[ 2001年 11月 12日 ]

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血を流しても守る物
昨日はくだんの「前橋演劇祭」の打ち上げに参加させていただいた。
が、発注主との協議により、ホームページはまだ終わらない。
演劇祭当日のもようを報告する、唯一のメディアとして残す予定だ。

各市町村で文化性の高い催し物が行われた文化祭だが、
果たしてそれを税金でやる必要があるのか、という疑問は尽きない。

でも、俺はやっぱり行政がちゃんとやるべきだと思う。
将来的にはNPOとかに任せてもいいんだろうけど、
市場原理に乗っかってこない以上、まだ行政の手が必要だと思うよ。

もっとずっと社会的階級の差があったころは、
貴族とか大富豪とかが文化や芸術を後援していたはずなんだけど、
現代の金持ちって、結局のところは実業家ばっかりだもんね。
儲からないことは、誰もなかなかやらないよ。

市場だけに任せていたら、音楽だって同じジャンルばかり売れるし、
スポーツだって、同じプロでも、種目によっては全然人気がないしね。
文化だって、もっと画一的になっちゃうんじゃないかな?

学校の部活動の場合、スポーツや文化に対して非常に理解があるけど、
社会だってそれと同じでいいんじゃないだろうか。
G県が自治体の事業として初めて、「眠る男」という映画を作った時、
「こんな訳の分からん物に公費を投入するな」って意見もあったけど、
自治体が芸術映画を守るために血税を投じた、ってことが重要なんだよ。
100人中100人みんなが納得する映画は、民間がやればいい。

もっとも、人選が正しかったかどうかまでは関知しないけどね。
小栗康平監督は、外国では名のある、すぐれた映画監督らしいけど、
もっと若手に挑戦の機会を与えても良かったんじゃないかな。

ところで、外国の賞って日本の映画を本当に理解してるのだろうか?



芸術は凶行だ
前段の小栗康平監督がプロデュースして、
初の屋外開催とあって、期待の高まる国民文化祭の開会式だったが、
前日から予報された通りの強い雨で、悲惨な事態となっていたらしい。
俺、屋内(前橋演劇祭)で良かった〜。

……よくねーよ。
この時の「強行」とも言える強引な開催が、後に非難の声につながった。
水に弱い楽器は出せないし、舞台は転倒者が続出、スケジュールも短縮。
豪雨にもかかわらず来場したハートの熱いお客さんだって、
「雨で感動が増した」なんてフォローのない言葉聞いたら、そりゃ怒るわ。

さらに驚いたのは小栗康平監督。
決行の理由が「今までと同じ無感動な開会式にしたくなかった」だなんて、
いくらあんたが才能ある人間か知らないけど、そりゃ傲慢ってもんだぜ。
だいたい、開会式だけ目立ちゃいいってもんでもねーだろ。

でも実際のとこ、ほとんどの一般人はこうした状況を知らないんじゃないかな。
運良く皇族参加イベントだったから、表立って失敗と叫ぶ連中はいないし。
県にとっては非常に幸運な材料だったと言える。

もし今回、映画のように「お天気待ち」が可能だったならば、
「雨で感動が増した」という名セリフは、はたして聞けたのだろうか。



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