5 須賀二郎さん

 須賀さんは、奥さんと二人暮し。お孫さんも大きくなって、最近は足が遠のいている様子。須賀さんは老いを正面から捕らえている。

・果て見えしわれが命の疲れきて
 年の瀬近きうらら日にゐる

・背は縮み髭と爪のみ伸びてくる
 老醜さらし果てにたたずむ

 須賀さんはバイオリニスト。若い頃、ヤマト楽団という楽団でバイオリンを弾いていた。

・提琴を抱えて街をさまよひし
 戦前のわが暮らしなつかし

・塗りは禿げ指盤はへこみ弦錆びて
 スタラスヴァリユースは金庫に眠る

 指盤がへこむほどバイオリンを使った。バイオリンを弾く須賀さんの姿が見えてくるようだ。

・職退きて十有余念をへたる今
 職業欄にためらわず『無』

・登りつめ草の秀さきの天道虫
 いづくに翔ばむ我と同じき

 どっちへ翔ぼう?翔ぶところがないなあ。どこへ行ったらいいのだろう。須賀さんの心にポッカリ穴が空いてしまった。

・生活なき我のみが視る昼のテレビ
 娯楽番組に赤丸つけて

・庭石の窪みに溜まりし雨水に
 三羽の雀尾振りてあそぶ

 コタツにあたりながら、じっと、過ぎゆく時を見詰めるように三羽の雀を見詰めている。ポッカリ空いた心の扉からふと新鮮な世界が見えた。

・吊るされしこたつの中の靴下は
 おのれの足の匂ひを放てり

・叩きもてかまえておれば蝿は来ず
 ひと息つけば現はれにけり

 いいなあ。こういうの。