第九章 チェーンの切れた自転車


机の引出しから
線香の香りが漂い
傷つけられた写真が
活動写真のように
回り出す

自転車のチェーンは切れ
ペダルが音もなく
空回りする


●頬染めて席を譲りしおみな子の
やさしき心われ抱きまほし



●かわゆらし小さきお指におさな子は
オルゴール持て微笑みにけり



●右腕に残りし乳首の感触の
甘くやさしき一人寝の夜



●吐く息の白くなりゆく星空の
はるか彼方に思いをはせし



●流れ星出でよ出でよと祈りしは
君への想い遂げんためなり



●ストーブの上にかかりし麦藁に
しぶきに消えし悲しみの湧く



●友からのバッハのテープ夕暮れに
聞きて孤独のなおまさりけり



●友送り一人たたずむ灯のもとに
笑い疲れしわれを見にけり



●雲上の人の心の近きしり
われ愚かにも明日を夢見し



●なにくそと思いしことの重なりて
知らず寝過ごす翌日の朝



●早朝の満員電車悲しくも
夕べの夢は跡形もなし



●今日もまた口を開かずに暮れにけり
ああ哀れなるわが心かな



●夕暮れの三畳の部屋薄暗し
わが人生に何の夢あり



●やんぬるかな19年の歳月を
生きた証しの何も無しとは



●何になるたゆまぬ努力の何になる
生きることそれ意味無かりしを