合法薬物の虜になるひとびと 】   赤城高原ホスピタル

(改訂: 03/06/17)


以下の記事は、当院、PSW、樋田(ひだ)洋子が、ある団体機関誌に書いた小記事です。
元文は、日本キリスト教婦人矯風会発行「婦人新報」2003年4月号(特集「アディクションの入り口で」)の2−5ページにあります。転載を許可してくださった矯風会に感謝します。
「婦人新報」は、平和、女性の性と人権、酒・たばこ・薬物などの問題に取り組む矯風会の月刊機関誌です。会員だけでなく、活動に関心のある方なら、どなたでもお求めになれます(一部230円+送料60円、年間購読料、3480円)。お問い合わせは矯風会まで、お気軽にどうぞ(電話 03-3361-0934、FAX 03-3361-1160)。


[日々の臨床場面で会う方々]

 「お早うごさいます」といつもの通りに私はその部屋に入ります。そこにはすでに20〜25人の方々(多くは女性、一部男性)が座っていますが、アディクション(嗜癖)問題をもつ家族たちです。参加者は、夫のお酒を早く止めさせたいと必死な思いの妻であったり、摂食障害の娘や薬物依存症の息子をどうにかしなければと悩む両親であったり、さらに夫婦間暴力からやっとの思いで抜け出してきた女性であったりと、いろいろです。病院の所在地である群馬県以外からお出でになる方も少なくありません。私は、そういう人たちと約二時間の家族ミーティングをもちます。私の役割は、参加者に依存症やアディクションのメカニズムについての正しい知識を伝え、家族同志のやり取りを通して参加者が依存症者への具体的な関わり方を学べるように配慮し、そしてなによりも参加者である家族自身が以前より楽と感じられるような場を提供し続けることだと考えています。


[最近のアディクションの傾向]

 私は、このようなミーティングを赤城高原ホスピタル開院当初から約12年担当してきました。この間の変化は次の通りですが、恐らくこうした変化は当院だけの特徴ではないように思います。

 当初、参加者は圧倒的にアルコール依存症の家族しかも妻の立場の方が多かったものの、現在も同じ傾向があるとは言え、女性アルコール依存症患者の増加に伴って、夫やボーイフレイド、父親といった立場の男性の参加が目立つようになりました。
また依存症者の若年齢化のため当然親の参加も多くなり、参加者全体の平均年齢が若くなっています。

 アディクションの内容から見ると、摂食障害と薬物やアルコール依存、あるいは薬物依存とギャンブル依存といったふうにクロスアディクション(多重嗜癖)問題が増加し、さらに解離性同一性障害(子ども時代に虐待、ことに性的エピソードをもつ場合が多い)を合併しているような治療困難な重症患者が多くなってきました。

 また薬物依存に関しては、シンナーやボンドなどの有機溶剤、麻薬、覚せい剤といった従来から多い乱用薬物に加えて、病院で処方される薬や薬局で購入できる薬(市販薬)への依存が急増している印象があります。多幸感、(性的)快感などを高めると称して、雑誌の通信販売、アダルトグッズショップなどで売られている、いわゆる「合法ドラッグ」の乱用者も増えてきました。加えてインターネットでの売買が、個人輸入も含めて、この傾向に拍車をかけているように思います。

 家族ミーティングへの参加の動機は、以前は主治医から「家族も勉強して下さい」と再三言われて参加する人が多かったようです。ところが最近は、それに加えて、家族自身が、この場を利用して、自分の対人関係のもち方、親子、夫婦関係を考えてみたいという動機から積極的に参加する人も来るようになっています。このことは、アディクション問題は家族の問題だという理解が一般的になりつつある現れだとも理解できます。


[A子さんの場合]

 A子さんは6年前、女性相談センターからの紹介で赤城高原ホスピタルに入院したことから先に挙げた家族ミーティングに参加することになりました。

 初めてお会いした当時の彼女の姿は化粧気がなく、髪はボサボサ、着衣もバランスの悪いものでした。要領を得ない話し方でしたが、夫の暴力から逃れてきたこと、自身もアルコールと処方薬を手放せないことを語りました。結婚以来、夫の暴力が続くなかで二人の子どもを育て、そのストレスを飲酒で凌ぎ、精神科医から処方される薬に依存する生活が十数年に及びました。

 当初、精神科医療施設を訪れた彼女は、おそらく今おかれている辛い状況への理解と、それに対処するための具体的な助言を求めていたのでしょうが、結果的にそこで得たものは、苦痛をぼやかして一時的に楽にしてくれる薬物でした。彼女は次第に処方薬に依存していきました。

