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春なのにーやはり三寒四温?ー
「春なのに」は柏原芳恵が歌っていた私の大好きな歌であるが、今日のテーマの「春なのに」はそれとは違って、3月、春になったはずなのにこの地では珍しくまだ白い雪が残っていて、
春なのに少し寒すぎると言うことなのである。昨日はこの地では珍しく本格的な雪が降った。息子たちも雪が降らないと思ったらしく出勤前の車の雪払いも慌て気味であった。今年は寒濤い冬であったが2月の後半暖かくなってきたのでそのまま暖かくなると思っていたがまた逆戻りして寒くなってきてしまった。そう言えば「三寒四温」という言葉があったが、濤濤濤今の季節は丁度その頃なのだろうか。今頃は春なのに、春らしくなく三日寒く四日温かいという、時期で徐々に春が来るのであろう。
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「戦後教科書から消された文部省唱歌」を読んで
最近私のホームページのBGMに唱歌の多いところから、唱歌に関する本が欲しくなって、インターネットで調べたて古本を取り寄せたらら、2册とも安くて程度のいい新品のような本だった。そのうちの1册が濤川栄太著「戦後教科書から消された文部省唱歌」の本である。教科書から消されたのにはそれなりの理由があると思ったがこの本を読んでみて、どう見ても文部省の勘違いに思えてならない。この本の中には「伝統文化の良さの分からない日本のお寒い音楽事情」、「日本の風土に芽生えた説話が日本人の血となって流れてゆく」、「あらゆるリズム感を身につける子どもの方がのびる」などの項など納得のできるお話が多い。その中で「教育的配慮という名の愚行」は著者の信念が感じられるし素晴らしい考えである思うので引用してみたい。
現代の小学校の音楽教科書には、文語調の唱歌はほとんど載っていない。また載っていても、そこにはさまざまな"教育的配慮〃がなされているようだ。たとえば「赤とんぼ」の歌詞三番は、削除されている。「十五で姐やは嫁に行き」という部分で、十五で結婚するということが社会的にいかがなものか、ということらしい。また「姐や」という言葉が人権上問題があるという。「女中」という言葉が使われなくなったのと同じ発想だろう。だが一」ういう配慮は、はたしてほんとうに適切なのだろうか。それは歴史の真実を、現代に都合よく塗り変えているだけではないのか。多くの家が貧しかった時代、男の子は奉公に出たり、女の子は他家の子守りや手伝いとして、働きに出ていた。そんな姐やに背負われて、まだ幼かった自分が赤とんぽを見た日の追憶が、つづられているのだ。
著者の言うとおり、文部省の教育的配慮とは歴史の真実を見ないで気を遣いすぎている感じでほんとうの歌の良さを伝えない感じがしてならない。
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「日本唱歌集」を読んで
もう一冊の堀内敬三、井上武士編の「日本唱歌集」も内容の充実した本であった。この本は
1958年に単行本でだされ、この本は75刷目で昨年出版された本で1円本でもある。唱歌も数多く載っているが堀内敬三、井上武士の解説がまたいい。
「唱歌」という語は昔から日本にあったので、平安時代には器楽の譜を声で歌うことを「唱歌(ショーガ。ソーガ)する」と言い、その発音(例。雅楽「越天楽」の笛の譜を「トオルロ、ターアロラ、アー」と声で発言する)を「唱歌(シヨーガ)」と呼んで、その書いかたが今日まで雅楽家の間ではおこなわれている。また室町末期から江戸時代にかけての物語本や随筆書には、短かい歌曲の歌詞を「唱歌(シヨーガ)」と呼んだ例も見られる。明治五年の学制における「唱歌(シヨー力)」はこの語を昔からある全く別な意味に用いて、「唱歌」といえば「学校で歌うもの」という印象が強い。
唱歌の基本的な事柄や歴史変遷について分かりやすく説明されている。文末には「このようにいつも愛好されている唱歌は今後とも長く時代を超えてより広くまたより深くうたい続けられてゆくことだろう」とい結びも唱歌の日本の叙情性や日本の心を歌い上げているからこそ力強く聞こえるのだと思う。
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変な人
昨日は雨が上がりいい天気で白い赤城をバッチリ撮ろうと思いいい場所を見付に車を走らせていた。なかなかいいところが見つからなかった。漸く赤城の雄姿が見えるいいところが見つかったので車を止めて絞り等変えていろいろ撮っていたら車を叩く人がいた。「○○オーバーでないの」とはっきり聞き取れなかったので「何ですか」といったら「こんなところで何を撮っているの」「赤城を撮っているんです」と言ったら黙って近くの家に戻ってしまった。何か勘違いしている変な人だと思ったが、その人も住宅街で車止めてる変な人だと思ったのに違いない。
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知恵熱??一昨日寝ていたら寒気がしたので熱を測ったら37度9分もあった。平熱が36度なのでびっくりしてしまった。夜中であったりいくらか温まったので薬も飲まず朝まで待つことにした。風邪かと思って「家庭の医学」の本を読んだら風邪の場合咳と鼻水が出て食欲がないという。しかし熱があるだけで咳鼻水もでず食欲もあった。しかし朝ご飯を食べて薬を飲んで朝をかこうと思って再び熱を測ってみた。そしだら36度8分であった。平熱ではなかったがこのくらいだったら薬を飲むほどでなく安心して仕切った次第である。家族の者は「お父さんはときどき熱がでるね、でも、何の症状もなく夏が下がってしまうのだから不思議だね、きっとお父さん知恵熱も知れないね」と言われてしまったから、この際今回の高熱の因は知恵熱と言うことにしておこう。
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春一番
天気予報によると今日あたりに春一番が吹くという。春一番とは、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄りの強い風で、春一番が吹いてからは気温が上昇し春らしさが急に訪れるという、春の兆候として知られているようである。私は「春一番」というとキャンデイズの歌を思いだす。詞が早春らしさがあふれているのである。雪が溶けて川となって流れて行きますつくしの子がはずかしげに顔を出しますもうすぐ春ですねちょっと気取ってみませんか風が吹いて暖かさを運んで来ました・・・・・・・、となかなか日本的春の抒情がうまく描かれている詞である。実際の春一番はもの凄い突風のような風であるが、その嵐のような風が過ぎた後、暖かい春が来ると言うのも面白いと思う。
春一番、叙情的な詞が好き
春一番、キャンデイズの歌が好き、
春一番、暖かい強い風が好き、
春一番、春の兆候そのものだから好きだ。
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ロンドン行きのマラソンランナーは??
