夢五夜

おじさんの夢をみました。おじさんはこの春、ガンで亡くなりました。亡くなる前に、母と二人で病院に御見舞に行きました。仕事から帰った夜でした。

おじさんは、ベッドに横になっていましたが、私の顔を見るとベッドから起き上がるようにして頭をあげ、一生懸命私に何かを話かけてきました。看病していたおばさんが驚きました。
「ここのところ何日も、誰とも話をしなかったのに、とおるちゃんの顔をみたら随分元気じゃない。」


私達は三人でおじさんの顔の近くに顔を寄せました。そうして、必死に何かを伝えようとしているおじさんの言葉を聞き取ろうとしたのです。しかし、言葉は意味を結びません。時々、意味が掴めたかと思われるおじさんの言葉から判断するとおじさんは私に,
「チャンスを大事にしろ。」
「人間には今この時、という大事な時がある。その時を逃しちゃだめだ。」
そう言っているように思われました。


そのおじさんの遺書が夢の中で出てきました。原稿用紙1枚にも満たない短い遺書です。残念ながらそれは途中で終わっていました。

夢から覚め、布団の中で、私はその遺書の内容を一字一句思い出そうとしました。隣には妻が寝ています。窓の外が、ようやく少し白みはじめてくる時間でした。しばらくじっと天井を眺め思い出そうとしましたが、思い出そうとすればするほど、夢の中の私の印象は曖昧なものに変わっていってしまいます。私は夢がこぼれ落ちないように注意しながらそっと布団を抜け出しペンをとりました。

『本当は画家になりたかった。』
遺書にはそう書いてありました。おじさんは、気象庁に勤める気象官でした。父が病院で亡くなった時も、おじいさんがまるしてん様の近くの自宅で息を引き取った時も、おじさんは自分の人生を「余録の人生だ」と言っておりました。そんなおじさんが画家?そんな話はこれまで一度も聞いたことがありませんでした。


 『これが私の画いた最初の絵です。』
遺書には一枚の絵が添えられていました。いい絵だなあと思いました。悲しみとやさしさと、そんなものが入り混じって滲み出てくるような絵でした。クレーの絵よりいいかもしれません。私はその絵をなんとかして思い出そうとしましたが、もはや後の祭り、夢の中の絵は私から離れて思い出すことができません。


何故画家にならなかったのか、おじさんの遺書にはその理由も書かれてありました。しかし、それも今では闇の中。漠然とした印象だけが頭の中に残っています。夢の中で、そして目覚めた後も、私はおじさんに語りたい気持ちでいっぱいでした。

「おじさん。絵を描くだけが画家じゃあないと思うよ。心の中にすばらしい絵を描く画家だって沢山いるじゃないですか。」
ただ、その画家は、残念ながら、この世の中では誰にも認めてもらえないだけなんだ。


おじさんは、競輪、競馬、競艇が大好きでした。細かい字で、ノートにレース結果を丁寧に書き込みながら、おじさんはいったい何を考え何を感じていたのでしょうか。そんなことを考える、不思議な気持ちの朝でした。