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「フォーバレー再び」の軌跡
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2000年

1月15日
四谷フォーバレー
ニコイチの二人にとっての初ライブとなった
ビバ☆コピーナイトは厳かに幕を閉じた。
その後も、ビバ☆コピ2番手のバンド
fulfulのヴォーカリストであり
ビバ☆コピの発案者でもあるいちざ氏との
メールによる交流は続いていた。

7月2日
ビバ☆コピから半年
高円寺ペンギンハウスでの

ライブを終えたニコイチはJR高円寺駅にいた。
その時、どこか見た覚えのある金髪の女性が
ホームの階段を降りて行くのを僕は見た。
やはりその女性はいちざ氏であった。その後、僕は
「またフォーバレーでやりたいね」
と、いちざ氏にメールを送った。

8月7日
久しぶりにいちざ氏からメールがあった。
ビバ☆コピーナイトvol.2を企画中。
ニコイチさんはいかがでしょうか?
とのこと。
ビバ☆コピ・2の話は
ビバ☆コピ終了時からあったのだが、
ビバ☆コピーナイトの名付け親でもある
やまだ氏@おとこまえ
フォーバレーを退職してしまった今、
実現するのは難しいと思われていた。
僕はすぐさまタピオに電話を入れた。
タピオの返事を聞くまでもなかった、
思った通り、間髪入れずに
「やろうよ」
との返事が返ってくる。
再び
フォーバレーのステージに立てる・・・
あの時の興奮が蘇ってきた。

10月1日
ビバ☆コピーナイトvol.2
2001年1月20日(土)に開催が決定。
場所はもちろん四谷フォーバレー
ニコイチOKの返事をする。

10月18日
ニコイチ会議により
今回のメインはスガシカオで行くことに決定。

10月28日
宇宙にライブ告知をする。

11月8日
イベントの名称が
ビバ☆コピーナイト2001
と正式決定。
出演バンド6バンドが出揃う。

12月16日
フォーバレーへチケットを受け取りに行き
新しい店長さんに挨拶をする。
また、ちょうどその日フォーバレーでのライブを控え
リハーサルを終えたばかりの
Orangeの二人にも挨拶に行く。
ここで今回の
Orangeの出し物が
ピンクレディー
であることを知り
Orangeのセンスと奥の深さを知る。

12月18日
ニコイチの出順が4番手に決定。

11月・12月
スケジュールの合間を縫って
土・日を使ってのリハーサルに熱を入れる。


2001年

1月13日
直前リハーサルのためスタジオに入る。
ここで今回のライブの最終的な細かい打ち合わせをした。

 

1月20日

そして本番を迎えた。