3月4日に琵琶湖男子マラソンがあり、3月11日に名古屋女子マラソンがあって、ロンドン行きのマラソンランナーが決まるそうである。今回の注目点は男子は藤原新、山本亮、女子は木崎良子と重友梨佐がほぼ当確で、3人目のランナーが混沌としていて、観る方の立場からすると実に面白い競走である。男子は世界陸上の堀畑宏行、福岡の川内優輝、びわ湖5位の中本健太郎、福岡東京の前田和浩、女子は赤羽有紀子、尾崎好美のほか名古屋マラソンの結果次第であるが野口みづき、澁井陽子の可能性がある。代表選考会も幾人もの選手が接戦であるので選考が大変難しくなると思う。しかし「誰にでも納得できる選手」などと言わず選考委員会は「ロンドンで活躍できる選手」をぜひとも選んでほしい。私としては市民ランナーで頑張りで歯を食いしばって走る川内選手、夫のコーチと二人三脚で粘りの走りの赤羽選手が選ばれると嬉しいのだが・・・・。
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得した気分
このところ私は地方史に興味を持って山田郡誌や太田市史などをインターネットを使って古本を購入している。中には申し込んでもなかなか返事の来ないのもある。そんなとき返事も出していないのに出した筈といいながら後は手際よく発送してくれて得した気分になれるから面白い。また郡誌や市史ものは1000ページ以上もあり、紙質もよく読みやすく内容も充実していて、、安価で購入できるから嬉しい。安くていい品物を購入したしたときは何にもかえがたい得した気分になるから不思議である。
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かすかな大きな期待
私の趣味として家族の者にも私自身にも野菜や花の園芸が認知されてきている。とにかく野菜の方はど素人で、他の園芸家が聞いたら笑い転げてしまうことを平気でやっているかも知れない。昨年思いついて大根や白菜の種を蒔いたのが、10月であるが遅いなりにできると思っていた。ところが私の家の菜園は庭の隅で日が当たらずかなり地温が低いらしい。そんなこともあって大根も白菜も冬の間殆ど成長いしてないのである。ところが3月になって少し暖かくなったら、葉っぱが色よく成長してきているのである。もしかしたら大根も白菜も食べられるかも知れない。今年は今時、半分の白菜が150円もしている。もしかうちの大根や白菜が大きく成長したら、きっと家の者が驚くに違いないと思うとこれからの大根と白菜の成長をかすかであるが、同時に大きな期待もしているのである。
3/10
宇宙はどんなに大きいのか
どういうわけか新聞の書評を読むのが好きでない。書評は概してその人の好みによってかかれるからである。それにしても先日読んだ書評の中で、村山斉著「宇宙は何でできているか」と小山慶太著「寺田寅彦」が面白そうだったのでインターネットで取り寄せてみた。富士山は3×10の3乗とすると、地球の直径は10の7乗で富士山の1万倍のオーダーだそうである。太陽系は「天の川銀河」の片隅にあり、この銀河は地球の軌道の約10億倍あるそうである。地球から月まで高速1.3秒の距離だそうであるが、何万光年という星もあるそうであるから気の遠くなるような広さ、広さは無限大と言っていいと思う。確かにこんな広い宇宙の中には地球人より優れた生物がいる可能性だってあるかも知れない。また人類の誕生は約6500万年と言われているがたとえば我が薮塚地方に人が住み始めたのは400年前ごろでそれもほんのわずかな人だっという。私たちは点にも満たないところで、ほんのわずかな期間を生きていないのに過ぎないかも知れない。しかしその中で精一杯楽しく生きるのが人間の特権に思えてならない。
3/11
「定本おのちゅうこう詩集」
おのちゅうこうという詩人を知るようになったのは私の好きな歌人江口きちがいた小学校に教師として在職していて、その頃新進人として活躍していたと聞いたからである。ちゅうこうは高村光太郎、草野心平、萩原朔太郎等の一流詩人を川場村に招ききちの経営する食堂にも寄って酒をくみあわせたという。きちと掛かり合いのある群馬で著名な詩人のうのちゅうこうの誌が読みたくなって、「定本おのちゅうこう詩集」の古本を取り寄せて読んでみた。B5版の大きな本で有島生馬、中川紀元、鈴木寿雄、東郷青児などの一流の書や絵が挿入されていて350ページもあり詩やエッセイ、書簡と内容もかなり充実していた。
わかい教師
ぼくは若い教師だ
自分の感情で子どもを叱った。
叱ってはっと反省した
子どもの顔がおびえている
不幸な子どもの瞳をみた
ぼくは笑い出したとたんに
教室がもとのあかるさにもどった。
この詩のように一流の詩人のように叙情性に欠けるかも知れないが若い教師の率直な気持ちが顕れていて清々しさ感じられる。高村光太郎はちゅうこうの詩集「日本の教室は明るい」を読んでこう評している。「こんな詩集は読んだことがない。小学校の教師としての詩人が、子ども等のの美しい愛に身を打ちこんで、子どものやうな素朴な、ぶちまけた心で書き綴った学校詩集である」
私もちゅうこうの詩が教師の目線で率直に表現しているので、これからちゅうこうの詩を読むのがやみつきになりそうである。
3/12
日本の歴史を知るには
日本の歴史を知るには詳細に書かれた日本史の本が良いと思って読んでみたが事件等事実のみしか書かれていたので興味を失っていた。ところが「山田郡誌」、「群馬郡誌」、「笠懸村誌」を読んでいると時代の流れや様子がよく分かるのである。ただ巻数が2巻程度との制限があるので少し著述に物足りなさが残ってしまう。そこで図書館等行っていろいろ読んでみたが、「太田市史」の古代、中世、近世、近現代、民俗史上下の、6巻程度が一番各時代の様子が分かると判断した。分厚い本で上質な紙が使用されていて古本ではあるがきれいで読みやすい本で6巻1万5千円位で買えるので思い切って買うことにした。この市史を読んでいると市史を執筆されている人たちの学識と努力がいかに卓越しているかが分かる。地味な内容であるが史料等に基づいてその時代のこまごまとした内容が書かれているのには全く心が打たれる。今私が現代までに日本の国がどのように進化してきたかを勉強しようとしているがこの「太田市史」が格好の教材になるような気がしてならない。
3/13
熾烈な熱戦だった名古屋女子マラソン
一昨日名古屋女子マラソンが行われたがオリンピック選考レースでもあってオリンピック、世界マラソン等のメダリスト、野口みずき、赤羽有紀子、中里麗美、渋井陽子、尾崎好美、伊藤舞等豪華絢爛というこれ以上のメンバーの揃ったマラソン大会は今までなかったのではないかと思う。ペースメーカーのレーンカルマーの上手なリードに期待されたトップグループは25qまで順調に続く。ペースメーカーがいなくなった25qから尾崎中里勝又赤羽伊藤渋井宮内の7人のサバイバルレースとなった。しかし遅れていた野口も追いつき35q付近では追いつ抜かれつの激戦で解説者も「稀に見る素晴らしいレース」と言わすほど壮烈な見応えのあるレースであった。結局、日本人では中里を振り切って、尾崎好美が2時間24分14秒で一位でロンドン行きを決定した感じであった。
それにしても渋井野口赤羽も持ち味を出して、稀にみる贅沢な見応えのあるレースであった。
3/14
おのちゅうこう青春放浪記
おの・ちゅうこう著「青春放浪記」ーある詩人の哀歌ーをインターネットで取り寄せて読んでみた。江口きちとかかりあいがあると言うことで最初そんなに期待してなかったのであるが、読み始めてみたら心平らの有名詩人との交流や列熱な初恋など惹きつけられたが、何よりも物怖じしない性格で、その頃権力風を吹かしていた名物校長にもきちんと物を言える主人公の生き方が初めて「坊ちゃん」を読んだ痛快さえ感じた。またきちの食堂で草野心平にきちを紹介した話やちゅうこうの詩が教員の経験のなかで生まれた話などもおもしろかった。またこの人の恋も半端ではない。
「私は苦しんだ。悶えた。今からなら問に合うぞ、彼女の家へ行こうか?行って彼女の両親にいっさいをぶちまけて懇願するのだ。それでだめだと拒絶されたら、暴力をふるってでもいい、彼女を拉致して、どこへでも、地の果までも行くのだ」
ちゅうこうは子ども思いで情熱的でそれですばらしい詩も書ける。私もちゅうこうのような先生になりたかった!!
