1 はじめに


 私は、峠の茶屋に住んでいる。春夏秋冬、いろいろな人がここを通り過ぎ、そして、帰っていく。私は、ここに座り、人々のぬくもりを感じているのが好きである。

 10年ほど前に、目と耳が不自由になってしまってからというもの、私の唯一の楽しみは茶屋の片隅に置かれた『詩よみ箱』を開くことである。

 夕べは布団に入ってから、じっくりと詩をなぞり読ませてもらった。残念ながら、詩を作られた方の容姿も年齢も性別すらも私にはわからない。しかし、それがかえっていいような気がする。

 詩を読みながら私は、詩の向こう側にある、詩を作られた方ひとりひとりの生活やら人生やらを思い浮かべる。この人はいったいどんな人なのだろうか。どんな顔をしていて、どんな話し方をする人なのだろうか。朝起きて、夜寝るまでどんな生活をしているのだろうか。今はどんな仕事をしているのだろうか。昔は何をしていたのだろうか。この人にとって人生はどんな風にみえているのだろうか。目と耳が不自由なため、かえって私の想像は広がるのである。

 これから私はみなさんに『詩よみ箱』にさりげなく詩を寄せてくださった方々を紹介していくつもりである。たまには目を閉じ、耳をふさいで、人の心のささやきに思いをいたすのもよいのではないだろうか。