首を切ったテルルちゃん

  雪だるまのゴロちゃんは、ひとりぽっちで庭にいます。雪はとうにやんで、青い空が広がっています。庭のこずえや屋根の上から休みなくポタポタしずくが落ちています。ゴロちゃんの額も汗でびっちょりです。

  「ゴロちゃん、大丈夫?」誰かがゴロちゃんを呼んでいます。ゴロちゃんはあたりをきょろきょろ見回しました。

  「ゴロちゃん、こっちよ。ほら、2階の窓のところ。」ゴロちゃんは、言われたとおり、2階の窓に目をやりました。

  「そうそう、こっちこっち。ねえ、ゴロちゃん。そんなに汗をかいて大丈夫なの?」ゴロちゃんはようやく窓の外にかけられているテルテル坊主に気がつきました。

  「何だ、テルテル坊主か。」ゴロちゃんは、ちぇっと言わんばかりにそっぽを向いてしまいました。

  「ひどいわ。テルテル坊主か、だなんて。私にだって、ちゃんと名前があるのよ。テルルっていうの。かわいいでしょ。よろしくね。」テルルちゃんは、ゴロちゃんに笑いかけました。でもゴロちゃんはうんともすんとも言いません。それというのもゴロちゃんは、紙で作ったテルテル坊主となんかアホらしくて話をする気にもなれなかったからです。

  「ねえ、ゴロちゃん。」テルルちゃんが話しかけようとすると、ゴロちゃんがそれをさえぎりました。「なにかぼくに用でもあるの?」ゴロちゃんは暑くて暑くてなんだかとてもいらいらした気持ちだったのです。

  テルルちゃんは、ちょっとさみしそうにうつむきながら言いました。「ごめんなさい。わたしゴロちゃんのことが心配なの。そんなに汗をかいて、ゴロちゃんが風邪でもひいてしまうんじゃないかって。」

  「アハハハ」ゴロちゃんは、ちょっと苦しそうに笑いました。

  「心配してくれて、どうもありがとう。でもこの汗は、風邪なんかじゃないから心配しないでくれ。」少し息をぜいぜいさせながらゴロちゃんが答えました。なんだか少し熱もあるようです。

  「じゃあ、どうしちゃったのかしら。」テルルちゃんがまるで独り言のように言いました。この日のゴロちゃんは、どうみてもいつものゴロちゃんのようには思えなかったのです。

  「はっきり言うよ。テルルちゃん。ぼくが汗をかいているのは君のせいなんだよ。」ゴロちゃんはうらめしそうにテルルちゃんを見上げました。電話線にスズメがとまって、二人の話を聞いている様子でした。

  テルルちゃんは、びっくりしてしまいました。ゴロちゃんの身体の具合が悪いその原因が自分のせいだなんて、考えてもみなかったらです。

  「どうして、どうしてわたしがいけないの?」テルルちゃんは訳がわからず困ってしまいました。

  「テルルちゃん、君の仕事はなんだったっけ?」ゴロちゃんの声は、少々鼻にかかったような声でした。

  「わたしの仕事?わたしの仕事はみんなが喜ぶ仕事よ。雪や雨を降らす悪い悪い雲を追い払って、暖かいお日さまをおむかえすることよ。」テルルちゃんは誇らしげに答えました。

  「テルルちゃん。君はわかっていないようだけれど、ぼくはそのお日さまにとても弱いんだ。お日さまに照らされると、ほら、こんなふうに溶けていってしまうんだ。しまいには、残らずみんな消えてなくなってしまうんだよ。死んじまうんだ。」そこまで言うと、ゴロちゃんはじっと黙りこくってしまいました。

  テルルちゃんにとっては、ゴロちゃんの言葉は天地がひっくりかえる位の驚きでした。テルルちゃんは、誰もがみんなお日さまが大好きだと思っていたのです。まさか、苦手な人がいたなんて考えもしなかったからです。自分のせいで、苦しんでいる人がいる、死んでしまう人がいる、その中の一人がゴロちゃんだなんて。

  「君はいいさ。お日さまを出して、ごほうびに銀の鈴をもらえるんだろう。」ゴロちゃんはそのとき、自分の苦しさのことで胸がいっぱいで、他の人の気持ちを思いやる心のゆとりなんかなくしてしまっていました。「まったくいい気なもんだね。風邪でもひいたのかって、へん、よくまあのんびりそんなことが言えたもんだ。」

  ゴロちゃんの話を聞きながら、テルルちゃんは身体が凍りつくほど悲しみに打ちひしがれてしまいました。ああ、ゴロちゃんのために何かできないだろうか。テルルちゃんは、そのちっちゃな頭で必死になって考えたのです。

  「わたしのせいでゴロちゃんが苦しんでいる。わたしのせいでゴロちゃんが死んでしまう。」テルルちゃんは体中が氷のように冷たくなってしまいました。

  その夜、テルルちゃんは自分の首を自分でちょんぎりました。お月様の光をあびたテルルちゃんの身体がパタッとベランダに落ちました。ほんの少しの間、残った首が軒下でゆらゆら揺れていました。しかし、誰もそれには気がつきませんでした。もちろん、ゴロちゃんも。ゴロちゃんの身体はひと回り小さくなってはいましたが、まだまだそう簡単には溶けてしまいそうもありませんでした。昼間の暑さからやっと逃れることができたゴロちゃんは、安心して深い深い眠りに落ちていたのです。

  翌朝、ゴロちゃんが目を覚ました時には、再びあたり一面に真っ白い雪が降っていました。ゴロちゃんは大喜びです。木の枝でできた両手を広げると、思いっきり大きな深呼吸をしました。テルルちゃんのことなんて、ゴロちゃんはもう考えてもみませんでした。