3/15
健康健診先日健康診断で血液、尿、レントゲン検査を行った。その日は受ける人が少なくスムーズに行え、この病院は30分後には結果が出て担当医から診断があるのは嬉しいことだ。どきどきしながら待っていると看護婦さんから呼んでいるので、診療室へ入っていくと先生が笑っていた。「ひとつも悪いところはなかったよ」と言ったので「ほんとうですか」とつい叫んでしまった。前に検査したのは1年前なのでどうかと思ったが異常なしと言うことですっきりした。それにしても検査結果表は分かりづらい。WBC、RBC、Htなど英字で意味が分からず、数値も何を意味するか分からなかった。家の者に聞いたらその裏に説明書きがあるという。WBC、は白血球数で増加の場合感染症の疑いRBC、は赤血球数で減少すると貧血、まめいなどするという。これらの検査によると肝臓、心臓、心筋、尿管など身体の中の機能の異常の状態が分かるという。いずれにしても身体の中には多くの器官、機能のある中で一応異常のなかったことは取りあえず喜んで良いと思う。私としては毎日食べているねぎ、豆腐、納豆、卵等に感謝したい気持ちで一杯である。
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時代の流れ、紙質の変化
最近地方史を取り寄せているのであるが、古本でもあるのに紙質がよく読みやすいのである。基本的には紙が良くて読みやすいのであるが、いろいろその時の紙の事情によって異なるらしい。まず明治大正や昭和の初めは、結構紙質もよく読むのに支障がない。しかし、昭和20年代になると、急激に紙質が悪くなり、今それを読もうとすると茶色くなりかなり読みずらくなってしまっている。30年代から徐々に良くなり、現代では紙質も印刷もよくなり大変読みやすくなってきたようである。特に地方史など行政の援助もあって上質で特に読みやすい。今はこのような上質で1000ページもある読みやすい地方史が1000円でてに入る物もあるのだから本好きな物にとっていい時代に遭遇しているといっていいだろう。
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分からない陸連の考え方
先日ロンドン五輪マラソン代表に男子は藤原新、山本亮、中本健太郎、女子は重友梨佐、木崎良子、尾崎好美各選手が選ばれた。新聞報道にも順当だという意見もあるが、選考基準が曖昧だという意見もあった。私が陸連の考え方が分からないのは、オリンピックは世界の大会であるのに世界陸上の5位の赤羽を評価しなかったこと、選考レース日本人1位を重視するはずなのにそれほどタイムの良くない2位の中本を選び、1位の川内選手を落としたこと、最近のレースを重視し過ぎたこと、誰にでも納得できる選考をするといいながら結局は曖昧さを暴露して批判も多かったことなどがあげられる。何よりも許し難いのは「オリンピックの成績を見て判断して欲しい」と選考基準の検討も考えず何かうそぶいている感じであることだ。今回だけでなくオリンピック選考には異議が多いのだから陸連はもっと国民に納得できる方法を真剣に考えるべきと思う。
3/18
我が家の補修工事
タイトルに「我が家の補修工事」なんて大げさに書いてしまったが、ドアの取り付け、ペンキ塗り、チャイムの取り付け、車庫の入り口のモルタル塗りといった、専門家に頼むほどでないが家で何とかしなければならない補修のことである。私は特に子どもの頃不器用でナイフの使い方が下手、ぺったんやベーゴマも勝ったことなしであった。でも最近ドアやチャイムの取り付けをホームセンター等で材料を買ってきて、時間がかかりながらも、何とか開閉できるドアを取り付けたり、廊下にあったチャイムを居間に付け替えたりして何とかさまになってきた。子どもからも「お父さん、凄い!大工さんみたい!」何て言われて気をよくしている。いくら不器用でも何とかしようと思う気持ちがあれば何とかなると思った。
3/19
太田市史と日本の歴史
どのようにして現在に通じてきたか何となく興味を持ってきて、今太田市史の本を時々読んでいる。古代においては旧石器遺跡の発掘や下宿遺跡の縄文式土器の発見などにより1万年以上前からこの辺に人が住んでいたことになる。中世に入ると新田一族の活躍があり、新田の荘の発展や長楽寺寺領の拡大がある。新田義貞は鎌倉幕府を倒した武将として一挙歴史の舞台に躍り出たが五年後にはその舞台から消えていった義貞の評価は時代と共に流れているが上州人としては一時尊氏と共に、一世を風靡した武将として誇っていいと思う。近世に館林の藩主綱吉が将軍になったこともあつてこの地も幕府とのつながりもでてきて旗本岩松氏の誕生となるわけである。現代になると明治維新と諸制度の改革があり、近代農業や義務教育が展開され社会生活においても急激な発展を遂げている。また民俗の分野でも神々への信仰、民間信仰、しつけや年間行事など昔話やことわざの伝承等も載っている。太田市史を振り替え読んでいると日本歴史の本に載っていない生きた日本の歴史を感じざるを得ない。
3/20
夢のお告げ
先日テレビを見ていたらあるお年寄りが先に逝かれた奥さんの夢を毎日のように見ると言うことであった。普段から思い詰めている愛情の素晴らしさに感動してしまった。私の場合それほど思っていないと思うのだが、先日夢の中で神様が現れて「今菜園に植わっている野菜を取り除き、4月から植えるトマトやキュウリの苗のために土作りをせよ」と言われてしまったが普段、そんなことを無意識的に考えていたのかも知れない。「夢は欲望の成就である」というのがフロイトの精神分析の基本であるそうだが、私は今回のことは神様のお告げと解釈したい。
3/21
春なのに
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うとおりどんなに寒くても春の彼岸には暖かくなるものであるが、今年はまだ寒気が押し寄せて、東北新潟はまだ雪だしこの辺もまだ寒い。だからこの辺の梅の開花も例年より2週間近く遅れているのではないかと思う。また、例年結構暖かい日があり草花の種を蒔き芽が出るのであるが今年は今のところ全く蒔ける状況である。ホームページのBGMを考えたとき、直ぐ浮かんだのが「春なのに」の替え歌である。
寒さだけが理由でしょうか
会えなくなると右手を出して
さみしくなるよそれだけですか
むこうで誰かが呼んでますね
春風吹いてをほほえんで送りたいけれど
春なのに北風吹いて
春なのに涙がこぼれます
春なのに春なのにため息またひとつ
3/22
種の蒔き時
例年草花の種の蒔き時は今頃なのであるが今年は地温が10度前後のことが多く、もう少し経たないと蒔き時にならないらしい。園芸の先輩に言わせると蒔き時はボタンのかけ間違いのようにひとつ狂うと全部狂いいいものができないそうである。私は去年白菜の種を標準より1ヶ月ぐらい遅れても何とかなると思って蒔いてみた。秋のうちは順調に育ったが、冬になると成長がストップしてしまった。ところが春になると成長しだし今のところ何とか食べられそうな気配である。もしこのままうまくいったら、野菜高値の時だけに重宝にされみんなに喜ばれるかも知れない。種の蒔き時をいろいろ替えてみて植物の育ち方を観察するといろいろ面白い現象に遭遇するような気がしてならない。
