【 援助を求めない患者を治療につなぐには :初期介入 】             

赤城高原ホスピタル(改訂: 00/12/12)


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初期介入(上毛新聞・オピニオン)
家族相談・家族ミーティング


 35歳の建築作業員のNさんは、2歳年上の妻に勧められて、新聞に出ていた久里浜式アルコール症スクリーニングテストをやってみた。2点以上の重篤(じゅうとく)問題飲酒者というのがほぼアルコール依存症に相当するが、Nさんは7点。しかし彼は断酒も治療も断固拒否した。それがきっかけで妻はアルコール専門病院に相談に通うようになった。1カ月後、妻の対応が変わってきた。かつては酒を捨てたり、隠したり、あるいは酒について夫を非難したりするばかりだった妻が、「私にはもうどうすることもできません。今後は、お酒に関する一切のことに、私はかかわりません」というのであった。その後、むしろ酒量が増えた。

 ある日、二日酔いで起きられない朝、いつものようにNさんが「適当に会社に電話しておいてくれ」と妻に言ったら、はっきりと断られた。それで頭にきて、仕事を休んで5日間の飲み続け。気がついたら、寝小便と吐物の中で寝ていた。酒も食物も体が受つけない。苦しい。このまま死ぬかもしれない。以前だったら、こんなにひどくなる前に、妻があれこれかまってくれたのに。そう思いながらNさんが目を開くと、まくら元に妻と2人の娘が座っていた。

 いつになく改まって妻が切り出した。「どうか私たちそれぞれの気持ちを聞いてください」。家族全員の真剣な目付きに思わずNさんも起き上がって座り直した。もう酔いはさめていた。「私はどんな苦労でもあなたと一緒なら耐えられると思って、あなたと結婚しました。でも今のあなたはその時のあなたではありません。専門病院で私が学んだところでは、あなたの飲み方は病気です。治療法があって、たくさんの回復者がいます。どうか専門病院で断酒のための治療を受けてください。そして私が好きだったあなた、私の誇りだったあなたにもどってください。このままどこまでも落ちてゆくあなたを見ているのはつらいので、治療を受けないのなら、私は別居します」。

 別居うんぬんが、数カ月前までの脅し文句とは違って本気なのは、Nさんにも分かった。中学2年と小学6年の2人の娘までが「世界にたった1人しかいない大事なお父さんだから、長生きしてほしい」。さすがのNさんもこれには負けた。結局、Nさんはあんなに嫌っていた専門病院に入院した。

 一般に、酒害者本人は病気を認めず、治療を拒否する。そのため、アルコール医療は家族の相談から始まる。家族が変われば、本人の飲み方や受診動機も変わってくる。専門家による妻や子供たちへの助言と指導があって、初めてNさんが治療に同意したのである。

 このように、硬直した家族システムに外部から影響力を与えて、事態の進展をもたらすことを、初期介入とか、家族介入と言う。専門家の助言の下でよく準備された介入の成功率は驚くほど高い。


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AKH 文責:竹村道夫(初版: 99/1) 


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