【 依存症女性患者の昨今-赤城高原ホスピタルの場合 】
(改訂: 12/04/25)
以下の記事は、院長、竹村道夫が、ある婦人雑誌に書いたものです。元文は、公益財団法人日本キリスト教婦人矯風会発行「婦人新報」No.1333、2012年4月号(2-5ページ)にあります。転載を許可してくださった矯風会に感謝します。
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[赤城高原ホスピタル]
赤城高原ホスピタル(当院)は群馬県、赤城山の西麓の自然豊かな環境にある、アルコール薬物問題の専門病院です。私はその病院の開院時、平成2年からの院長、竹村道夫と言います。ホスピタルは開放的な環境のためか、開院当初から、この種の病院としては、女性患者の比率が高く、現在では、入院患者の約半数を占めます。
[女性アルコール依存症と摂食障害]
1990年のホスピタル開院頃には、女性のアルコール依存症患者は、一般に男性よりも治療が難しいと考えられていて、精神科病院でも、あまり歓迎されない傾向がありました。アルコール専門医療施設でも、女性用の病棟がない病院もありました。女性のアルコール依存症患者では、摂食障害の合併率が高く、摂食障害の合併を念頭に置きながら診療することが必要だとか、男性患者さんとの性的なトラブルを起こしやすいというような事から、難治性と考えられ、敬遠されていたと思います。遠方からホスピタルに入院される方がいました。やがて、摂食障害は、日本では、津々浦々、どこでも見られる普通の病気になってきました。NABAやOAなど、自助グループの活動が広がってきて、その中で回復する方々も増えてきました。
[共依存、イネイブラー、アダルトチルドレン]
アルコール依存症の知識が一般に広がるにつれ、酒害者の周りの家族が注目されるようになりました。そして、1989年(平成元年)に、共依存、イネイブラー、アダルトチルドレンなどの概念が日本に紹介され、現在では、これらの用語は、精神科臨床場面を離れ、一般社会での使用が広がりつつあります。
ちなみに、共依存は学術用語ではなく、1970年代後半に、アメリカのアルコール症治療の場で使われ始めた実用語です。当初は、酒害者の責任を預かりケアをし続ける妻が結果的に依存症の回復を遅らせるというイネイブラー(支え手)の側面が強調されました。この機能不全関係にあるパートナーを共依存者といい、低い自己評価、抑うつ、不安、怒り、恨みなど、情緒障害を示すことが多いといわれます。共依存概念は、嗜癖性疾患の治療現場では教育やカウンセリング時に用いられますが、実証的研究を欠いており、一般精神科ではあまり使用されません。一方で社会学の研究テーマとなり、概念を拡大して論じられるようになりました。現在では、共依存は、広義では、「人間関係への嗜癖」と同義で用いられます。
アダルトチルドレンというのは、もともとは、アルコール依存症患者の子供として育ち、現在は成人に達した人々のことでしたが、現在は、機能不全家庭出身の成人の意味で使われるようになりました。日本では、1990年代後半に、アダルトチルドレン関連書籍の出版ブームがあり、この用語はマスコミ用語となりました。
[酒害者家族、DV被害者]
当院は、開院当初から、酒害者だけではなく、酒害家族全体を治療対象とするという姿勢を持っており、家族向けの集団教育や集団カウンセリング・プログラムを充実させてきました。そして、開院当初から酒害者家族の相談ケースが一定数はあり、軽症の場合は通院を、重症の場合には、入院を勧めています。典型的には、酒害者や薬物乱用者への対応に疲れ果てて、混乱しているイネイブラーは、当院で3泊4日のショートステイをし、家族プログラムに参加します。酒害者の配偶者で、バタード・ワイフ(殴られ妻)の役割をしているような重症のDV被害者は当院に入院することもあります。開院当初は、現在よりこの種の需要が大きかったように思いますが、最近は若干少なくなったようです。民間及び公立のシェルターが充実してきたためかもしれません。
[女性の薬物乱用、覚せい剤乱用]
女性の薬物乱用者では、1990年代には、まだシンナー乱用者がいましたが、これは漸減し、2000年前後から代って覚醒剤乱用患者が増えてきました。しかし、2010年前後からは、当院への通院入院患者ではこれらの女性は若干少なくなったようです。これは、日本の覚醒剤乱用女性患者が減ったためというより、多分、女性を受け入れるリハビリ施設が多くなってきたせいではないかと見ています。
[女性の薬物乱用、リタリンと処方薬・市販薬乱用]
代って、2000年頃から増えてきたのが、処方薬・市販薬乱用患者です。2005年-2007年は、リタリン乱用患者の受診がピークに達しました。リタリンは、通称、居眠り病とも呼ばれるナルコレプシーなどの治療薬として有用ですが、覚せい剤に似た効能があるために乱用が広がり、終に社会問題化しました。そして2007年に厚生労働省が全面的規制を打ち出し、乱用患者は急減しました。しかしリタリン以外の処方薬(向精神薬)乱用者、とくに、現在の抗不安薬、睡眠薬に多い、ベンゾジアゼピン系薬剤の乱用者は増える一方です。これらの患者は、薬物乱用者のリハビリ施設では、どうも居心地がよくないらしく、医療施設がお好みのようです。多分、処方薬・市販薬乱用患者には、普通の主婦やOLが多くて、リハビリ施設の中心的存在である覚せい剤乱用女性には馴染めないとか、医師でないリカバード・カウンセラーでは、医薬品について口出しをするのが躊躇され、不必要な向精神薬を止めさせるためには、主治医が身近にいる必要があるといったことがあるのかもしれません。
