杉千絵詩集「石の魚」より「菜の花」
連想ゲームしようよ
とせがむから
菜の花
とはじめると
きみの頭から若葉が散り

と言うと
雲の列車が
棺桶を引いてやってくる

残念でした
墓はこの辺ではみつかりません
部屋はぐるり壁になってますから
手を振って引き返してください
四月の陽気に浮かれて
ゲーム ゲームとさわぐ病人さんだから
やっぱり
菜の花 からはじめよう

今日の居る
きみの身体に
葉の花を
そっと詰める


第1聯。連想ゲーム。「菜の花」と言えば、普通何を連想するでしょうか。「春」とか「野原」とか「蝶」とか明るい雰囲気のものではないでしょうか。ところが正樹くん、「きみの頭から」はその先の「若葉が散り」はじめる季節が見えてきてしまうのですね。「空」というと普通なら「雲」とか「山」とか「青」とかを連想しそうなものですが、正樹くんには「雲の列車が/棺桶を引いてやってくる」のが見えてしまうと言うのです。前の詩との繋がりは明確にはわかりませんが、正樹くんのやさしさが心の中にあったとしても、自然とそういうものが連想されてしまうのだと思います。

第2聯は杉さんの少しふざけた返答です。「やっぱり/菜の花 からはじめよう」という言葉から考えると、第1聯は、杉さんの空想に過ぎないのかもしれません。いろいろなことを連想してしまうのは、実は正樹くんではなくて杉さんではないでしょうか。

第3聯「今日の居る/きみの身体に/菜の花を/そっと詰める」というのは、春の明るさ・エネルギーを正樹くんの身体いっぱいに届けたいという作者の思いが滲んだ言葉と理解したいと思います。「居る」は漠然と生存しているということよりも、車椅子あるいはベッドにじっとしている、そういう佇まいを表現したものと考えます。「菜の花を」「きみの身体に」「詰める」という表現からは、納棺の儀式も連想させられます。詩が書かれた時点をどう考えるかにもよると思いますが、死の予感が四六時中杉さんの頭から離れることがなかったのは確かだと思います。