3/23
陸山会公判結審
先日陸山会政治資金規正法違反に問われた小沢一郎氏の公判が弁護側が最終弁論で無罪をこ主張して結審したそうである。小沢氏は10分も共謀もしておらず元秘書の調書は信用できないとして身の潔白を主張したそうである。小沢氏の言い分は百歩ゆずって妥当性があるかもしれない。どうしてもわからないことは今まで忠実に働いてくれた秘書の言葉さえ信用しないのであろうか。上の者は下の者に任せているのであるから下の者が間違えた場合当然責任を取るのが上司のつとめであると思うのである。この点小沢氏の考えが私には全く理解できないのである。
3/24
春一番はもうこない
春一番は12年ぶりに吹かなかったそうである。ホームページで春一番は辰年が嫌いとか。これは面白い勘ぐりであるが信憑性はない。。何れにして春一番とは、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄りの強い風のことであるからもう今年は吹かないことになるから少し淋しい気もする。私のホームページのBGMを何にしようかなと思っていたら春一番の歌は今の季節にあっているような気がしたので挿入することにした。
雪が溶けて川となって流れて行きます
つくしの子がはずかしげに顔を出します
もうすぐ春ですねちょっと気取ってみませんか
風が吹いて暖かさを運んで来ました・・・・・・・、
今年の冬は長い、春一番が来ないことはめずらしい。彼岸の過ぎた頃「春一番」の歌詞がぴたりなのもめずらしいことだ。
3/25
さくらの咲く時期
私の若い頃はこの辺は入学式の頃が満開で、私は教員で視聴覚担当であったから、写真やビデオで新入生の笑顔とさくらの花の美しさがマッチしてとてもいい映像が撮れたものである。ところが最近は温暖化が進んだせいか3月末から咲き出し入学式にはもう散り始めてしまうことも多かったようだ。しかし今年は元に戻って入学式の頃が見頃のようである。やはり桜が咲くのは入学式の頃で新入生の緊張した顔、お母さんのほほえましい顔、ランドセルの香しい匂いがピンク色のさくらの花びらにぴたりと合うのである。そんなこともあり温暖化のこともあり、やはりさくらの花が咲くのは入学式の頃が一番ふさわしいと思うのである。
3/26
朝ドラにやみつき
普通私たちは「朝ドラ」と呼んでいるが正式にはNHKの連続テレビ小説というらしい。1961年度から始まったと言うからもう50年も越える長寿番組と言えよう。現在は「おはなは」んや「おしん」の頃のように爆発的な人気はないがほどほどに安定してよく見られているようである。私は見始めたのは「純情きらり」であるからもう5年にもなるがうちの家族が見だしたのは「てっぱん」からで「お日さま」、「カーネーション」の3作品に過ぎない。しかし見始めると病みつきになるようで、また「梅ちゃん先生」や「純と愛」も見続けていくだろう。朝ドラの魅力は原作にとらわれない独自のテーマを持った丁寧な脚本や芸達者の俳優が持ち味を存分に発揮しているからだと思う。今回も原作にない主人公と同級生の交流もテーマにあり、ヒロインの尾野真千子、父役の小林薫、祖母役の正司照枝、十朱幸代などもし主演、助演ドラマ賞があったとしたら総なめするほどの迫真の演技だったと思う。「カーネーション」はもうじき終わる。そろそろ「梅ちゃん先生」のガイドブックも届くことだろう。しばらく我が家では朝ドラに病みつきの状態がしばらく続くことであろう。
3/27
寒い冬に売れた食品
今年の冬は彼岸が過ぎても雪が降るほど厳しい寒さが続いた。よって暖房器具や冬物の衣類もかなり売れたことだろう。しかしここでは視点を食材に絞ってみたい。我が家の場合、今年は鍋物がかなり多かった。鍋物は身体が温まるし具さえ追い足せば2.3日食べ続けるもできる。私の家で鍋物と言えばすき焼き、キムチ鍋、チャンコ鍋などであろう。そうすれば食材と浮かぶものは、牛肉、豚肉、白菜、ねぎ、糸コン、豆腐などである。しかしこれは我が家の傾向だけでなく調べていないが全国的な傾向であると私は信じ切っている。今年の冬は肉屋さん、野菜蒟蒻生産者、豆腐屋さんが暖かいぬくもりのある冬を過ごしたような気がしてならない。
3/28
ヘッドホンの力
懐かしいタイガースのリサイタルをテレビで視聴していたら迫力のサウンドが聞きたくてヘッドホンで聞いてみた。しかし迫力がイマイチなのでヘッドホンの左の音が小さかった。これはもうのヘッドホンはじみょうと思い、安くて性能の良いヘッドホンを買い求めた。それは「耐入力1000mWでピュアなデジタルサウンドを再現」とうたい文句にあるとおり きれいで澄んで迫力のある音がした。同じCDで有りながらヘッドホンが違うだけで音楽が違って聞こえるから不思議である。最初にリカルドサントスの「日本の郷愁」を聞いたがラテンのリズムで左右から聞こえるステレオのリズムはまさに生演奏を聴いているようだった。たったひとつのヘッドホンの違いで音が澄んで活きて迫力があり、生活にリズムが出てきて生きる力がでてくるからまるで魔法のようである。
3/29
美しい歌声
久し振りにBS日本・こころの歌の女声FORESTAの歌を聞いてみた。このグループはこの番組のために編成された音楽大学を卒業した人たちである。「美しい風土に育まれた日本の心、名曲はさまざまな想い出に寄り添いながら歌い継がれていきます」とコメントされると「故郷」、「埴生の宿」、「旅愁」、「赤とんぼ」「からたちの花」、「カナリア」などが美しい声で歌われた。聴いていると私の汚れた心が洗い流されて澄んだ心になるようであった。曲は皆、昔音楽の時間に教わった郷愁的な歌によるものもあるようだが、音楽大で基礎的な音楽を勉強をしただけであって、澄んだ声と美しいファモニーがたまらない。私は美しい歌声に包まれて子どものような汚れない純な心に戻ったようだ。
3/30
今日からプロ野球、長い夜が始まる
今日からプロ野球が開幕される。この半年野球がなかったので夜が短くリズムがなかなか取れなかった。今年のセーリーグの順位は「超豪華補強で戦力は桁違い」で巨人の独走の予想が多いようである。我が愛する阪神は「投手陣が不安で選手層が薄く」やや苦戦の予想が多い。でも阪神ファンの私から見ると、能見、メッセンジャー、スタンリッジ、岩田に復調の兆しの見える安藤、秋山が加わり先発投手が安泰で、中継ぎも、渡辺、榎田、久保田、福原、も順調で抑えの藤川も万全のようである。また打撃陣はオープン戦の初めの頃悪かったが徐々によくなり、平野大和鳥谷新井マートンブラゼル金本藤井の打順は他の球団には負けないと思う。これはどうしても阪神ファンのいこ贔屓な見方のようである。ともあれ、今日からプロ野球、長い夜が始まる。結果でなくプロ野球の技術をゆっくり楽しく堪能していきたい。