[解離性同一性障害、]
1995年頃から2000年前後にかけて、解離性同一性障害(多重人格障害)やそれに近い病態の重症の解離性障害患者が当院に押しかけました。最重症の患者群は、人格のスイッチング(交代)が頻発し、自傷行為や自殺行為を繰り返す若い女性です。アルコール・薬物依存症や摂食障害を合併していることも少なくありません。、これは、当院のホームページに、解離性精神障害や解離性同一性障害の解説記事があったためです。当時は、この種の情報が少なかったので、私、院長が治療上経験した事実を報告したのです。どうやら、当院には、そういう時代の変化を先取りするような患者が集まるようです。そうしてそれをネット上に報告するので、ますますそういう患者が集中する傾向があります。これらの患者群の治療には、とてつもないエネルギーが必要です。特に日常生活を管理する看護師にかかる負担は大きく、当院では、2003年には、解離性同一性障害の治療から事実上撤退しました。人手の多い大学病院や公立病院から人手の少ない私立精神科病院にこのような患者が紹介されてくるのは困ったことです。
[窃盗癖、クレプトマニア]
最後になりましたが、当院の入院通院患者で、この5年間に急速に増加してきたのは、窃盗癖患者です。専門用語としては、クレプトマニアとも呼ばれます。以前から摂食障害、とくに過食症患者の入院が多いのですが、それらの患者の中に万引きや窃盗を繰り返す患者が多いのが悩みの種でした。そこで、そのような万引き盗癖患者のグループ療法を始め、そうして自助グループを始めました。そしてその経験をホームページに載せたところ、全国から窃盗癖患者が押し寄せるようになったというわけです。当院と、東京都の関連精神科診療所、京橋メンタルクリニックを受診した窃盗癖患者は、登録を始めた平成20(1998)年以降だけで、400症例を突破しました。窃盗癖と言っても、ほとんどは万引き癖です。7割くらいが女性です。できれば、周りに知られたくない病気ですから、親しい友人は勿論、親族や、時には家族からも隠されているので、自分の親族や知人には、そういう人はいないと思っている人が多いでしょうが、実際には、かなり多い病気です。勿論万引き・窃盗行為は犯罪ですから、窃盗癖を病気と言ってしまうことには、抵抗がある方も多いことでしょう。しかし、万引き以外には犯罪傾向がないのに、経済的に困窮していないのに、充分な現金を持っているのに、止めたいと思っているのに、万引きや窃盗を止められない人たちがいるのです。そして重要なことですが、この人たちは、罰則を科すことでは窃盗再犯を止められず、適切な治療によって回復できます。
以上、当院開院以来の女性患者の変遷についてご報告しました。
[窃盗癖治療の一場面]
ここで、窃盗癖患者の治療の一場面をご紹介します。当院ホームページにも[盗難事件]というタイトルで掲載されているエピソードです。
ホスピタルでは、時々、病棟内で盗難騒ぎが起こります。金銭被害のこともありますが、過食症患者による食べ物の盗難が良く起こります。目の前に酒瓶を置かれたアルコール依存症患者と同様、パニック状態になった摂食障害患者は、過食欲求に打ち勝つことが困難なのです。
先日も4人部屋の3人の食べ物がなくなり、同室のひとりの患者が疑われる事態になりました。急に3人が冷たくなって、嫌味っぽい話し方をするようになった、と疑われた女性患者(22歳、摂食障害)が泣きながら主治医に無罪を訴えました。入院前に万引事件があり、入院後も食事時に盛りの多い食事と取り替えるなど、食事に関するトラブルがあって、院内の万引・盗癖ミーティングへの出席を義務付けられていた患者です。状況は被疑者に不利で、無実を証明する方法はありません。主治医(院長)もどうすることもできず、「いずれ無実は晴らされる」と患者を慰め、部屋を変えて様子を見ていました。
しかしこの事件は思わぬところから解決に至りました。疑われていた患者が部屋を移った後も被害が続いたのです。前回と同じように窓の外側の棚状の出っ張りに置いてあった食べ物がなくなりました。ちょうど被害者が同室の二人に説明していたところ、窓に黒い影が見えました。その影が食べ物を袋ごとさらってあっという間に空中に消えました。3人が窓に駆け寄るとケヤキの枝に袋を破いてパンをついばむカラスがみえました。
疑われていた女性患者が、うれしそうな顔をして院長に報告してきました。3人が疑って悪かった、と謝ってくれ、元の部屋に戻って欲しいというので、そうしたということです。しかも、この事件は、彼女自身の回復のきっかけにもなりました。事件後の患者の述懐です。「これまで、万引や盗みに関して軽く考えていました。出来心とはいえ、そのような行動が被害者や疑われた人の心を深く傷つけることが分かりました。カラスさん、ありがとう、と言いたいです」
筆者: 竹村道夫 特別・特定医療法人群馬会 赤城高原ホスピタル 院長 精神科医師
(転載記事は、読みやすくするために、また他のHP文章との調和を保つために、一部改変してあります。竹村)[TOPへ]
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文責:竹村道夫(初版:12/04/25)