杉千絵詩集「石の魚」より「汗びっしょり」
気が合って
白くて長い親指に唾をつけ
汗びっしょりの指相撲する

押さえこみ押さえこまれて
疲れた指に暇をだす

急に
大人もまんざら嫌いじゃない と
言いだす かれ
 
 でもさ
 ほんとのとこ
 大人ってなんなの

そうね
さしずめ水際の魚ってとこかな

 うーん 臭くて
 吐きそうになるのか
 じゃ なれなくても感謝だ ね

あー よかった
これ以上突っこまれたら
空っぽの井戸に落ちてしまう


第1聯。「気が合って/白くて長い親指に唾をつけ/汗びっしょりの指相撲する」。「指相撲をする」ではなくて「指相撲する」と「を」を抜いているのにも、たかが指相撲ではない真剣さを感じます。
「気が合って」というのは正樹くんと杉さんのこと。前の詩『たなばた』の最終聯が「白すぎる指がまぶしい」で終わっていることから、ここでの白くて長い親指は正樹くんの親指のことでしょうか。それに唾をつけ、しかも汗びっしょりです。体力のない正樹くんの一生懸命さが伝わってきます。

第2聯。「押さえこみ押さえこまれて/疲れた指に暇をだす」。暇を出したのは、杉さん?正樹くん?どちらでしょう。私は杉さんととりたいですね。正樹くんに付き合って、杉さんの親指もだいぶ疲れちゃったのではないかと思います。その方が第3聯ともうまくつながる気がします。

第3聯。「急に/大人もまんざら嫌いじゃない と」正樹くんが言います。これは、かなり大人びた少年です。自分はたぶん「大人」にはなれないだろう、ちぇっ、大人なんかクソ食らえだ、位には思っていたのかもしれません。

第4聯。第5聯。まんざら嫌いじゃないけど、でも、「大人ってなんなの」?と問いかける正樹くん。杉さんは「さしずめ水際の魚ってとこかな」と答えました。機知に富んだ絶妙な答えだと思いませんか?

第6聯。これに対する、正樹くんの応答がまたまたすばらしいではありませんか。「うーん 臭くて/吐きそうになるのか/じゃ なれなくても感謝だ ね」。前掲の詩『菜の花』の聯想ゲームでもそうでしたが、正樹くんの感性には脱帽してしまいます。鋭いですよね。

第7聯。正樹くんの鋭さを知っているから、杉さんは「あー よかった」と胸を撫で下ろしているのです。「これ以上突っこまれたら/空っぽの井戸に落ちてしまう」。水も何もない空っぽの井戸。杉さんにも本当のところ大人って何なのかわかりはしないのです。

『汗びっしょり』という題が、指相撲のことだけではなく、その後の二人のやりとりをも暗示している、そんな風に感じました。