3/31
惣五郎、茂左衛門伝説の信憑性
私は高崎五万石騒動を勉強している関係もあって、同じ義民として有名な佐倉惣五郎と杉木茂右衛門について知りたくなって、児玉幸多著の「佐倉惣五郎」を読んでみた。そしたら「惣五郎の場合はそのいずれもが確実な資料を欠いている。人によっては惣五郎は架空の人物であるとさえいう。」、「それはあくまで推測であって、確かなことは、真田氏が検地をやって増税政策を講じたときに、月夜野村に茂左衛門という中位の農民がいたという事実だけである。」と私にとって衝撃的な文章が載っていた。茂左衛門は上毛カルタに扱われているし、惣五郎は義民のお手本として知られていたのでそれが史実的に根拠がないとしたら少し淋しい話しになってくる。しかし著者は結びの項で、「しかし、惣五郎の実在とその事跡は別である」として、記録に残っていなくても、訴訟の事実があるかもしれないし、民衆とのつながりがあったとして「すべての事跡は架空ということではできないのではないか」と結んでいる。私もこの論には大賛成である。むやみに史実に忠実なものだけが歴史でないと思う。事実を推測することもほんとうの歴史につながると思うのである。
4/01
卯月朔日に思うこと
私が勤めていた学校の校長は短歌が趣味で「卯月朔日」という歌集を出している。教員にとって4月1日、卯月朔日は出発の日等として意義深い日であるという。今日そんなことから最近の教員に対する見方について考えて見たいと思う。先日、テレビニュースを見ていたら、警察官が1個5円のスマートボールの玉を1個20円のスマートボールに使ったことや、ある教員の体罰について取り上げたり、校長が早引きや遅刻を繰り返したことを公務員の不祥事として扱っていた。私としてはそれぞれ公務員の自覚を失っている面はあると思っている。しかし体罰は悪い行為だと思うが結構教育熱心の人に多いのである。私は無気力の教師よりよっぽど良い先生と思っている。まして遅刻や早退というと聞こえが悪いが、用があれば時間年休が取れることになっているので、そのこと自体問題のあることでないと思う。ニュースがないときの公務員いびりと私は思っている。ただひとつ最後にアナウンサーが「警察官や教員の不祥事をどう思いますか」と解説者に聞いたとき解説者は「警察官や教員は24時間神経を使わなければ大変な仕事であり、殆どの教員や警察官は生徒や国民のため一生懸命頑張ってい
る」とむすんでくれたのはせめてもの慰めであった。
4/02
父の命日
私の母はたとえば私が夜学から帰ってくるまでどんなにお腹がへっても食べずに待っていてくれたり、急に旅立ちを告げると寝ずに用意をしてくれたりして、命を張って私のために献身的に尽くしてくれたので世界で一番素晴らしい母だと自負している。そこへいくと私の父は一般的な父の役割をしてくれるものの私の考えとのすり違うことが多く、母に比べて思うことが少ない。自分が親になっても父を尊敬しきれないことをいけないことだと思ってもこればかしはどうにも変えられないことだと思っている。でも生きているとき誕生日に大好きな酒をプレゼントすると涙を流してくれたことを思いだす。また、命日にはお墓参りを欠かさなかったり父が大好きだった「五万石騒動」について今私が現代語訳文を作ったりして研究しているのも無意識的に父に愛着を感じているのかも知れない。
4/03
リカルドサントスの魅惑的な編曲の魔術
ヘツドフォンを購入してCDを整理していたらリカルドサントス楽団のCDが出てきた。30年前学校で視聴覚の担当していたときよく使ったレコードの曲であった。ラテンのリズムの「ホリデイインジャパン」でラテンのリズムながら日本的な郷愁のある独特な編曲と演奏で魅せられたものだ。久し振りに聴いてみるとステレオの録音のうまさもあって天国に昇るような爽やかなシャープな心地よい低音の響きの良いファモニーであった。インターネットで調べたら、サントス楽団の日本の曲以外の「真珠採りのタンゴ」、「雨のタンゴ」、「チゴイネルワイゼン」などのラテンのアレンジ曲と、サントス楽団から本名のウエルナー・ミューラー楽団になってからの「恋は水色」、「バナナボート」「グラナダ」、「南京豆売り」などのCDがあることが分かったので取り寄せることにした。サントス。ミューラーがどんな魔術を使ってどんな魅惑的な編曲と演奏をするか楽しみでたまらない。
4/04
素敵な演奏
著名な曲と一流の指揮者と演奏者の生演奏を聴くことだと思う。しかしそれはできないので今の私としてはいいスピーカーを持った50万円のステレオ、と1万五千円のヘッドフオン、8400円のウェルナ。ミューラーの全集があれば最高だと思っている。しかし、年金で生活を立ててる身でそんな贅沢はできるはずがない。そこでパソコンのCDROMで、598円のヘッドフォン、1000円の中古のウェルナ。ミューラーで聴いてみた。そしたら結構低音の響きのあるステレオ曲でアレンジも巧妙でまさに天に昇るような心地よい素晴らしいファモニーの演奏であった。著名な曲と一流の指揮者と演奏者の生演奏を聴いているようであった。何て私は果報ものなんだろう。
4/05
セミクラシック音楽
最近、パーシーフェイス、とリカルドサントス楽団の演奏にはまって毎日のようにCDを聴いている。この種の音楽を一般的にムード音楽とか軽音楽と言っているようだ。クラシックと同じようなオーケストラで演奏するのだが、クラシックは楽譜通り演奏するようだが、サントス楽団等の演奏は、楽団毎にたとえばラテンとか独特のリズムを持ち、楽団長兼指揮者が編曲して演奏するのが普通のである。だから同じ曲でも各楽団毎に趣のある演奏が聴けるのが特徴である。だからこの種の音楽は楽器や音楽の持ち味を生かした工夫された素晴らしい音楽であると思っている。だからムード音楽とか軽音楽と呼びたくない。と言ってふさわしい名前も見あたらない。取りあえずセミクラシック音楽といっておこう。実はこれも満足できてなくてふさわしい名前を私なりに考えていきたいと思う。
4/06
移り気な私
少し前はギターの練習に夢中だったのに今はリカルドサントスやパーシーフエイスのCDの演奏を聴くことが多い。本などは少し読まないとすぐ読みたくなるのだが、どういう訳か音楽関係は周期が長い。私の本棚には映画音楽、クラシック、日本の歌などCD全集が結構並んでいる。そのときは夢中になって聞いているのにいつのまにか聞くのを忘れ、音楽の聞かない日があっても気がつかないのである。今マントバニーのTRUELOVEを聞いているのだが夢心地というか心が洗われるいい気持ちにさせてもらっている。なのにまたいつか音楽から遠ざかってしまうのだろう。私の移り気には困ったものだ。
自分で全く制御できないのだ。
今こんなに音楽に夢中になっているのに。
4/07
今年の巨人は優勝できるか?!
