杉千絵詩集「石の魚」より「いちにち」
この日
はじめて北アルプスの天然水の
味見をする

かれに旨いと言わせるまで
半日かかった

あとの半日は
取り戻した糸杉の窓に抱かれて
黄緑色の
モデルハウスを組み立てる

 小さくていいんだ・・・

 毀れなければそれでいい・・・

 じゃ 吹いてみて

日暮れまでかかって手のひらの家
消せない微笑みと
互いの体温にゆっくり触る

こんなとこ
と 目で語ろう



第1聯。「この日/はじめて北アルプスの天然水の/味見をする」。北アルプスの天然水です。大自然の恵み、氷河時代の氷が溶け出した水。地球とつながる何かがそこにはあるような気がします。「味見」ということは、試飲でしょうか。それとも、「はじめて」であることを強調するため、「味見」としてのでしょうか。

第2聯。「かれに旨いと言わせるまで/半日かかった」。これは、病気でなかなか水も咽喉を通らない状態だ、ということでしょうか。「旨い」と言わせようとしたのは何故でしょうか。何故それに半日もかかったのでしょうか。生きているうちに「大自然の」すばらしさ、「旨さ」を何としてでも味わって欲しい、そういう願いが込められているような気がします。

第3聯。「あとの半日は/取り戻した糸杉の窓に抱かれて」。「取り戻した」というのは、どういうことでしょうか。別の病室から、またもといた病室に戻ってきたということでしょうか。「糸杉の窓」というのは、窓から糸杉の見える場所、と理解したいと思います。「窓に抱かれて」というのは、ベッドあるいは車椅子が窓際にあって、まるで窓に抱かれてでもいるように、ということでしょうか。そこで「モデルハウスを組み立てる」という。象徴的です。

第4聯。「小さくていいんだ・・・・」。「毀れなければそれでいい・・・」。「じゃ 吹いてみて」。これらは誰の言葉と読んだらいいのでしょうか。私は、杉さんの言葉と理解したいと思います。第2聯、第5聯から考えて、正樹くんの状態は決して生易しいものではないような気がするからです。「じゃ吹いてみて・・・」吹いたら壊れてしまうかもしれないほど小さくて華奢なモデルハウスです。
(詩集では「小さくていいんだ・・・」のみ一字下げ、となっておりましたが、全て、一字下げで解釈させていただきました。)

第5聯。「日暮れまでかかって」それでもできたのは、ほんの「手のひらの家」。「ま/こんなとこ/と 目で語らう」。声に出さないで、あるいは、声に出せないので、目で語る。完璧じゃない。ちっとも完璧じゃないけれど、それでいいんだ、いいんだよ、という声が聞こえてくるような気がします。「消せない微笑みと/互いの体温にゆっくり触る」。ここで「微笑みを」消してはいけないという思い、そういう思いで正樹くんの額に手をあてている杉さんの姿が目に浮かんできます。