沼上幹著『組織戦略の考え方』(ちくま新書、2003年)は大変参考になる経営学書で、読み終えた後に読後文を載せたいと思うと1話で書きましたのでここにその感想を書きます。
何が起きても私達が提供しているサービスをある一定以下のレベルには絶対に落とさない仕組みを作っておく、ということを1話でも書きましたが、この本はそれを具体的にかつ理論的に述べたものです。リーダー職員がやめた、中堅職員がやめた、新人が多く入ってきた(ロータスヴィレッジでもこのようなことが実際に起きました)、稼働率が落ち使える金がない等経営には何が起こるか分かりません。このようなときにも全く以前と変わらずにサービスが提供できる体制にしておくことです。
この本で良い(私の考え方を変えたという意味)と思ったことを、著者の言葉をほとんど引用する形で書いておきます。
まず一つは、組織設計の基本は官僚制であるということです。私達が行っている介護の仕事は組織で行っています。一人でも人を雇えばそれは立派な組織での介護になります。官僚制という言葉は大変嫌われています。杓子定規だ、融通がきかない、職員の自主性を縛る等々組織の官僚制が無くなれば良くなるというイメージがありますが、決してそんなことはありません。本気で官僚制を打破してしまったら、凡ミスを多発する組織になり、その結果として組織での介護はだめになります。凡ミスの連続で会社生命さえ失ってしまった某乳業会社の例もあります。
二つ目は、組織を運営する上で日常的に一番重要なのは自己実現欲求などではなく、承認・尊厳欲求であるということです。マズローの欲求階層説は、人の欲求はその欲求が満足されるのに伴い生理的欲求、安全安定性の欲求、所属愛情欲求、承認尊厳欲求、自己実現欲求へとより上位の欲求が強くなり、それが人を突き動かす最重要要因になっていくという本当に良く知られているけれど誤解が甚だしい学説です。承認・尊厳欲求を満たすための手段はポスト以外で工夫する事が重要なんです。
三つ目はフリーライダー(ただ乗り)です。組織内である仕組みをある人が構築したときに、この仕組みの恩恵を受けるのはすべての人であり、一部の批判めいた事を言う人にも恩恵が行くのでこの批判をする人のことをフリーライダーというのです。組織はこのフリーライダーをなくす努力をしなければならない。フリーライダーを生まない仕組み作りと人材育成とは密接な関係にあるのです。私達の仕事は債権(金銭)回収が他の事業と比べ極端に少ない。ならば施設長以下管理職の仕事に職員育成という仕事を義務化しても良いと思います。
以上3点ほど書きましたが、この本は私達の経営常識を覆すほどの示唆に富んだもので、何度か読んで施設経営に生かせればと思います。措置制から契約制へと老人福祉や障害者福祉の世界が劇的に変わりましたので、また介護報酬も支援費も下がり、我々社会福祉の人間もお上頼みではなく、自立へと大きく舵取りをしなくてはならないと思います。
平成15年7月1日 小林直行
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