今年のセリーグの解説者の順位予想を見ると巨人の1位は大補強したとして不動と答えた人が多い。にも関わらず5日現在巨人は1勝5敗と最下位独走中である。投手陣というと防御率で3.0であるが先発陣もそれなりに試合を作っている。問題は打撃陣で6試合で得点が8では勝てるわけはない。シーズン前の打撃の評価も10点満点が多かったようだが、今そこそこあたっているのは阿部と高橋由ぐらいである。打撃は水もの調子がでれば点が取れるであろう。毎年出だしの良くない巨人のこと、いつのまにか優勝戦線へ繰り出しているかも知れない。しかし今年は少し様相が違うと思う。打撃陣でも安定性のあるのは阿部と長野ぐらいでこの点解説者が目を落としてしまったのではないかと思う。また今年戦力が落ちるといった広島とDeNAが思ったよりもいい試合をしているのである。したがって「今年の巨人は優勝できるか」という質問にはなかなか厳しい、私は8割強難しいと思っている。
4/8
さくらの歌
さくらの歌と言えば日本古謡のさくらが昔から愛着をこめて歌われているが現代の歌手もさくら」と言うタイトルの歌を歌っている人が意外に多いようである。音楽ヒット全集の目録を見てもいきものがかり、森山直太朗、ツメイシ、コブクロ、河口恭吾などかなり多い。同じタイトルでこんなに多いのは「さくら」ぐらいのではないかと思う。それもいい詞でいい曲が多い。日本人の桜への思いが強いのかも知れない。私は森山の「さくらさくら今咲き誇る刹那に散りゆく」やいきものがかりの「さくらひらひら舞い降りて落ちて揺れる想いのたけを抱きしめた」の日本的な詩情に心打たれてしまう。今年の桜の満開は例年より遅いらしいがモーニング娘の「さくら満開」の歌も若いときの心を思いだすほどはしゃぎたくなる歌である。
「ああさくら満開、ねえさくら満開、胸の中、もう言葉にならないくらい、恋の花が満開」
4/9
国民新党新喜劇
5日夜国民新党の連立維持を主張する6人は亀井代表と亀井亜紀子氏を解任したが亀井両氏はそれを受け入れないと泥試合の様相が見えてきて国民をがっかりさせていたようである。6日昼、国民新党議員総会を開いて同党の代表者を亀井静香氏から自見金融相に変更する「届出事項の異動届」を総務相に提出し、受理されたそうであるこの混乱は小さい政党故に党の規約に役員の解任に関する規定がなかったことにもよるのかも知れない。私は内紛があまりにも泥試合などでついこの随筆も「国民新党新喜劇」とつけてしまったが、当事者にとってはとても辛い試練であったと思う。この件は一党だけのことでなく、民主党や自民党にも共通する面が多いと思う。民主党や自民党も今回の二の舞を振るうかも知れない。今回の件で一党を維持することはことのほか大変であることが私なりに分かったような気がした。
4/10
ひなたぼっこ
今年はもう入学式の頃なのにが
朝が寒かったり北風が吹いたり
ジャンバーが離せなかったり
我が県の北部では雪のことも多い。
でも昨日庭で椅子に座っていたら
暖かい日差しが伸びてきて
花の香しい匂いもしてきた。
これを日向ぼっこというのに違いない。
そう言えば日向ぼっこは半年ぶりだろうか。
懐かし日向ぼっこ、
ぼんやり日向ぼっこをやっていると、
半年が走馬燈のようにまわり、
懸案の事柄もひとつ一つ順調に過ぎていき、
私を暖かく包み込んでくる。
ひなたぼっこは私を幸せに包み込んでくれる。
4/11
苗の植え時
私の園芸の先輩は野菜の植え時は遅くても早くても良くなく、その年の気象に合わせて植えるのが基本という。でも私なりに考えると早めに植えると寒い日が続かなければ早くうまく獲れるのだ。ただこの頃は花屋やホームセンターに行ってこまめに苗の入荷をチエックしなければならない。今年は寒かったが入荷時期はあまり遅れていないようだ。うまく希望の野菜の苗を買うことはできた。苗の植え時は家の菜園等の環境に合えば基本通りでなくてもいいような気がする。少しめちゃくちゃな栽培法であるかも知れない。家庭菜園は楽しく獲れれば、それでいいと思っている。
4/12
芸能人のクイズ大会
最近テレビを見ていると芸能人のクイズ大会が多いようである。最近は知的問題だけでなく雑学めいたものも多いようである。また最近目につくのは正しい答えでなくとんちんかんな常識のないことを言う人を面白くするため出している傾向にある。これは出場者に失礼なので是非やめて欲しい。また最近感じるのであるが勉強王とか雑学王などは内容が難しくなって、やくみつる、宮崎美子、辰巳琢郎、ロザン宇治原、ラサール石井、シンデレラ畠山など同じ顔ぶれになっていて優勝者もいつも同じメンバーになってしまって面白くない感じもしないではない。私は頭の体操になるから芸能人のクイズ大会は大好きなのであるがもう少し回答者の選択や常連が難しく感じるある専門分野の問題等出したりして出題に工夫して欲しい。そうすればもっと多くの人が楽しく見ることができると思う。
4/13
いとこのTさんへ
三日後法事で行き会えると思って
楽しみにしてたのに
葬儀所であなたの写真に立ちすくむとは
むそれにしても神様は意地悪過ぎる
せめて会ってからでもよかつたのに
でもこの写真良い写真だね
普段着で自然な笑いがすてきだよ
名前も賢温厚ぴったしだよ
急な知らせ驚いたよ
風の便りもなかったし
元気な顔がちらついていたし
それが葬儀所で見る写真だとは
またTさんいろいろ話しましょう
随筆のこととか花のこととか
私が撮った写真をみながら
じっくりゆっくり話しましょう.
