今ちょっとした言葉にも反応して学校ならともかく教育委員会に訴える世の中である。今の親の自己中心的な考え方もその一因であるが、私は文部科学省や教育委員会の対応が問題と思っている。あることないこと取り上げたり必要以上に親の意見を聞くようにしたりして、保護者の保護どころか超過保護な対応がわがままの親に育ててしまったのだ。学校の弱体化は文科省と教育委員会がしたと思うのである。
1月9日
糊の役目
今年も昨年のホームページの「今日の随筆」を小冊子を作っている。その中でいつも私がありがたいと思っているのは、今の糊の粘着力の強さである。折角作った小冊子も、表紙がはがれていれば、小冊子の形がなくなってしまう。糊の役目は小冊子の作る段階ではほんの一部の工程に過ぎないが大切な役割を果たしていると思う。私も社会に対して糊の役目が果たせるといいなと最近考えるようになってきている。
1月10日
「今日の歌」
ホームページも毎日更新していてもマンネリ化になってしまう傾向があるので、今年は「今日の歌」というコーナーを作り自分で詞を書き曲も作ろうと思っていた。詞は考えついたがなかなか曲は作れない。どうしたんだ チューリップお正月というのに 芽がこんなにも伸びているではないか何を勘違いしたのだろう・・・・・・・・と書いてみたがこの詞では歌が作りにくい。仕方ないので既成の曲に詞をのせることにした。今年の冬の 寒さは厳しい庭をぶらぶら歩いていたら福寿草の蕾が 膨らんでいたよもうすぐ春だよと ささやいていた今年の冬の 風は冷たい家の近くを散歩していたらヒヤシンスの蕾が 膨らんでいたもうすぐ春だよと 歌っていたこれなら「川は呼んでいる」の曲で歌える。しばらくはこのようにやっていけばいつかは自分で曲が作れるようになると思うのだが・・・・・
1月11日
今年の冬は穏やかか
「今年の冬は穏やかね」と家族のものが言った。そう言えばこの辺の今年の冬は寒さは厳しいが雪が降るわけでも強い空っ風が吹くわけでもないからそう感じるのも当然なことかもしれない。しかし、日本全体を見ると吹雪など荒れた天候に見舞われているようである。雪にしても北海道、東北、北陸は勿論四国や九州まで降ったことが多いようである。しかし、雪が降らないのは、この辺、北関東地方ぐらいで穏やかな天気は日本全体から見ると、ほんの一部かもしれない。またこの辺、栃木、群馬は国民に存在場所を知られていないそうである。いずれにしてもこの辺は全国的に存在が薄いのかもしれない。しかし、私は地震などの台風の災害も少なく、日本で最も住みよいところと思っている。
1月12日
昔の性癖の潜在
最近安価で高画質な手頃なデジカメを購入したのであるが、実際の写真を撮ってみて、どれほど高画質であるか試したくなった。同じ風景を高画質の同じ条件で他の二つのカメラと比べてみた。そしたら、新しく買った800万画素のカメラより、古ぼけた500万画素の方が、風景の場合鮮明度がよいのである。カメラは一概に画素さえ高ければよいカメラとはいえないのである。色の良さとか、そのカメラの特色を併せて鑑みないと判断できにくいと思う。今66の私が12のとき同じような実験をしているのである。そのときは一つのカメラであるが同じ花瓶をいろいろな写し方で撮っていた。そのとき撮り方がすごく勉強になった気がする。実は今回の実験は50年前の記憶をもとにやったことでなく50年前の潜在的な記憶が私にこのような実験をさせたのだと思う。昔の性癖のしぶとさを感じた。
さとうゆきお(佐藤行男)略歴(自分の過去を振り返るため整理した)
1890年1月 15日父酒造蔵(出生時は幹二郎ー改名時不明)群馬郡佐野村大字下中居
で出生(父多三郎、母ウタ)
1911年12月 12日母ミカ、桐生市大字安楽土で出生(父竹次郎、母ミヤ)
1927年3月 23日酒造蔵、ミカ婚姻届
1941年5月 行男、酒造蔵五男として8日桐生市浜松町1丁目812番地の6で出生
1947年9月 キヤサリーン台風のため、新川が決壊、多くの死者が出る
我家も床上浸水、私も危ういところで流されるところだったそうである
1948年4月 桐生市立南小学校に入学。5年3組担任松村先生に教えて貰い、教職に憧
れる
1954年3月 桐生市立南小学校卒業
1954年4月 桐生市立南中学校入学
1955年5月 群馬整肢療護園に入園、かかとがつかなかったが、手術の結果踵がつくよ
うになり、自分というものに自信を持つようになる