 その後、別のある精神科外来を訪れた時に暴力と依存の問題を指摘され、それを機に女性相談センターにつながりました。

 父親は大酒家で、彼女は両親間の強い緊張のなかで育ち、経済的理由もあって中学卒業後に東北の寒村から上京しました。5年間の住み込み生活をしながら必死で専門的資格を取って一人暮らしを始め、職場で知り合った男性と結婚しました。現在50歳になった彼女は「夫はとても優しくて、いつも褒めてくれる人でした。公務員なので安定した生活ができると思って結婚しました。その頃の私は優しくされることにとても飢えていたのです。でも満足感は得られなかったみたい」と語ります。


[B郎さんの場合]

 B郎さんは現在30代前半、少し前まで精神科や心療内科クリニックのハシゴ受診をしていました。
「不眠とうつっぽい症状を並べたて、幾つかの薬を服んでも改善しないと話すと大概は希望の薬が手に入った」と言います。要求した薬剤名のままに処方してくれる場合もあるそうで、その確率は6〜7割と言う彼は、何か自慢そうで、ゲームでも楽しんでいるようにも見えました。彼の生活は薬中心で廻り、普通の生活が営めなくなって、さらに交通事故を起こしたことから当院に入院しました。

 そもそも彼は、大学入学と同時に親元を離れ都会暮らしを始め、卒業後もその土地に留まって就職したのです。もともと自己主張の苦手な彼は職場でのストレスを強く感じるようになり、不眠が続き心療内科を受診しました。ところが彼の求めに応じて医師の処方量は増え続け、さらに彼は、自分で服薬量をコントロールするようになりました。こんな生活が十年続いていました。

 両親は不調を訴える息子を気にはなりましたけれど、とりあえず仕事は続いているし通院もしているので、何とかなると考えていたそうです。息子が休職に追い込まれた時も経済的に大変だろうと生活費や通院費の援助をしていました。実はその時すでに彼の生活は完全に薬にコントロールされるようになっていました。薬物依存症は確実に進行していた訳です。

 家族ミーティングの席上で両親は言います。「覚せい剤を買うと言われたら絶対にお金は渡さなかったけど病院に行くって言えば渡します。病院で出された薬をちゃんと飲んでいるの、と念を押すこともありました。服薬すれば病気が治ると思っていました」と。


[いわゆる処方薬の落とし穴]

 私はA子さん、B郎さんとその両親と長年お付き合いしています。表面的な現象は違いますが、二人の問題は本質的には大変共通していると思います。二人とも生きていくのに必死でその時その場になんとか適応するために悩み、結果的には『酔い』に救いを求めてしまった人なのでしょう。

 一次嗜癖と二次嗜癖の概念(本書2002.4月号. 遠藤優子氏) を用いれば特にA子さんには明らかに生育歴から心の問題があります。夫を、自分の存在を認め自尊心を満たしてくれる対象として捉え、その代償として暴力を受けたのです。暴力を自分への愛情だと思い込んでいたのでしょう。こういう一次嗜癖の問題があってそのうえでの生活上の表現形としての依存症(二次嗜癖)に発展したわけです。

 とても残念に思うのは、二人とも助けを求めて医療機関に足を運んだのに、逆にそれが依存を進行させてしまったことです。医療が万能でないことは無論のことですが、依存症の治療現場では、医療や福祉や教育に携わる私たちが気づかぬうちにイネイブラー(病気の支え手)となってしまうことがあります。B郎さんの両親も、そしてある時までB郎さん自身も「病院のお薬だから大丈夫」と思っていたのです。現実にこのような事例が多くなっています。


[最後に]

 薬物に対する若者たちの意識の変化はあります。「合法ドラッグ」、「脱法ドラッグ」という言葉があります。麻薬、覚せい剤など、「触法ドラック」と違って、法に触れず購入して使える薬物です。当然それへの罪悪感も薄く、医療機関では、健康保険証が使え、安売り大型薬局店も増加している現在では、安価で簡単に手に入ります。

 あるいは精神科外来場面であっても、30分じっくり話を聴いて問題を明らかにしていくよりも3分間の面接で二週間分の処方をする方が、経済効率が良いといった仕組みがあるかも知れません。その可能性を考えると、医療現場に身をおく私にとってとても複雑な思いがあります。もちろん訴えの奥にある心の悩みに耳を傾けて、また薬の効果や副作用もしっかり説明してくれる医師や医療機関も数多くあります。でも一方で以上挙げたような状況を背景にして、薬物依存者の増加が起きていることも現実なのです。


筆者: 樋田洋子 特別・特定医療法人群馬会 赤城高原ホスピタル 精神保健福祉士 

(転載記事は、読みやすくするために、また他のHP文章との調和を保つために、一部改変してあります。竹村)[TOPへ]


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AKH 文責:樋田洋子(精神保健福祉士)、竹村道夫(初版:03/06/17) 


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