4/14
ホームページのBGM
ホームページのBGMを作るには季節感のある今ふさわしい曲が必要である。私のリストには十年前MDI愛好者の投稿欄から頂いたものが基本であるが新しい曲も是非欲しいものである。しかし今は著作権の関係でMIDIの投稿欄もないらしい。しかしよく調べてみるとMIDIや楽譜がインターネットで購入できるらしい。早速購入してみると勿論有料であるが投稿者のものより質もかなりよくいい旋律が流れ出るのである。1曲210円は少し痛い面もあるが曲層も広いし好きな曲も選べるし投稿者に対する礼も必要ないので却ってすっきりしていいのかも知れない。ホームページのBGMの取り寄せも時代の流れによって大きく変わっていることに驚きを感じぜざるを得ない。
4/15
分からない蒔き時
3月30日に少し早いと思ったが種の袋にも蒔き時は3月下旬からだと書いてあったので20日大根、トマト、キュウリの一斉に種を蒔いてみた。ところが大根の芽は直ぐ出てきたのにトマト、キュウリの芽は全然出てこなかった。4月の上旬は暖かい日もあったが続かず寒い日もあったからだろうか。つい私は気温だけ気にしてしまうのだが問題は土温で我が家の場合でも場所によってかなり違うらしい。昨年は土温度計を買って調べたが何となく分かったような気がして土温度計を今年は用意をしなかった。そのせいだろうか、手だてをしなかったせいか今年は野菜の種の芽が順調に出ていない。また種を再度蒔いた見たのであるが順調にでるか少し不安である。このところ20度以上の晴れの日が続くと言うことであるが種の蒔き時を早く会得したいと思う。
4/16
雨の一日
昨日は低気圧の影響で一日雨が降っていた。このところ土曜日は天気が悪い。天気には周期的なところがあるかも知れない。雨の日は外に出るのがおっくうになるがうちの中でもなかなか何かしようとする気にもなれない。いずれ梅雨の時期がやってくる。梅雨の間ずっと陰鬱な気分になるのも良くない。良い方法はないものだろうか。その一番の良薬はフライシュレンの詩の山本有三の翻訳詩であろう。
心に太陽を持て嵐が吹かうが、雪が降らうが、
天には雲地には争ひが絶えなからうが
心に太陽を持てさうすりゃ何が来ようと平気じゃないか
どんな暗い日だってそれが明るくしてくれる
そうだ外の暗い雨の一日でも
せめて心だけ明るく持とう太陽のように!!
4/17
社会常識から死刑判決
いたましいえん罪阻止が訴えられる中連続不審死事件が状況証拠及び社会常識を元にさいたま地裁ではK被告に死刑の判決を下した。私はやはり「疑わしきは罰せず」で確定的な証拠がない限り有罪にしてはならないと思っていた。だがこの事件だけはそうは思わない。この被告と関わった者が悉く金を取られ不審死に陥ると言うのは確率の上からも社会常識から見てもK被告以外には考えられない。偶然は二つ三つは重なることはあると思うが十以上も重なるのは必然以外考えられない。それにしてもこの被告は頭がよい。自分で直接手を下さず、証拠が残らないコンロなど絶妙な方法をとるのだ。識者は今回の判決を「被告人が犯人でなければ説明できない事実が必要」との観点から検討したか具体性に乏しいという。確かにそうかも知れない。しかし今回の事件は推理小説を上まる手の込んだ証拠を残さない知的犯罪で度重なる偶然は確率の上からも社会常識から見てもあり得ないことこの不審事件の犯人はK被告以外は私には考えられないのである。
4/18
壁掛け扇風機
私の離れの部屋は狭い6畳で本やCDや電機器具がかなり並ばられている。だから夏場はどうしても壁掛け扇風機が必要となってくるのである。昨年の夏が終えた頃故障してしまった。修理をして貰おうと考えたが安い機器は買え換えた方が良いという私なりの鉄則の通り購入することにした。安価な電機製品から家から3キロのA店へまず行ってみたがその製品はなかった。そこで隣り合わせのBCD店へ行ってみた。処がである。日本有数と品数と種類に定評のあるBC店にはなく全国チエーンであるが一段格下のD店にあったのだ一般的な常識と言えば大きな店にはいろいろ種類があると思いがちであるがそれがそうでなかったのである。そう言えば携帯ラジオもD店しかなかったのである。家に子どもたちに何処で買ったかクイズを出したが正解者は誰もいなかったのである。大きな店ときめ細かい商品の揃っている店が意外に違うことが現実にあることが分かった。
4/19
結婚記念日
昨日18日こどもたちから「結婚記念日おめでとう」とメールが届く。私が結婚したのは戸籍謄本をみると1971年4月21日とある。しかし私も家族も結婚式が4月18日だったものだから4月18日に結婚したものと思いこんでいる。いずれにしても我が家では4月18日は結婚記念日であることは間違いない。「あなたは何時結婚したのですか」と聞かれたらすぐ答えられないのは私自身大変微笑ましいことだと思っている。
4/20
苗の値段
苗の値段は見た目では分かりにくい私が買い始めの頃は戸惑どったものである。たとえば接木した苗は丈夫だが高い。またトマトの苗では定評のある普通の苗は80円なのにデルモントの苗は298円とかなり高い。しかし良い味の良いトマトになるので安いくらいである。私の家で毎年悩むのがキュウリの苗である。土の配合が強いせいかなかなか育ちにくいのである。最初8本2400円の接木の苗を植えてみたが悉く苦枯れて育たなかった。ところが病害に強いという8本400円の苗を植えたら今のところ順調に育つているのである。念のため言っておきたいが、枯れた苗は苗のせいでなく私が配合した土に合わなかったということなのである。いずれにしても私の菜園では1本300円の苗より50円の苗の鵬が具合が良いようだ。苗の値段というのは考えてみると面白いものだと思う。
4/21
夏の花菜の準備できたぞ!!
花や野菜の場合途中の手入れも大事であるが、土や柵の準備や種の蒔き時や苗の植え時がもつとも大事なポイントだと思っている。昨日をもって、トマトキュウリなどの苗を植えたし、時差遅れのトマトキュウリの種を蒔いたし朝顔の種などの芽もようやく出てきた。鉄柵と蔓用の竹や針金も用意できた。まずは尤も大事な準備段階がうまくいったと思う。これでまずまず夏の花と野菜は順調に育つと思う。昨日をもって今年の花菜の生育のスタートがうまく切れたと思う。まずはほっとした。今日飲むビールは格別おいしいであろう。
4/22
苗と種
野菜作りの本でもトマトやキュウリなどはこれらは苗を買って作るのが普通となっている。というのは種から蒔くと収穫時期が遅れることと種から蒔くと手間がかかるという先入観らしい。私は勿論苗は早い内に買い入れるが、その頃一緒に種を蒔くことにしている。そうすれば時期をずらして収穫ができるからである。友だちに苗は買わずに種を蒔くだけの人がいるが「収穫の時期もそれほど遅れず安価でたくさんの野菜が収穫できる」とのことである。私は園芸初心者であるが種まきはそれほど難しいと思っていない。トマトやキュウリは苗だけに頼らず初心者であっても種まきでも結構楽しめるのではないかと思う。
4/23
痛恨の過失