1957年3月 桐生市立南中学校卒業
1957年4月 群馬県立桐生高等学校入学、最初はついていけたが、徐々についていけな
くなってきた。特に化学など記号の記憶が苦手だった。学力もなく、経済
的にも余裕がなかったので大学受験を諦める
1960年3月 群馬県立桐生高等学校卒業
1960年4月 株式会杜金井商店の新宿給油所のスタンドマンとなる。ここでいろいろな
人たちと接し、商いの厳しさと人との対応について、貴重な体験をする
1964年1月 将来を考え突如金井商店を辞める
1964年5月 運良く法改正でこの年事務職員大量採用がある
補欠採用で新田郡笠懸村立笠事務補佐職員となる
1965年4月 関東短期大学初等教育科太田分校へ入学
ここの文芸部に入り機関誌に詩などを載せる
1967年3月 関東短期大学初等教育科卒業
1967年4月 1日嬬恋村の干俣小学校に教員として赴任
1967年4月 2日父酒造蔵永遠の人となる
1967年4月 玉川学園通信教育受講開始
1970年4月 笠懸小学校に戻り、1年生、特殊学級を担任
1971年4月 21日新田町大字木崎福島哲太郎四女雅代と結婚
1973年1月 22日長女いずみ誕生
1974年12月 18日母ミカ永遠の人となる
1975年3月 26日長男哲也誕生
1976年4月 笠懸村立笠懸東小学校教諭となり、特殊学級等を担任
1978年4月 笠懸村立笠懸北小学校教諭となり、特殊学級等を担任
1978年7月 養護学校教諭二級普通免許状取得
1979年1月 小学校の同窓会「いずみの会」の機関誌を編集、発行
1979年8月 24日二女あゆみ誕生
1980年9月 笠懸村公民館で催された青木翠峰先生の書道教室で書を学ぶ
1981年3月 玉川大学文学部教育学科卒業
1981年5月 小学校教諭一級普通免許状、中学校教諭一級普通免許状(社会)、
高等学校教諭二級普通免許状(社会)、取得
1982年4月 県教育センター特別研修員となる
特殊教育について学ぶ
1982年12月 学校教諭一級普通免許状(国語)、高等学校教諭二級普通免許状(国語)、
高等学校教諭二級普通免許状(書道)、取得。ー東洋大学ー
1984年4月 群馬県教育センター長期研修員となる
美術教育史について研修をする
大槻三槻氏、岩崎喜久雄氏等その道の権威者に面談できる
1984年5月 中学校教諭二級普通免許状取得(美術)ー武蔵野美術短期大学ー
1985年4月 笠懸町立笠懸東小学校教諭となる
特殊学級等を担当
1986年11月 中学校教論一級普通免許状(英語)、高等学校教諭二級普通免許状(英語)、
取得ー日本大学ー
1993年4月 県立渡良瀬養護学校中学部赴任
1994年12月 NEC9821ーキヤンビーのパソコンを277562円で買う
パソコンに凝り始める
1996年9月 詩集「あかね色の郷愁」を製作、発行
1997年3月 シナリオ集「青い背広と黄色いリュツクとピンクの傘」、「あかね色に映え
る丘」、「高崎五万石騒動」現代語訳版を製作、発行
1997年7月 写真詩集「かたくりの花」を製作、発行
1997年11月 高木病院に入院
1998年3月 体調を考量して定年前に群馬県公立学校教員を退職する
1998年11月 www2・wind・ne・jp/satouyukio/のホームペー
ジを開設し、写真詩、今日の天気、今日の言葉、今日の花、今日の読書記
録などを執筆等し、掲載する
2001年7月 籔塚本町福祉作業所所長となる
2001年8月 上装本「さとうゆきお選集」を製作、自費出版をする
2001年7月 「さとうゆきお選集2」を製作、発行
2006年3月 籔塚本町福祉作業所を退職
2006年11月 「高崎五万石騒動」現代語訳、第二版を製作、発行
2007年1月 随筆集「今日の随筆・365日」06年版を製作、発行 2008年1月 随筆集「今日の随筆・365日」07年版を製作、発行
・この本の表紙の絵は写真で撮ったものをパソコンで描画化したものです。
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「今日の随筆・365日」
2007年版
平成二十年一月三日発行
著者 佐藤行男
印刷者 佐藤行男
発行者 佐藤行男
群馬県太田市大原町二一七九の五三
電話 〇二七七・七八・四七五二
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