7月某日大分県中津市在住の作家松下竜一が亡くなった。松下氏は1969年「豆腐屋の四季 ある青春の記録」で作家デビューし、その後1973年4月豊前火力発電所反対運動の会報「草の根通信」を発行し、以後精力的に作家活動その他活動を行ってきた作家であった。私は、学生時代、沼津市在住(?)の高校教諭西岡昭夫氏の助っ人で、この豊前市まで気象観測を行いに行き、松下竜一氏と面会したことがある。第一印象は弱々しく見えこの人が火力発電所反対のリーダーとは思えなかった。しかし、地域住民の信頼は厚く皆で行動する雰囲気作りはピカ一だった。地域住民を巻き込んだ活動をしないと長続きはしないことを教えられた九州行きだった。松下氏のご冥福を祈りたいと思います。
7月某日職員の実父が亡くなり告別式に親睦会幹事長と共に出席する。職員が80名にならんとしている中で、職員同士の冠婚葬祭はいらぬ負担を掛けるので、私が出席することにしている。しかし、親睦会で頼んだ生花がなかったのには驚いた。
7月某日元Xjapanのトシが慰問を行ってくれた。ギターの弾き語りで熱唱してくれ、利用者職員共々トシの歌に酔った。
伊勢崎七夕祭り
7月某日参議院選挙において全国区は中村老施協会長に投票するよう朝会でお願いする。結果上位当選し、伊勢崎市は22票出たという。今まで福祉は全て厚生省に依頼しきっていたが、昨今の厚生省の横暴に対しては政治で対抗するしかないと私は思う。
7月某日今日は賞与支給日である。平均2.08月分の支給である。未だに社会福祉法人では期末勤勉手当といっている施設も多いが、手当ではなく、賞与は褒美である。
7月某日ケアハウスに新住民が入居した。この方は1カ月程しか待たなかった。運不運がある。早く新しい生活に慣れていただきたい。
7月某日前橋清陵高校の生徒がハンドベルの演奏をしてくれた。 引率した先生は、私が学文館で講師をした時の講師仲間である。生地たちは定時制であったり通信制の生徒であったりで指導も大変であるが、ありがとうございました。
7月某日午前は県老施協理事会、午後は中毛ブロック会議が開かれた。中毛ブロック会議は出席しない施設も多いのだが、懇親を深めるのも大事だと思うのだが。西毛ブロックのように隔月で会議を開いたり懇親会を開いたりして楽しそうである(個人的会食で西毛の面々と遭遇した)。
7月某日ユニットケアセミナーで札幌に行く。夏風邪が治らないまま強行したが、案の定札幌で病院に行く羽目になってしまった。しかし、しっかりレポートをまとめたので読んでいただきたい。(施設長の独り言9話)
7月某日ロータスと蓮花の2カ所で介護者教室を開く。蓮花で36名、ロータスで34名の参加者であった。民生委員ボランテイアの方は多いが、地域住民が少ない。地域住民の方に多く参加してもらう様することが課題と職員は総括していた。
8月某日ロータス東南の角地約320坪の農転許可がおり、土地所有者と売買契約の履行が行われた。これでやっと駐車場不足が解消され利用者の利便性も増す。しかし、契約に12年もかかるとは参った。
8月某日亡くなられた方の金品引継を行った。この方は収入が少なく、来年3月で旧措置者の経過措置が切れ利用料が発生することを心配していた。5年間の経過措置を設けるとは厚生省も大した者だと思う。
8月某日特養の納涼祭である。昨年は寒く雨降りだったが、今年は晴れて外で開くことが出来た。入居者も14家族26名と沢山参加しくた。花火有り、踊り有り、スイカ割り有りと楽しい一時が過ごせた。
8月某日在宅介護支援センターの責任者会議が久方ぶりに開かれる。介護保険がスタートしてから国も行政もなるべくなら介護保険で済まそうという雰囲気がある中で、適当な相談者がいなく、介護認定が非該当となるケースや認定が出るまでの間困っているケースも沢山ある中で、身近な相談者としての在介センターは地域の駆け込み寺である。是非存続をお願いしたいものである。
8月某日ケアハウスの納涼祭である。入居者自ら料理したり、飾り付けをしたりで、家族、地域住民、職員を招いてのお祭りである。昨年に比べ参加者が少ないようであった。来年どうするか利用者・職員共々思案を始めた。
8月某日市役所の介護保険担当者3名が介護保険サービスの実態を知るために来訪する。
8月某日今日から2日間業者の清掃がある。汚れてきたなと思う頃にプロが清掃してくれるのでありがたい。私はきれい好きなので、なんとしてでも年4回の業者清掃は継続するつもりだ。
群馬県老施協ホームページ(http://www.jsgunma.jp)
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