杉千絵詩集「石の魚」より「約束」
あれも
異常のひとつだ ね
飛び石に似た白い雲が
天上の
ひときわ青い流れに呑みこまれている

俺 雲にはならない
うん なんとかふんばる
今度もきっと帰ってきて
横に並ぶよ ね

けど ほんとうに天は
でっかい口なんだ ね
どんどん 呑み込んじゃう

脚の痛みを押さえる手で
かれは天の口
天のどんどん を
けんめいに押さえている

第1聯。「あれも/異常のひとつだ ね」。あれって何のことでしょうか。「ひとつ」ということは他の異常を言外に前提にしているということになります。「飛び石に似た白い雲が/天上の/ひときわ青い流れに呑みこまれている」。「青い流れ」とは何でしょう。目には見えない風のことでしょうか。風に乗って、雲がひとつひとつ空に消えていく。それを異常と言っているのかもしれません。

第2聯。「俺 雲にはならない」。あの雲のようには俺は消えないよ、そう正樹くんは言っているのだと思います。「今度もきっと帰ってきて/横に並ぶよ ね」。手術が終わったら、また、おばあちゃんのそばに生きて帰ってくるよ、そう言っているのでしょう。

第3聯。「けど ほんとうに天は/でっかい口なんだ ね/どんどん 呑みこんじゃう」。絶対「横に並ぶ」と言いつつも、心配でならないのです。

最終聯に出てくる「天のどんどん」の「どんどん」は、「どんどん 呑み込んじゃう」の「どんどん」のことでしょうか。それとも「どんど焼き」の「どんど」「ドン、ドン」という爆竹の音に掛けた言葉でしょうか。ここでは、「どんどん 呑み込んじゃう」から「天のどんどん」としたと一応考えたいと思います。
次から次へ容赦なく雲を呑み込んでいく「天のどんどん」。「脚の痛みを押さえる」ように正樹くんは、まるで、あの「天のどんどん」を手で押さえて、雲がそこに呑みこまれないように、命がそこに呑みこまれないように、と一人踏ん張っているかのようです。