生徒が主体的に器楽活動に取り組む教材化と指導法の工夫
※ 一部省略してあります。詳しくは「学校の経営30」(群馬県教育センター)発行をご覧ください。
はじめに
豊かな表現活動を行えるようにするためには、表現と鑑賞の調和を図るとともに、歌唱、器楽、創作等の関連を図った指導が大切である。器楽活動は、変声期の生徒を楽器演奏を通して通して生かしたり、アンサンブル表現により生徒の主体的な音楽活動を促したりすることができる。そこで、生徒の興味・関心は高いが、適切な教材を見つけるのが難しい器楽に視点をあて、その教材化や指導法の工夫を行った。
ここでは、@教材化の工夫、A学習形態・表現形態の工夫、学習過程と評価の工夫について実践をまとめた。
1 教材化の工夫
生徒一人一人の能力や個性を生かしていくための教材を準備していくことが、器楽活動を充実させていくための重要なポイントである。そのため、生徒の実態に合うよう教材化を工夫する必要がある。ここで言う教材化とは、新しい曲をまるまる一曲作るというのではなく、既成の楽曲に副次的な旋律やリズムを加えたり、楽器を替えて演奏したりできるようにすることを考えている。教材化を進める際に次のような点を考慮した。
○生徒の表現活動を高めたり、達成感のある教材を選ぶようにする。
○学校で使用できる楽器で、気軽に演奏に取り組めるようにする。
○生徒の興味・関心や技能に合った取組ができるようにする。
○高音・中音・低音のバランスに気をつけ、より豊かな響きを作り出せるようにする。
○学習形態の体験や既習の技能などが生かせるようにする。
2 学習形態の工夫・表現形態の工夫
学習形態には、一斉、小集団、個別があり、題材の目標や教材の特質、学習過程等を多角的に考慮して決定していくことが大切である。器楽の主な表現形態は、合奏、アンサンブル、独奏である。中でもアンサンブルは次のようなよさがある。
○お互いの音をしっかりと聴くようになる。
○自分の担当したパート(声部)に責任をもつようになる。
○お互いの意見を素直に交換し合えるようになる。
また、アンサンブル活動を通して次のような生徒のよさを引き出したり育てたりすることができる。
○生徒一人一人が主体的に音にかかわり、その過程で個々の能力や個性を発揮できる。
○協調性のある取組や助け合い学習が展開でき、お互いを認め合う心が育つ。
○共通の課題を見いだし、自分たちで解決していこうとする力が育つ。
これらをもとに、生徒の学習意欲を高めたり、持続したりしていくのに最も適した学習形態をとることが大切であり、具体的には実践例の中で述べていきたい。
3 学習過程と評価の工夫
生徒一人一人の主体的な器楽活動への取組を促すために、次のような学習過程と評価を考えた。
「目標の設定」では、自己の演奏パートを選択し、活動への意欲をもつ活動。
「課題把握1」では、グループ課題および自己課題を設定する活動。
「課題追求1」では、課題の解決に向けて器楽練習をする活動。
「課題解決1」では、練習の成果を生かして発表する活動。
これを基本的な過程とし、表現活動を通して目標が達成できるようにした。表現活動としては、@演奏すること(以下〈演〉)と、A自分の考えや学習したいことを記述すること(以下〈記〉)の二通りを設定した。そして、自主的な課題設定や課題追求(練習)の過程で、必要に応じて課題や自分の工夫点などを学習カードに記述したり、成果を友だちの前で発表したりできるようにした。
評価は、これらの過程で、@比べ合ったり認め合ったりする、A友だちの表現から学ぶなどの場を設定し、自己評価や相互評価できるようにした。また、その中で授業者も評価し、個別の支援ができるようにした。それらの活動を通して、自他の感想や反省をもとに演奏を高めるための工夫点を学習カードにまとめ、表現を高め合う過程へと発展できるようにした。
〈器楽活動における学習過程〉
学習過程 |
学習形態 |
主な学習活動 |
評価の方法 |
|
目標の設定 |
集団・個別 |
〈表現活動1〉 〈記〉 |
・範奏の視聴 |
自己評価 |
課題解決1 |
集団・個別 |
〈表現活動3〉 〈演〉〈記〉 |
〈中間発表会〉 |
自己・相互評価法 |
課題把握2 |
集団・個別 |
新たな課題設定の活動〈記〉 |
・新たなグループ課題の設定 |
自己評価 |
課題解決2 |
集団 |
〈表現活動5〉 〈演〉〈記〉 |
〈最終発表会〉 |
自己・相互評価 |
*****器楽活動における実践例(第2学年)*****
題材名 「合奏の響きを楽しもう」
教 材 「Yesterday Once More」
楽 器 ソプラノリコーダー、アルトリコーダー、ギター
題材の目標
○リコーダーの音色とその特徴をとらえ、ギターとの美しい響きを感じ取って表現する。
〈意欲、関心、態度〉
・リコーダーやギターの音色や奏法に関心をもち、意欲的に楽器練習に取り組むことができる。
〈感受・工夫〉
・リコーダーやギターの奏法の違いによる音色の変化をとらえ演奏を工夫することができる。
〈表現の技能〉
・リコーダーやギターの音色や奏法を工夫し、美しい音色で演奏することができる。
〈鑑賞の能力〉
・リコーダーとギターの組み合わせによる響きや効果を感じ取って聴くことができる。
(2)「Yesterday Once More」の教材化のポイント
この曲は、中学生にも親しみやすく、ハ長調で編曲の場合、旋律がソプラノリコーダーで吹ける音域であること、ギターのコードがやさしいこと(Fのコードを使用しない)、テンポが穏やかで演奏しやすく合わせやすいことなどの点から選曲した。教材化にあたっては、以下のような配慮をしながらアルトリコーダーパート(2)ギターパート(3)の作成をした。
