杉千絵詩集「石の魚」より「変形」
噛み合わせが悪いと
顎の骨が変形する
首にきて それから
体中の骨に飛び火して
異常がのびる
と聞いてから
体がゆれ 顎に手がゆく

ゆうべなど
蛍狩りの話しで
座が盛り上がったが
なんとなく立ち消えになった
いま思うと
箸の上に顎を乗せていた
わたしの生返事が
水をかけていたらしい

変形した首の骨のなかに
さそりの尾がうごめいていた
夢 あれが
悪さをはじめたのだ

ささやかなものの芯が
歪んでゆく
気配を止めることができない

第1聯「噛み合わせが悪い」だけで「顎の骨が変形」して果ては「体中の骨」がおかしくなる、と誰かから聞いたのも、「ゆうべ」のことだったのかもしれません。「体中の骨に飛び火」すると聞いた瞬間に杉さんの頭は軽いパニック状態になってしまったようです。「体がゆれ」というのはそういう心理状況のことを指しているものと思います。「・・・異常がのびる/と聞いてから/体がゆれ 顎に手がゆく」もしかしたら噛み合わせが悪かったのだろうか、と根拠もないことを漠然と考えている姿が思い浮かびます。

第2聯。そんな状態でしたので、箸を持ったその箸の上になんとなく顎を乗せたまま「生返事」をしてしまいました。それで座が白けてしまったわけですが、その時の一座の話題が「蛍狩りの話し」だったというのも、意図してのことかどうかわかりませんが、詩の世界を一段と深めているように思います。「蛍狩り」は幻想的で美しい。それを白けさせてしまった。つまり、幻想的で美しくはない現実に目を向けさせてしまった。そういう解釈が可能なのではないでしょうか。

第3聯「変形した首の骨のなかに/さそりの尾がうごめいていた」。「変形した首の骨」ですから第1聯との関係が尾を引いています。「さそりの尾」は毒をもっています。その尾がなにやら「うごめいていた」とは何とも不吉な夢、予感です。直接「毒」と言わず、「さそりの尾」と言うことにより、骨の中に棲む恐ろしい生き物の姿が際立ってくるように思われます。「夢 あれが/悪さをはじめたのだ」の「夢」は「さそりの尾がうごめいていた」夢でしょう。その夢が「悪さ」をはじめて、それで第1連の軽いパニック状態を引き起こした、とも読めますが、むしろ「さそりの尾」が正樹くんの体の中で「悪さ」をはじめてきているところに「噛み合わせ」の話しが出たものだから、ついつい心ここにあらず、となってしまったのではないかと思います。

第4聯「ささやかなものの芯」は直接には正樹くんの骨髄のことが想定されますが、あえてそのままぼかした形で読んだ方がいいように思います。それが「歪んでゆく/気配を止めることができない」。なんとももどかしく、無力感を感じます。