施設長の独り言
第14話 日比FTA協定におけるフィリピン介護
労働者受け入れについての私見
---介護労働は単純労働か?---
フィリピンとのFTA(自由貿易協定)協定は、この夏にも両国首脳により署名され、国会の承認を経て来年4月からは介護・看護労働者の受け入れが始まる(平成17年6月30日付け日経新聞によると、両国の間で、看護師及び介護労働者受け入れ人数で折り合いがつかず、両国首脳による署名が年末までずれ込みそう)。本稿では介護労働に的を絞って私見を述べたいと思う。
今回の協定では、フィリピン側の積極姿勢に日本側が折れた形の決着であった。何故にフィリピン側は労働者を送り出したいのか。それはフィリピン国が日本以上に階級社会であるが故に、自分が生まれた階層から下がることはあっても上がることはない現実が大きな理由だと思う。現地在住の30代の日本人通訳者によると、500年前にスペインの植民地になってから、当時の土地所有者がそのまま現在にまで引き継がれているという。そのために、国土の大部分は昔からの土地所有者が広大な土地を所有し、そこから生み出す利益を所有者一族で独占しているという。元アメリカ空軍基地のあったスービックなどでは今までのしがらみに囚われない再開発が進んでいるという。この通訳は「第2次世界大戦終了後、アメリカは、農地解放や相続税の創設、財閥解体等によって日本を民主国家にしたが、何故アメリカはフィリピンの土地制度を改革しなかったんですかね」と質問してきた。私は「日本は敗戦国で、フィリピンは戦勝国だったからですかね。アメリカは、戦争を起こした日本人の責任を問い、戦争を起こさない体制を作りたかったからだと思いますよ。フィリピンは、戦勝国だから体制を変える必要はなかった。」と答えた。要は階級が固定化されてしまっている閉塞感、何をするにも賄賂が必要な社会から海外へ行って自由に過ごしたい気持ちが、一旗揚げたい気持ちが、国民の9割を海外移住に駆り立てる国民の要求が政府を動かしている(働く場所を確保できない国の無策ぶりを、海外労働の確保という政策に目をそらしていると言えなくもないが)と思う。
日経新聞によると、フィリピンの2003年経済成長率は4.7%で内民間消費寄与率は4.1%と87%にも達している。この数字は何を物語るかというと、フィリピンの経済成長は、かなり大きいが、国民が日々過ごすうえで必要な物品等の消費によって成り立っていると言うことである。道路・港湾・住宅等のインフラ(社会基盤)整備や民間設備投資には、お金が前年度並み(物価上昇分を考慮すると前年度以下)にしか使われていない勘定になる。これでは、国が発展する可能性は低いし、ましてはここで暮らしている国民は明日の事より今日を如何に過ごすかという事にエネルギーが注がれることになる。
このように何があっても海外に行きたいと思う人間がうようよいるフィリピンにあって、今回の日比FTAは様々な影響をもたらした。@介護という仕事は、日本ではここ最近飛躍的に専門化し、また科学的になったが、フィリピンではケアギバーといい、ベビーシッター、ホームメイド的な部分の比重が大きい、誰でもできるというイメージが強く、俄然社会の注目を浴びることになった。A@で述べたイメージで少し日本語が出来ればすぐにでも日本で働けるという錯覚に陥った人が多く、この人達を狙った即席の介護学校(日本では学校を設立するには大変であるが、フィリピンでは比較的簡単である。しかもこのような学校を設立しているのは、日本にフィリピン人を送っている興行プロモーターであることが多い。)が雨後の筍のごとく誕生し、それまで地道に行っていた学校の経営を悪化させている。私が訪ねた有る介護学校は今までにカナダに500人もの介護労働者を送り1,2年前までは生徒がはふれていたが、今では数える程度になってしまい建物の維持管理費も払えない状態が続いているという。
日本では、来年度からフィリピン人介護労働者を受け入れることになるが、@どこの施設が受け入れるのかA日本語はどうするのかBホームメイド的な介護をどう日本的介護(介護保険法で議論されている介護)にシフトさせるのかC3年間の介護労働後に介護福祉士資格を取得させる手だてはどうするか等の問題点が上げられる。私はこの中で一番の問題は介護福祉士資格の取得であると思う。今回の外国人労働者受け入れの基本理念は、平成11年8月閣議決定の第9次雇用対策基本計画にある「専門的、技術的分野の外国人労働者の受け入れを積極的に推進することとし・・・・」である。であるから、3年の介護実務経験後に資格を取得させることを忘れてはならない。介護労働は、単純労働ではなく、専門的・技術的労働である。
ホームページ版かけはし2004.12.13号(医療介護の市場化反対!自国)において矢野薫氏は、労働者の国際連帯めざし、共に使い捨てにされないための行動を起こすよう促しているが、矢野氏は介護の専門性を理解していないし、未だに単純労働である認識のようである。またフィリピンが置かれている現状(土地所有制度の世襲制、財閥の経済独占等)も把握しておられないようである。
各施設とも資格取得を職員に働きかけていると思うが、当施設でも、社会福祉主事・介護福祉士・介護支援専門員・社会福祉士資格取得を奨励している。より専門性のある職員同士が切磋琢磨する環境に国籍は問われないものと確信する。外国籍の弁護士、公認会計士や医師が日本で働くことになってもそれほどの問題にならず、現に日本で働いている専門職はたくさんいる。要は、誰が介護の仕事をするにつけ、問題は介護の対象となる高齢者の幸せを願い、その実現を図ることである。この根本理念が忘れられない限り、07年6月24日付朝日新聞「私の視点」でフィリピン大学臼杵客員教授が危惧されていることは杞憂に終わると思われる。
平成17年6月30日 小林 直行
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