○論文要旨

修士論文          政策評価ゼミ       700-024 真下淑恵

大型公共事業の政策形成過程における政策評価の役割に関する考察
             〜八ツ場ダムを実例にして〜

<論文要旨>
 現在の日本は、深刻な財政危機の状態に陥いっている。にもかかわらず、政府が進めようとしている継続中、計画中の公共事業を足しあわせると年間40兆円、5全総全体でゆうに1000兆円を超えると言われるほど膨大な数字になる。一昨年(2000年)の衆議院選挙後に、大がかりな公共事業の見直しが行われ、公共事業予算が減るかと思われたが、代わりに整備新幹線などの予算が増え、公共事業全体の総枠は変わらなかった。昨年(2001)1月の中央省庁等改革基本法に政策評価機能の充実強化が謳われ、政策のプライオリティをつけていくためにも政策評価への期待が高まっている。本論の目的は、大型公共事業の政策形成過程で、どのように政策評価(再評価を含む)が行われてきたのか、その歴史的流れ、現状をつかんだ後、具体例として、計画されて50年になる八ツ場ダムについて事例研究を試み、大型公共事業の実効性のある評価について、今後の政策評価のあり方について考察を加えることにある。
 第1章では、公共事業の概念、現状と決定へのプロセス、その歴史的背景、仕組み、財源などについて考察した。公共事業は、1962年(昭37)以降策定されている「全国総合開発計画」(1次〜5次)が基本になって進められている。この「全国総合開発計画」に基づいて、道路、治水など16の中長期計画が省別、局別に作成され、縦割り構造の中で既得権益化し、常に増加してきた。これらの中長期計画は、緊急措置法として作られながら、12次の計画に入っているものもあり、国会の承認を必要とせず、閣議において形式的に決定され、根拠法さえないものもある。国会で予算が承認されるときにも、箇所付けの資料は、殆ど提出されず、財源については税金(補助金として、又道路特定財源のような形も含めて)、借金(公債)、財政投融資などが複雑に絡み合っており、11ある公共事業関係の特別会計もふくめ、納税者から見て非常にわかりにくい構造になっている。公共事業の事業者としては、国や自治体のほかに日本道路公団や水資源開発公団等の特殊法人がある。特殊法人は、「より効率的な経営を目指して」設置法により設立されているが、財政投融資を受けて返済の目途の立たない赤字を計上しているところも多く、長年経営内容が明らかにされてこず、官僚の天下り先として政官業の癒着の温床になっている。その一方で公共事業の政策形成過程では、地元市町村や住民の意見を聞く機会はないに等しい。
 第2章では、国内外で行われてきた政策評価、環境の価値についての政策評価にふれた後、日本での再評価の流れについて述べた。アメリカでは1969年、環境影響評価手続きを含む「国家環境政策法」が成立し、イギリスでは、公共事業などを評価するガイドラインである「グリーンブック」が1991年に成立するなど、環境をも評価の対象にし、住民参加を実現するなど、外国での政策評価の取り組みは日本の数歩先を進んでいる。アメリカでは、ダム建設よりも雨水利用や水のリサイクルなど効率的な水利用に重点を移し、1994年「ダム建設の時代は終わった。」と方針転換をした。5年などの時限を区切りにして政策や組織の必要性について厳格な審査をするサンセット法的な考え方もこの流れを加速させた。長良川河口堰問題を契機に全国のダム事業、河川改修事業が世論の批判にさらされ、事業が停滞したことから「ダム事業審議委員会」が1995年設置され、日本における公共事業の見直しが始まった。先のサンセット法的な手法を取り入れたのが、北海道で取り組んだ「時のアセスメント」(1997年1月〜1999年3月)である。これは、不正経理などの問題を抱え、信頼される道政の実現のため、北海道が行う施策の内、停滞したり問題を抱えるものについて、道庁自身が時代の変化を踏まえてその役割や効果を再評価したものである。「時のアセス」が始まった1997年(平9)12月に橋本首相は、公共事業の再評価システムを公共事業全体にわたり導入し、合わせて事業採択段階における費用対効果分析の活用についても、基本的に全事業において実施することを指示した。再評価は、事業採択後5年を経過しても未着工のもの、又は10年を経過した時点で、一部供用されている事業も含め継続中の事業に対して行う。新規事業については事業費を予算化するとき、準備、計画に要する費用を新たに予算化するときに評価するものとした。北海道を初め岩手県三重県などの先進自治体では、独自の公共事業政策評価を行い始めた。
 第3章では、八ツ場ダムの政策評価について具体的に述べる。八ツ場ダムの費用対効果は、妥当投資額(1兆5074億円)÷事業費(1287億円)=11,7で、非常に効果のある事業となっている。ダムの経済効果は、治水経済調査によって行われるが、この調査は洪水の規模や破堤地点など、いくつかの想定の上に成り立っているため、不確実性が避けられない。この想定の仕方によって現実離れをした数字が出されていると言わざるを得ない。代替案として堤防嵩上げ案、引堤案、河床掘削増大案、3案のメリット、デメリットがあげられているが、規模も位置も違う戸倉ダムと八ツ場ダム建設事業の代替案比較表が事業費以外一言一句同じであるというのは、きめ細かく検討されているのでなく、マニュアルに当てはめているのではないかと言わざるを得ない。1998年(平10)11月30日18:00〜21:00の「第2回関東地方建設局事業評価監視委員会」で八ツ場ダムを含む4事業について抽出、審議されたが、費用対効果や代替案について深く議論された形跡はない。47.5%のアロケ率を占める利水について、建設費の増大について、ph2〜3の強酸性を中和することにより起きる様々な問題、レッドデータブックにのっているイヌワシやオオムラサキなどの貴重な鳥類や昆虫、植物などが生息している周辺の環境の価値等についても議論されずに短時間のうちに事務局案を了承した。2001(平13)年度末までに既に1350億円が使われ、今後本体工事のほかにJR吾妻線、国道145号線の付け替え、小中学校、公民館等の建設が予定されている。建設費の大幅な見直しと工期の延長が、近い将来下流都県議会の議案としてあがってくるだろうが、きちんとした政策評価をした上で、納税者に対する説明責任を果たす必要がある。
 第四章のこれからの公共事業の政策評価のあり方についてでは、いくつかの想定の上に成り立っている治水経済調査の問題点、ダムを造ることによって起きるマイナスの効果、公共事業基本法案ととそれに対する批判について言及した。まとめとしてこれまで行われてきた政策評価を抜本的に見直す必要があること、反対運動をしている人々を巻き込んで、多方面から総合的な検討を加える場としての開かれた「評価監視委員会」を設置すべきことを提言した。田中知事の「脱ダム宣言」、ダム計画中止後の地域振興に一歩踏み出した鳥取県の片山知事、川辺川ダムに対して流域協議会を立ち上げようとしている熊本の潮谷知らの動きを見ると、時代が地方から変わり始めているような気がする。 



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