施設長の独り言

  

 第15話 セーフテイーネットの役割を持つ特別養護老人ホームの今後について

 8月8日、参議院本会議において、郵政民営化法案が105票対125票という大差で否決された。これで、国の側から見れば、一般会計の歳入に充てる普通国債や、財政投融資を賄う財投国債を買ってくれる郵便貯金・簡易保険資金が手元に残り財務省にすれば万々歳である。小泉首相は、郵政民営化法によって、この郵便貯金と簡易保険資金の使い道に一定の規律を持たせようとした訳である。貯金の政府保証を外すとか、国債購入に一定の枠をはめるといった規律である。この規律を設けようとした理由は、国と地方の借金が国内総生産(GDP)の1.7倍、700兆円を超える天文学的な額になっている現状を何とかしようと思ったことが大きい。しかしながら、国からはほとんど説明がないまま、国民には何故郵政民営化法が必要なのか具体的な説明のないまま今回の否決になった。
 国民は、国と地方が持つ借金の多さを憂慮しているし、何とかしなければならないとも思っている。国民のこの気持ちが、4年前の小泉自民党総裁誕生の原動力であった。何故小泉首相は、誰にも分かる簡単な言葉で説明しなかったのか。4年前の小泉首相の言葉は国民向けの言葉であったのに、ここ最近の言葉は国会議員向けの言葉で、常に苛立っている表情しか目にすることがなかった。苛立つ小泉首相に、国民は不安感を覚え、それが選挙区の議員を突き動かし予想外の自民党議員大量反対へとつながったと思う。おらが村の郵便局が無くなったら、郵便も都会に住んでいる子どもへの贈り物も郵便貯金も出来なくなって不便この上ない状況になってしまう。失業率も改善し、リストラも減り何とか薄日が差す日本経済の中で、国民の不安感も一時よりは解消に向かう中で、あの苛立つ小泉首相のぶっきらぼうな言葉を聞くと、またどうしようもない不安感が頭によぎる。不安のない生活を保障するのが国や地方公共団体の役割であるはずだ。
 市場原理(しじょうげんり)とは、規制のない自由な市場では企業間の公正な競争が行われる結果、消費者ニーズに対応できない商品・サービスは排除され、より品質の高い商品・サービスがより安い価格で市場に提供されることになる、という市場有効性の原理のことである。生活保護、労災保険、雇用保険、医療保険、年金保険、介護保険等これらのセーフテイーネット部門に対しても容赦ない市場原理が導入されようとしている。
 「民でできることは民で」の合い言葉の下、全ての分野で民営化論議が盛んである。「民でできることは民で」の市場原理主義は必ず敗者を生む。敗者が法人で有れば全く問題はないが、個人であるならば行く末はどうなるのか、死ねとでも言うのか。セーフテイーネット部門は、この死ぬ訳には行かない個人の最後の拠り所なのである。
 市場原理論議は特別養護老人ホームとて例外ではない。入所施設としての特別養護老人ホームは、在宅で頑張っている人達にとっては最後の拠り所(セーフテイーネット)である。どの施設を選ぶかなどの選択の余地はない。認知症で徘徊している親を安い費用で受け入れてくれる所があるだけ、良しとしなければならないせっぱ詰まった状況にある。にもかかわらず、保険給付は介護サービスだけにし、食事費や居住費は全て利用者に負担させることが決まり、この10月から実施されることになった。入所施設は生活の場であるはずなのに、生活そのものである食事費や居住費を徴収すると言うことは、国民の生存権を奪う行為に他ならない。
 安全や安心を提供する分野には規制は必要である。規制を課されている部門(特別養護老人ホームの経営は行政や社会福祉法人にのみに許されている。)は、この規制によって倒産等の市場からの撤退はなく、国民に安全・安心感を抱かせ、多少の失敗にも挫けず、果敢に未知の分野に挑戦する意欲を持たせる役割を期待されていると思う。この期待に応えるのがセーフテイーネット部門なのである。
 


                 平成17年8月31日  小林 直行






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