○アルトリコーダー(AR1):音域が広く、やや高度な技能で演奏できる。
○アルトリコーダー(AR2):音域が狭く、サミングが少なく、基礎的技能で演奏できる。
○ギター(G1):和音パートで、高音弦3本を使用して比較的やさしく演奏できる。
○ギター(G2):伴奏パートで、アルペッジオによる高度な技能で演奏できる。
○ギター(G3):ベースパートで、指一本を使用してやさしく演奏できる。
これらの作成にあたっては、コンピューターソフト(ミュージ郎Ver.2.0)を以下のように活用した。
このソフトウエアは、音符や記号をマウスで楽譜に張り込むだけで手軽に曲づくりを行うことができる。複数パートを同時に表示・作成することができ、表示された楽譜に基づいて忠実に演奏を再現できるほか、演奏楽器の設定や楽譜印刷も自由に行うことができる。これらの機能を使い、まず最初にソプラノリコーダーの旋律を入力した後、アルトリコーダー2パートとギター3パートを、それぞれのパート作成における配慮事項にそって作成していった。作成段階におけるコンピューターソフトの使用は、一音一音の訂正や削除が簡単に行え、作成しながらその場で演奏が確かめられるため、大変効果的であると言える。
(3)主体的な器楽活動を支える手だて
@ 演奏への興味・意欲を高める演奏VTR
実際の演奏の視聴は、演奏全体の形態やイメージをつかむことができ、生徒の興味や演奏意欲を喚起することができる。そこで、
A:教師による模範演奏を録画した範奏VTR
B:自己の発表場面を録画したVTR
の2つの演奏VTRを活用した。これらのVTRを中間発表にも視聴することで、自己の演奏表現と範奏による質の高い演奏表現 の両者に触れることができ、より高い表現を目指した新たな課題の設定に役立てようとする姿が多く見られた。
楽譜から曲をイメージするためにはかなり高い読譜力を要する。そこでパート別の演奏テープを作成することで、自分のパートを実際に演奏したらどのような演奏になるか、このパート別演奏テープで確認することができる。練習につまずいた時に必要に応じて聴けるようにしていくことも効果があるものと考える。テープには次の順で演奏が録音してある。全パートの通奏・SR・ART・ARU・GT・GU・GV・全パートの通奏。
B アルトリコーダー練習カード
本題材のアルトリコーダーパートを練習するための、ポイントとなる音型をカードにまとめ活用できるようにした。カード1〜4をクリアするとARUの演奏ができるようになる。同様に、6〜10をクリアするとARTの演奏が可能になる。自己のパートを選択するときにも参考にできるものである。また、カード式になっているため、題材に入る前から、わずかな時間を使って少しずつ練習していくことができ、本題材へのスムーズな導入ができた。
ギターの演奏にあまり慣れていない生徒にとって最も分かりにくい左手の運指をパート譜の小節上に記入してやることで、左手の運指を視覚的にとらえ、一つずつその運指を追いかけていくだけでも演奏が可能になるものである。
「学習過程と評価の工夫」で述べた学習過程にそった学習カードを作成。学習のはじめに「本時の課題」を必ず記入させ、学習のめあてをもって活動に取り組むことができるようにした。授業の終わりには実際に自分が行った「学習内容」を記入させ、「本時の目標」と「学習内容」を比べ、自己の活動とその成果を振り返り、「感想」を記入させるようにした。また、カードに記述された四つの観点にそって自己評価とグループの友だちによる相互評価を記入させるようにした。このカードの使用において最も大切にしたいものとして「本時の課題」を考えている。この課題の記入時には「この時間内に自分が一番やりたいこと、または、できるようになりたいこと」や「この時間が終わった時に自分の演奏のどこがどう変わっていたいか」などをなげかけ、各自の「思い(願い)」を」真剣に書く表現活動を大切にしたい。なぜなら、この「思い(願い)」が、各自の「主体」をかけたものであればあるほど、生徒一人一人を主体的に器楽活動に取り組ませることができると考えたからである。
〈学習計画・評価の観点〉(省略)
5 実践の結果と考察
本題材への生徒の取組は、休み時間等を利用して熱心に練習に取り組むなどの姿から大変意欲的であったと言える。また、学習カードの記述や生徒の反応、感想文などから本題材の教材化に当たって次のようなことが言える。
○生徒に親しみやすく取り組みやすい選曲をしたため、表現意欲が高まった。
○リコーダー合奏にギターを加えたことで、バランスのとれたより豊かな響きを身近に味わうことができ、器楽活動に魅力を感じら れるようになった。
○生徒の興味・関心や技能に合った楽器とパートを準備したため、充実感のある取組が可能になるとともに、作品を仕上げる達成感と喜びを感得する事ができた。
また、小アンサンブルによる演奏発表を目指した練習の取組を通して、協調性のある取組や助け合い学習が進められ、お互いを認め合う場面が多く見られた。学習カードの活用も活動の見通しと自己課題を明確にしながら取り組むことができ、生徒に主体的な器楽活動促すために効果的であったと言える。特に課題解決Tの後に課題解決2に向けて「高め合う」活動を明確に位置づけたことにより、生徒は「合わせられればよいという合奏」から「より美しい合奏」へと目標を高く設定することが可能になったと考える。
今後の課題としては、教材化に適した題材選びと構想の実現に要する時間の短縮があげられる。まずは、生徒の実態把握と器楽活動の時間の確保が大切であると考える。
おわりに
これからも、豊かな表現活動を目指してより生徒の能力や個性を十分に引き出せるよう、生徒一人一人が主体的に取り組む教材化と指導法の工夫を積み重ねていきたいと考える。