【 警察に通報しない性暴力被害者の研究 】    赤城高原ホスピタル

(改訂 2001/10/24)



 警察に通報しない性暴力被害者の研究
― 被害者の傷つきやすさ(Vulnerability)を考える ―
○板垣喜代子1 、北山秋雄2   
1(赤城高原ホスピタル・看護師・精神科ソーシャルワーカー)
2(長野県看護大学・保健学)



はじめに: 現在、強姦罪と強制わいせつ罪は親告罪であり、被害者が警察に「通報」と、「告訴」をしないかぎり、事件に警察が介入することはできない。被害者が警察に届け出ない事件は一体どれほどになるのであろうか。そしてそれは、どういう状況下で発生し、どのような被害者が警察に被害を通報と告訴をしない、または出来ないのだろうか。

目的: 本研究は日本国内において、警察に通報しない性暴力被害者の実態をわずかでも明らかにしたいと考え、一つの調査方法を試みた。群馬県内の民間アルコール症専門精神病院に入院中の患者の中から性暴力被害を訴えた患者について被害の状況、その後の発達段階上の問題などを明らかにして、その結果から性暴力被害者の傷つきやすさ(Vulnerability)と望ましい援助を考察した。

調査上の留意点: 現在、日本国内では性暴力被害者の定義は法律上明確に定められていないため、本研究では独自の定義を用いた。近親者や顔見知りによる性交、性器の接触、身体接触などは、発生時の被害者の年齢、発生状況を考慮して性暴力被害としてとらえた。

対象と方法: 1995年以後2001年4月までの入院患者診療記録の中から1500名(男性776名、女性724名)を抽出して診断名を記載し性暴力被害の有無と被害状況、発達段階上の問題などの情報を収集し統計的に分析した。被害者のプライバシー保護に留意した。

結果: 性暴力被害者は77名(男性2名、女性75名、男女両性では5.1%)であった。女性入院患者の10.4%は性暴力被害を受けていた訳である。警察に被害を通報した者は2名のみで、実質上ほとんどの例で警察に性暴力被害の事実を報告していなかった。以下に、警察通報した2例を含めた77名全員を対象として分析した。
被害者の診断名はアルコール依存症62、摂食障害58、薬物依存症(覚せい剤、シンナー以外)25、覚せい剤依存10、シンナー依存9などであった。嗜癖問題を複数持つ例も多く、3つの嗜癖を持つ患者は20名、2つの嗜癖を持つ患者は32名であった。
性暴力被害を初めて誰かに告白した時期は、41名が当院入院後であった。    
性暴力被害者77名中、2回以上性暴力被害を受けた患者は56名(72.7%)であった。
初回の性被害年齢は、7歳未満が22名、7歳?13歳未満が23名、13歳?20歳未満が23名、20歳以上が8名、不明が1名であった。

 性被害の内容は、性交23名、性交未遂5名、性器に異物を挿入される1名、口腔性交2名、マスターベーションを手伝わされる2名、加害者の身体・性器を触れさせられる7名、加害者の性器を見せられる11名、被害者の身体を触られる27名、性器に触られる20名、裸にされる11名、性器を見られる13名、キス・キス未遂6名、ホテルに連れ込まれそうになる1名、追いかけられる3名、入浴中に性器を洗われる5名、入浴中覗かれる6名、ポルノビデオや雑誌を見せられる5名、合計148名であった。このほか内容不明が28名であった。
性被害関係が継続した者は31名(43.7%)で、5年未満14名、5-10年未満7名、10-20年未満8名、不明2名であった。
性被害事例の加害者は、実父20名、実母2名、継父4名、母親の内縁夫2名、夫・元夫2名、同胞・義兄弟12名、叔父・従兄・祖父10名、同級生3名、隣人5名、上司3名、顔見知り25名、使用人2名、知らない人10名、合計100名であった。このほか、関係不明が8名であった。

性被害者のその後の問題として、実際に自殺未遂歴がある48名(62.3%)を含め、自殺を考えたり、実行しようとしたりした人は68名(88.3%)いた。その内訳は、大量服薬30名、首吊り5名、飛降り3名、深く手首切る2名などであった。この他、自傷行為のリストカットの既往が40名(51.9%)にみられた。
さらに性被害者77名中、人工妊娠中絶術を受けた例が9名(11.7%)、このうち3名が被害後に妊娠し中絶術を受けていた。77名の中で万引および窃盗癖がある者は9名(11.7%)、11名(14.3%)に売春歴があった。

考察: 被害者は、近親者による性暴力被害を7歳未満から受けた群と、13歳以降に被害をうけた群に大別される。
被害が継続する場合は近親者と知人が多かった。
警察に被害を通報した者は2名で1名は母親が被害者の訴えを認めなかった。
性被害者の母親も過去に性暴力被害にあっていた事例が複数あった。
ほとんどの被害者は、沈黙したまま性被害を警察に通報せず、再度被害にあう者が多く、自殺・自傷行為を繰り返し成人後も複数の嗜癖問題を持っていた。

おわりに: 被害者の人権を擁護する法律と援助、各機関の協力と連携が急務である。

この研究は、厚生科学研究「性的搾取および性的虐待被害児童の実態および対策に関する研究」の一部として行われた

この調査結果は、第17回日本精神衛生学会(2001年10月7〜8日、北海道、札幌市、第8分科会:被害と虐待)で発表された。


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AKH 文責:板垣喜代子(いたがききよこ):赤城高原ホスピタルケースワーカー, 看護師; 竹村道夫


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