私の気に入っている本に日本抒情歌全集がある。日本の歌で童謡、唱歌から演歌ポップスまで幅広いジャンルから日本的な情緒溢れる選曲でピアノ伴奏や解説まで付いている楽譜集である。私の場合この楽譜をソフトを使ってMIDIにして演奏を楽しむことが多いのである。インターネットをしていたら、日本抒情歌全集4というのが目についた。この全集は3まで思ったし本棚にも3までしかなかった。これは4を買わなくてはならないと思い、さっそくインターネットで取り寄せた。内容の選曲もなかなか言いと思っていた。ところが本棚を覗いたら日本抒情歌全集4がひよっこり顔を出しているのである。わたしははっとして「やってしまった」と思った。それにしても一度見たはずの選曲をどうしてすっかり忘れてしまったのだろう。自分が年のせいにしてしまうのがほんとうに情けなくなってしまった。小遣いの少ないなかで3900円の無駄遣いは痛い。痛恨の過失でこれからは是非繰り返したくないが年をとるにつれその自身も今の私にはあまりない。
4/24
ホームセンターの模様替え
先日屋根が剥がれてきたのでペンキを行きつけのホームセンターに買いに行った。そしたら模様替えをしたらしく前に置いてあったところにはなかったしそのまわりにもなかったのでお店の人に聞いてそのコーナーをやっと見つけることができた。以前は水性と油性のペンキが程よく並んでいたのに油性中心で水性が少なく高価になっていた。以前は屋根用のペンキは一斗缶に入っていて種類も多かったが今回は「省資源に役立つゴミ減量化パック」と4リットルのものだけしかなかった。体裁はいいが4L入りで6000円という高価なものだった。取りあえず買ってしまったが後で考えたら違うもつと小規模の店で従来の一斗缶を買えば良かったと反省している。
4/25
今年のジャイアンツ
プロ野球の開幕前の順位予想では、「巨人大戦力で圧倒」、「超豪華補強で戦力値はケタ違い」「ゲーム的陣容で覇権奪回は確実」と投手力、打撃力、選手層も100点満点と言われたのに23日のスポーツ新聞の見出しは「大チャンスにじくじたるすい枢軸」、「5連敗ああ借金7」とDeNAにもぬかれ最下位を報じられている。なぜぶっちぎり首位の予想が現在最下位に甘んじているのであろうか。よく順位は投手の防御率といわれるが、巨人は2.42で第3位で、投手はそこそこゲームを作っており問題は打撃陣というところであろうか。期待された坂本、長野、阿部も打率はマアマアだが肝心なところでは打ててないようである。巨人は今まで借金を7以上したシーズンは優勝してないとも書いてあった。巨人は大敗はなく接戦で負けていることが多いようである。戦力は落ちているとは思えない。とにかく巨人がふがいないとプロ野球は少しも面白くない。ただ巨人の奮起と逆襲を祈るのみである。
4/26
資料紛失のあせり
五万石騒動研究会のとき、群馬県の明治初年の県域の変遷についての資料の提出が好評をはくして気をよくしていたが明治初年の上野国の統治一覧表があれば皆にもっと理解してもらえると思った。最近見たはずなのですぐ見つかると思っていた。ところが心当たりを丁寧に調べて見たのにお目当ての一覧表を見つけることができなかった。この日元教員との懇談会もあったので自分自身冷静を保つように努めた。こういうことは年をとってからよくあることなのだから諦めたら良いのであるがそのとき一時頭が真っ白状態まで行ってしまった。時間がきたので頭を切り換え宴会に臨んだ。旧友との懐かしい懇談で気持ちよく過ごしたのであるが、皆にはそれほど分からず迷惑をかけなかったと思うのであるが、不覚にも酔いすぎて家までやつとこ帰って来たのである。この原因を酒のせいよりも資料が見つからない焦りが尤も強い要因とも思っている。翌日二日酔いの冷めた頃、最近読まなかった本から「明治初年の上野国の統治一覧表」を見つけることができた。これから年をとるとこんなことが多くなるとおもう。そんなとき慌てずに「歌を忘れたカナリア」の歌でも歌ってのんびり構えていこうと思う
。
4/27
文芸雑誌会員の誘い
五万石騒動研究会例会の終了直後一会員から、「佐藤さん文芸誌の会員にならないか」と言われたから二つ返事で内容も何も分からないのに「いいよ」としまった。どうして私にだけ言うのだろうと不思議に思ったが、文芸雑誌は好きだし今購読している物もなかったのでいいと思った。見本の雑誌の内容を見たら、小説、詩、俳句、短歌、随筆等が載っていた。この会は投稿すれば全て載せる決まりという。その自由な発想が面白かったが、この雑誌を読んで別の途方もないことが浮かんだ。私の個人誌「こきのき」を作ろうと思った。古稀70才からの私の作品を集めて小冊子を作ろうかと思った。詩、短歌、随筆、川柳はホームページに載せているし、戯曲の脚本や八木節の新作の歌詞も作った。後は何とか小説と詩らしい詩を作るだけだ。年度当初は「五万石騒動」映画のシナリオを書こうと思ったがどうも意欲が湧かない。文芸雑誌の会員に誘いを受けたことから思いもつかない大きな発想を得たことに感謝したい。
4/28
ユニークな歴史本
今まで山田郡誌や太田市史などを読んで総合的な群馬県史を読もうと思った。インターネツトで調べたら手頃そうなものがあったから購入した。歴史本というと古代、中世、近世等時代別に分かれ、政治、産業、生活等の項目に分かれていて学校の教科書的内容の物を想像していた。目次を見て驚いた。ゆらぐ上野国、新田義貞の御家人化、高機と桐生織物業、揺れ動く朔太郎の時代、昭和恐慌から戦争へ、高度経済成長と環境問題など内容もその時代時代の表面でなく核心の部分を分かりやすく丁寧に書かれているのである。この一冊を読むと群馬県の2000年のあゆみが自然と分かってくるような気がするのである。こんな肩の凝らない随筆風のユニークな歴史本は初めてお目にかかったと思う。時代が変わると歴史本も読みやすくわかりやすく進化するものだとつくづく思った。
4/29
古本志向
若い頃は古本というと汚いというイメージもあったし、新しい本の何とも言えない匂いも好きで古本はほとんど購入しなかった。今は歴史が好きと言うこともあって古い本が必要な場合も多いが、現在売っている本でも古本を購入することが多くなった。何と言っても古本は安いのだが、程度が結構よく新品に近いものもあるのである。古本の値段というのは古書店の判断によって決めるものなので、同じ同程度の本でも1000円、5000円、10000円と別価格で売られているのもそう珍しくない。私はそんなとき最も安い物を買うことにしている。比べてみたわけでないけれど、古本の値段というのは程度というより、各書店の姿勢というものが価格に影響しているようである。最近結構1円本というのが出回っている。どうしてそんなに安くなるのか分からないが、何か流通機構のことが関わっているような気もしている。とにかく安く程度の良い古本は年金暮らしで読書好きな私にとって神様の贈りものと思うほどありがたいものなのである。
4/30
私の好きな古書店
私の若いときはよく東京の神田の古書街に行ったものだが今は古本をインターネットで取り寄せるのが便利である。古書というのは古書店によって値も体裁も異なるからおもしろい。もうインターネットで古本を買うようになって5年ぐらいになると思うが、気のついたことがひとつある。古本の紹介のとき汚れやイタミを丁寧に書いてあるものは大体信用できると言うことである。何も書いてなく良い本だと思っていると、蔵書印書き込みのあるものもある。先日も買いたい本が安く、「少シミ函少イタミビニカバ少ヨゴレ」と書いてあって少し心配したけれど、送られてきた本は私の目にはシミもイタミも全然分からずかなりの美本であった。そんな店に限って運賃も安く届くのが早い。私の好きな古書店は古本をよく観察して顧客のために本の欠点をきめ細かく表示する店である。