杉千絵詩集「石の魚」より「たなばた」
竹飾りの奥の方に
突然
連れてこられた
虫がもがいている

薄目をあけた天の川の
撫で肩が
雲に呑みこまれそうになる

死相って
つい見詰めてしまう
わたしの悪いくせ

他人ごとでない
当人は
たなぼたです などと
甘いものを頬張りながら
飾りものをつくろっている

六回目の七夕まつり
だいぶおとなびた少年が
濡れて千切れた色紙を
貼っている

白すぎる指がまぶしい


第1聯。「竹飾りの奥の方に/突然/連れてこられた/虫がもがいている」この虫は車椅子に乗っている泣き虫(?)で弱虫(?)の正樹くんのことでしょうか。動くことも不自由な姿が、杉さんの眼には小さなかわいい「虫」のように思えたのかもしれません。
「竹飾りの奥」ですから、たなばた飾りをしている場所のはじっこの方ではなく、中心付近なのだと思います。

第2聯。「薄目をあけた天の川の/撫で肩が/雲に呑みこまれそうになる」。薄目をあけたのは誰だろう?作者?いや違う。正樹くん?違うでしょう。たぶん、かすかに雲がかかり、天の川が霞んで見えている様子のことではないかと思います。天の川をまるで人のように喩え、「薄目をあけた」とか「撫で肩」とかと表現したのではないでしょうか。薄雲がかかっているのがだんだんと本格的に「雲に呑みこまれそう」になってきた。きわめて象徴的な表現です。

第3聯「死相って/つい見詰めてしまう/わたしの悪いくせ」。これはショッキングな表現です。ショッキングではありますが、自分の感情に素直な表現なんだと思います。天の川がだんだん雲に隠れて、正樹くんの顔に杉さんは死の暗い影を感じないではいられなかったのだと思います。

第4聯。「たなばた」という言葉にかけて、正樹くんが「たなぼたです」と自分の命について軽い駄洒落を飛ばしました。駄洒落なのにそれが実は駄洒落ではないことを本人も回りの人もよく知っています。

第5聯。「六回目の七夕まつり」というのは癌を発病してから六回目の七夕まつりということでしょうか。そうすると、小学六年生か中学一年生。「だいぶおとなびた少年」に成長した正樹くん。ずっと車椅子とベッドの上にいるせいでしょう、「白すぎる指が」なんともまぶしく感じられます。