サラちゃんの夢

    むかしむかし、ある所に、だいぶ腰の曲がったおばあさんが住んでいました。おばあさんは、天気の良い日には家の前の道端にいすをだして、ひなたぼっこをしているのが好きでした。おばあさんは、その日もそうやって、道を通り過ぎていく人たちの様子をぼんやりと眺めておりました。

    おばあさんには、友達がひとりもいませんでした。昔はたくさんいましたが、みんな死んでしまったのです。ひとりぼっちになってからというもの、おばあさんは他の人とゆっくり話をしたことがありませんでした。

    ある日、その道をひとりの女の子が通りかかりました。女の子はおばあさんの前に立ち止まると、ちょっと首を横に傾けるようにしながらおばあさんに聞きました。

   「おばあさん。こんなところで、どうかしましたか。」おばあさんはそれを聞いて、にこにこ笑いました。久しぶりに人に話し掛けられたのがうれしかったのです。

    道端には満開の桜が咲いていました。女の子の黄色いリボンがおばあさんにはかわいいちょうちょうがふわふわ踊っているように見えました。

   「ええ、なんでもないのよ。ねえ、おじょうちゃん。それよりあなたのお名前は?」おばあさんは、まぶしそうに女の子を見上げながら聞きました。

   「あら、そう、サラちゃんていうの。すてきな名前ね。サラちゃん、おばあちゃんはね、サラちゃんが来てくれるのを、ここでずっと待っていたのよ。」おばあさんはとてもなつかしいやさしい声で言いました。おばあさんにはサラちゃんの顔が子供の頃の自分の顔ととてもよく似ているように思えたのです。

    女の子はにっこり笑いました。「本当なの?本当にずっとここで待っていてくれたの?」女の子は、なんだかおばあさんの目がはるか遠くの山のかなたを見つめているように思えました。

   「おばあさん。私もずっとおばあさんを待っていたような気がするわ。おばあさんを今まで探し続けていたような気がするの。」それを聞いたおばあさんは、少しびっくりしたような顔をしました。ついに来る時が来たのかもしれない。この自分によく似た女の子は神さまのお使いなのかもしれない、そう思われたのです。
 
   「ありがとう。こんなおいぼればあさんをずっと探し続けてくれている人がいたなんて。本当にありがたい。ありがたいことです。」おばあさんは、いすから腰をあげると、曲がった腰を伸ばして空を仰ぎました。空は青くすみわたっていました。もしかしたら、これが最期の見納めかもしれないわ、おばあさんには空の青さが目もくらむほどまぶしく思われました。

   「おばあさん。おばあさん。」どこかで男の人の声がします。「大丈夫かい、おばあさん。」今度は、おばあさんのすぐ耳元で男の人の声がしました。「こんなところに寝ていては風邪をひきますよ。気をつけてくださいね。」おばあさんがまぶしさを手でさえぎるようにしながら、そっと目をあけると、死んだはずのおじいさんが心配そうにじっとおばあさんを見つめていました。

   「あれまあ、おじいさん。おじいさんは確かもうずっと前に死んだはずではなかったですか。どうしたんです?生き返ることができたんですか?ああ、それはよかった。生き返ることができたんですね。私はもうひとりぼっちじゃないんですね。」おばあさんは、うれしくてうれしくて、道端でめそめそ泣いてしまいました。

   先ほどの女の子は、そんなおばあさんの様子を不思議そうに見つめていました。何か私はいけないことを言ってしまったのかしら。女の子はおばあさんが心配でなりませんでした。なんだか、おばあさんの心の中が、とても壊れやすいガラス細工のようなものでできている気がしてきました。

   「おばあさん、サラよ。わかる。おばあさん。何も泣くことなんかないのよ。おばあさんが泣いているのを見るとなんだか私まで悲しくなってきてしまうわ。ねえ、泣かないで。」

    おばあさん、おばあさん、と声をかけているところで私は目を覚ましました。ベッドの横に置いてある時計に手を伸ばしてみると、もう少しで目覚ましの鳴る時間でした。私は、ゆっくりベッドから起き、カーテンを開けました。外は夕べからの雪であたり一面真っ白です。眠い目をこすりながら階段をおり台所に行くと、ママが食事の支度をしていました。

   「ママ、私、とてもへんな夢をみたの。おばあさんと、子供がでてきたの。それがね、二人ともどういうわけか私にとてもよく似ているの。」ママはとても忙しそうにしていて、私の話なんか聞いている暇もない様子でした。

    炬燵に潜り込むようにして、私は夢に出てきた人達をもう一度よく思い出してみました。なんだか夢でないような気がします。もしかしたら、おばあさんは、まだ、あそこでひとりで泣いているのかもしれないわ。ああ、また、あの続きを夢で見てみたいわ。夢の中で私は、おばあさんを見ていたけれど、よくよく考えてみると、なんだか自分がおばあさんになった瞬間もあったような気がするし、女の子になっていた気もする。おばあさんに声をかけていた、おじいさんとかいう男の人にもなっていたような気がするわ。ああ、それよりもなによりも、どうしてサラちゃんなんていう名前を思いついたんだろう。全然、考えたこともない名前だわ。ああ、不思議、不思議・・・・・・。